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【2】

そも、シズシラは落ちこぼれだ。

誉れ高き血赤珊瑚の長、ライラシラ・リューの娘として生まれ、次の春に十八歳の成人を控えているにも関わらず、まともな魔法は数えるほどにしか行使できない落ちこぼれ。

なまじ周囲がそれでもなおと期待を込めてさまざまな術式を教え込んだのも今回の事態を招いた一因と言えるだろう。

シズシラの中には、本人は行使できなくても、魔法の知識だけはあった。


だが、それだけだ。

同年代の魔法使いや魔女は、若くして既に隠れ里から飛び出し各国で活躍していたというのに、シズシラは何もできない。せいぜい箒に乗って森に出て、薬草を集めることくらいが精いっぱい。


頭でっかちの役立たず、落ちこぼれのごくつぶし。


そう陰に日向にささやかれ続けてとうとう成人を迎えてしまった。

そんなシズシラが魔女裁判にかけられるほど大きな罪を犯せるだろうか。


そう、今回の問題の発端は、そこに帰結する。


リュー一族の魔法は、リュー一族だけのもの。旧くより定められたことわりだ。

そのことわりを破り、シズシラは幼馴染である青年に、自らは行使できなくても知識だけはあった魔法の数々を教えてしまったのである。


――だって、ヨルが本当に魔法使いになれるなんて、思わなかったんだもの!


言い訳だ。解っている。

けれどそう思わずにはいられず、またしても涙がにじんできた瞳でとなりを見上げる。長く濃い銀の睫毛に縁取られた、青と黄の双眸と、ばっちりと目が合った。

何やら嬉しそうに微笑み返してくる幼馴染に、今度こそシズシラは頭を抱えてうずくまりたくなった

母の手前、なんとか耐えたが。

ここでつられて笑い返したら今度こそ本当に雷が以下省略。


これでシズシラが魔法を教えた相手がヨルではなく、まぎれもなく本物のリュー一族の誰かであったのならば、何一つ問題はなかった。

だが、相手はヨルだった。

それがまずかった。


ヨルはリュー一族の証である黒髪も赤い瞳も持たない。

当然だ。

彼はゆえあってリュー一族の隠れ里に身を置く預かり子でしかなく、一滴たりともリュー一族の血を引いていないのだから。


そのヨルにシズシラが魔法を教えたのは、なんてことはない、ただのつまらない意地と、くだらない矜持と、どうしようもない劣等感ゆえだ。

どれだけ知識を与えられ、それを湯水のように吸収して自分のものにしても、実際にその奇跡を行使するにはいたらない。

がむしゃらに知識だけを吸収して、その発散にヨルを利用した。


落ちこぼれのシズシラから魔法を学びたがる物好きなんて、魔法について何も知らないヨルだけだった。ひとつひとつ魔法の術式を丁寧に説明するたびに、彼は感心したように頷き、「シズシラはすごいね」なんて尊敬の眼差しを向けてくれた。


嬉しかった。

折れそうになっていた意地が支えてもらえた気がした。

ぼろぼろだった矜持が癒えていくのを感じた。

身体に巣くっていた劣等感の代わりに、優越感が満ちていくようだった。


だから余計に調子に乗って、いけないことだと解っていたのにもっともっとと乞われるがままに彼に持てる知識の何もかもすべてを教授した。

どうせリュー一族の生まれではない彼には、知識だけあっても実際にその魔法の行使なんてできないだろうと思って。


そう、思っていたのに。


「ヨルよ。そなたもそなたの罪状を述べてみよ」

「だから別に罪だなんて……ああはい、申し訳ございません。お美しい顔がもったいないですよ、血赤珊瑚の長」


ライラシラの柳眉がますますつり上がり、長い黒髪が魔力を孕んで宙に広がる。

流石にそろそろまずいと思ったのか、ヨルは肩をすくめて「そうですねぇ」とのんびりと続けた。


「リュー一族だけの魔法を、リュー一族の生まれではない僕が、勝手に使ったこと。これが僕の罪です」

「よろしい。そなたが我が一族の生まれではないことがまったくもって悔やまれるわ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めとらん」


ライラシラが吐き捨てると、ヨルは「残念です」とまた笑う。

そう、つまりはそういうことだった。


ヨルは、天才だった。


何のって、魔法使いの、である。

彼はシズシラが教えた魔法のすべてを使いこなせるだけの、魔法使いとしての才覚を持っていたのだ。


つい先日、基本的にリュー一族の隠れ里から離れずシズシラのそばにいようと努める彼が「ちょっと出かけてくるね。お土産を楽しみにしていてよ」と隠れ里を後にした。

珍しいことがあるものだと思いつつ、シズシラは彼の後ろ姿を見送り、自分ができる数少ない魔女としての役目である薬草採集に勤しんだ。


今ならば思う。

なぜあの時、ヨルのことを柱に縛りつけてでも彼のことを止めなかったのかと。どれだけ悔やんでも今更だ。

後悔とは後で悔やむから後悔なのだから。


だが、だからとは言え、まさかヨルが外出先で数々の魔法を行使し、世界各国で問題を起こして帰ってくるなんて、誰が想像したというのだろう!


