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【コミカライズ連載中!】落ちこぼれ魔女のためのメルヘン  作者: 中村朱里
本編

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19/64

【3】

「シズシラ、大丈夫かい?」

「だいじょばない……」


ものすごく痛かった。

あごを押さえて涙目で呻くと、ヨルが気遣うように前足をシズシラの膝にかけて、ぺろぺろと顔を舐めてくれる。それで痛みが緩和する訳ではないが、ちょっぴり心が軽くなる。


さすさすとあごをさすり、怪我をしていないことを確認してから立ち上がる。

気を取り直したシズシラは、扉を開け放った張本人である存在、すなわち七人のドワーフの一人を見下ろした。


しわが彫り深く刻まれ、ふさふさの立派なひげをたくわえた小さな老人の、どんぐりのようなまなこがこちらを見上げてくる。


「お、おお、すまんかったな! おおい、皆の衆! リュー一族からのお客人がいらっしゃったぞ!」

「ドク、お前さんは賢いがせっかちでいかんのう。わしのようにのんびりと行こうや」

「お前さんはのんびりじゃなくておとぼけだろうがドーピー! リュー一族のお嬢さんや、来るのが遅い、遅すぎるぞ!」

「そう怒るでないわグランピー。すまんのう、お嬢さん。まずはお茶でも淹れようかの。のうバッシュフル」

「ハ、ハッピー、わしゃあ若い娘さんの前では緊張してしまうんじゃ。スリーピーとスニージーに任せるのがいいと思うぞ。ああ恥ずかしい! わしには無理じゃ!」

「わしはもう少し寝ていたいからスニージーじゃな。ふあああ、ああ、あくびが止まらんわ」

「わしが茶を淹れるとくしゃみのつばが飛ぶと皆文句ばかりではないか。はっぷしゅっ!」


怒涛の勢いでわらわらとドワーフが次から次へと家から出てくる。

計七人、彼らこそが旧くからリュー一族に宝石の原石を卸してくれている通称〝七人のドワーフ〟だ。


口を挟む隙もない彼らの会話に圧倒され、ただぽかんとその場に固まるばかりのシズシラに気付いたのだろう。

最初に出てきた、〝ドク〟と呼ばれたおそらくこの七人の中におけるリーダー格であろうドワーフが、他の六人に向かって「お前さんらは」と呼びかけた。


「姫さんの様子を見てきてくれんかの。このリュー一族のお嬢さんへの説明はわしがしよう。いつまでも姫さんを一人にしておく訳にはいかんからな」


その言葉に、六人のドワーフははっと息を飲み、示し合わせたかのように頷き合うと、足早にシズシラの横を通り過ぎていく。

急げ、急げ、姫さんの元へ。

そう口ずさみながら駆けていく六人を見送って、七人のドワーフのリーダー、ドクは「さて」と改めてシズシラを見上げた。


「長旅、ご苦労だったのう、お嬢さん。まずはわしの話を聞いてもらえんかの」

「は、はい! もちろんそのつもりです!」

「手短に頼みたいところだけどね」

「ああもう、ヨルったら!」


年寄りの話は長いんだから、と続けようとしたのであろうヨルの口を「また余計なことを!」と押さえるシズシラと、大人しく口を押さえられているヨルを見比べて、ドクは「ほほ」と笑って頷いた。


「なるほど、人語をしゃべる猫か。その姿……ふむ、お前さんもなかなか興味深い魔法をかけられているようだの」

「っ! お、お解りになるんですか!?」

「これでも長く生きておるからな。魔法の行使はできずとも知識はある、だからわしはドク(先生)じゃ。さあお嬢さん、猫殿、狭い家だが入っておくれ」


ドクに促されるままに、身をかがめて家の中にお邪魔する。

どの家具を見ても全体的に小作りな家の中で、やはり低く小作りなテーブルの椅子に腰を下ろすと、ドクは、シズシラには小さなカップに香り立つ珈琲を、ヨルにはお椀に温めたミルクを注いでくれた。


「さて、お嬢さん。お前さんはどこまでわしらの依頼について知っておるかな?」

「……あなた方が訳あって預かられている娘さんが命を落とされたから、その蘇生を求めていらっしゃると聞いています」

「ふむ。まさしくその通りじゃ。わしらの預かる娘は今はこの森の泉のそばのガラスの棺の中なんじゃが、その娘……このシュヴァルツヴァルトに隣接するリヒルデ国が姫君、世間では白雪姫と呼ばれておるブランシュ姫の蘇生をお願いしたくての」

「…………はい!?」


珈琲を口に含んでなくてよかったとシズシラは心底思った。

ここでカップを口に運んでいたら、間違いなく勢いよく中身を噴き出していたに違いないからだ。


ぺろぺろとミルクを舐めていたヨルにとってもドクの発言は予想外のものだったのか、お椀から顔を上げて小首を傾げている。

どういうこと? とその仕草が口で語らずともはっきりと訴えかけているが、それはシズシラも同じ気持ちだ。一体どういうことなのか。


リヒルデ国とは農業と鉱石の採掘業で栄えるのどかな国だ。

この黒い森にやってくる途中、その上空を飛んできたのだが、緑豊かな平和な国という印象だった。


その国の姫君、ブランシュ姫。

通称〝白雪姫〟と呼ばれる彼女については、シズシラもうわさでは聞いている。


雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪を持つ、それは美しい姫君であると。


生まれた時に実の母君を亡くし、数年前には父王を亡くし、今は父王の後添えとして迎え入れられた、ブランシェ姫にとっては継母にあたる妃殿下が国を取り仕切っているらしいが、それ以上のことはシズシラは知らない。


知らないのだがしかし、一国の姫君がこんな森深くでドワーフとともに暮らしているのがおかしいことだけははっきりと解る。

何がどうしてどうなってそうなった。

しかもそのブランシェ姫、うっかり命を落としているというではないか。

だから何がどうしてどうなってそうなった。


嫌な予感どころではない、絶対的に最悪な状況に自分が追い込まれているのではないかという確信がシズシラの胸をよぎる。

言葉を失い固まるばかりのこちらをどう思ったのか、ドクは「そもそものう」と口火を切った。


「どうもブランシェ姫は、継母である妃殿下との折り合いが悪いらしくての。妃殿下に命じられた狩人に命を狙われてこの森に逃げ込んできたところを、わしらが保護したんじゃ」

「……」


嘆かわしげに溜息を吐くドクを見つめてから、シズシラは無言でヨルを見た。

ヨルもまたシズシラを見上げてきた。

無言のまま視線だけで互いに会話を交わす。


――これ、私達が聞いていい話かしら?

――聞かない方が身のためだけど、今更聞かなかったことにはできないだろうねぇ。


つまりはそういうことなので、シズシラはきりきりと痛む胃を押さえながらドクの言葉の続きを待つ。

ドワーフらしく人間の感情の機微に疎いらしいドクは、ずずっと自らの珈琲をすすり、「まあそういう訳で」と更に続ける。


「ブランシェ姫……姫さんはわしらと暮らすことになったんじゃが、あの姫さん、どうにも運が悪くての。わしらが目を離すたびにコロッとおっ死んでしまうんじゃ」


……さらりと言ってくれているが、実際に聞かされているシズシラにとってはとんでもない発言である。


コロッとおっ死ぬとは何だ。

その言い振りはまるで、ブランシェが死んだのは今回の件だけではないということではないか?


今更ながらにとんでもないことに巻き込まれている気がしてならなくて身体を震わせるが、ドクは容赦なく言葉を続けようとしていて、シズシラは覚悟を決めざるを得なかった。

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