それまでヨルが魔法の知識はあれども実際に行使できるなんて思わなかったシズシラは度肝を抜かれた。

「えっ、なに、え、どういうこと……!?」と彼に詰め寄ったのは、隠れ里に帰還したヨルと一緒に牢屋にぶち込まれた夜のことである。


ヨル曰く、「困っている人達がいたから、助けたくて。〝まっとうなる善意の魔法〟を使って、願いを叶えてあげたんだ」とのことである。

その困っている人達とやらが各国における重鎮であったのもより問題を大きくしたのだが、この際それは横に置いておこう。


たまに、そう、ごくごくたまにいるのだ。

リュー一族の生まれではないというのに魔法の才覚を持って生まれた、非常に珍しいはぐれの魔法使いが。

ヨルはそれだった。

しかも枕詞に『とびきり』だとか『最高の』だとか『一級品』だとかが付く、近年稀に見る稀代の魔法使いとなってしまったのだ。


シズシラがその事実に気付いた時にはもう何もかもが遅かった。


――ずるい、ずるい、ずるい!


何が〝まっとうなる善意の魔法〟だ。

冗談ではなかった。

そんなつもりで魔法を教えたんじゃない、そんなのずるい。

私はあなたがそうやって行使してきた魔法のひとつだって使えないのに!


そう考えてしまう自らの身勝手さに吐き気すら感じながら、シズシラはヨルに嫉妬して、それでも大切な幼馴染である彼のことを嫌いになれなくて。


そしてこうして、揃って魔女裁判にかけられているという訳である。


「シズシラ。ヨル。両名が犯した罪は重い。既に各国から我が里に多数の抗議書が寄せられておる。ともすればいずれ魔女狩りが始まるやも知れぬ事態を招いた罪は、必ず償わねばならない」


威厳にあふれた声音が、ろうろうと言葉を紡ぐ。

天から降り注ぐような母の声に、シズシラは再びうつむいた。


そうだ。犯してしまった罪は、償わねばならない。

そんな当たり前のことが、こんなにも怖くてならないなんて。


魔女としてのお仕着せの衣装である黒いワンピースのすそを、持ち上げるようにして手が白くなるくらいにぎゅうと握りしめると、その血の気の失せた手の上に、白磁のごとき手が重なる。

反射的に顔を上げれば、シズシラの手をそっと包み込んでくれているヨルが、声なくその薄い唇を震わせた。


――大丈夫だよ。


何が大丈夫だ。誰のせいだと思っているのよ。

瞬間的に怒りがぶわりと全身を包み込んだけれど、でも、それ以上に不思議な安堵感の方がよっぽど大きくて、シズシラの手から力が抜けた。


解っている。ヨルのせいではない。彼は与えられた知識を行使しただけだ。

本来授けられてはならない禁忌を渡したのはシズシラだ。


悪いのは、私。


だからこそせめてヨルに対する罰だけは軽いものであってほしくて、祈りを込めてようやく顔を上げて裁判官席を見上げる。

そこにいるのは母ではない。リュー一族が長老衆、血赤珊瑚の長である。


「判決を申し渡す」


ライラシラがその手のガベルを持ち上げて打ち下ろした。カン! と高らかな音が響き渡る。

その音の広がりとともに、彼女の濃密な薔薇の香りにも似た魔力が法廷を満たしていく。


ざわりとざわめく傍聴席を置き去りに、魔力は赤い雷となって、いよいよ覚悟を決める被告席のシズシラ――ではなく、となりであくびを浮かべていたヨルを襲った。

鮮やかな赤の稲光とその光が生んだ煙が彼を包み込み、そのまま彼の姿を隠してしまう。



「きゃああっ! ヨルッ! ヨル、ヨ…………ヨル……?」



光が絶え、煙もまた遅れて晴れていく。

そして、彼が、ヨルが立っていたはずのシズシラの隣には。


「うわぁ、なにこれ」


のんびりとしたのんきな声が、静まり返る法廷に響き渡る。間違いなくヨルの声だ。

だがしかし、シズシラは耳を、そして目を疑った。疑わずにはいられなかった。



「ね、ねねねねね猫――――っ!?」

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