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【2】

勢いあまって握り締めたせいでぐしゃぐしゃになった書状が、膝から崩れ落ちると同時に力が抜けたシズシラの手からひらりと滑り落ちる。

あああああ……と顔を覆うシズシラは横目に、ソファーから飛び降りたヨルが、その愛らしい前足で器用にぐしゃぐしゃの書状を丁寧に伸ばす。


「えーっと、なんだって? ああ、人魚の末姫とアルトハイデルベルクの王子の件については問題なしか。よかったじゃないか。これで心置きなく次へ行けるね」

「その! 次に! 行く前が問題なの!!」

「うん?」


シズシラの更なる悲鳴に、ヨルの青と黄の双眸が書状の下へと滑る。

そこに記されている内容を把握したらしい彼は、「おやおや」と、ぱちりと大きく瞬きをした。


「次の国に行く前に、ついでに道中のシュヴァルツヴァルトのドワーフからの依頼も片付けてこい、か。すごいじゃないかシズシラ。魔女として君が認められつつあるってことだよ」

「それが私の力で解決できる依頼なら喜んだわよ! でも、でも、死者の蘇生なんて、私にできる訳ないじゃない!!」


わっと床に泣き伏すシズシラを見つめつつ、ヨルはゆらゆらとしっぽを揺らしながら「まあそうだねぇ」とのんびりとつぶやいた。

完全に他人事である。

あなただって一緒に行くのよ!? と言ってもよかったのだが、言ったとしても「まあそうだねぇ」とまったく同じセリフが繰り返されることは目に見えていた。

付き合いの長さがこんな時に悔やまれる。

もっと親身になってくれたっていいじゃないと思うのはシズシラのわがままなのだろうか。


話を戻そう。

長老衆議会からの書状には、ヨルの言った通り、先だって解決した二つの事件について、その後問題なくこのリュー一族の隠れ里に人魚族とアルトハイデルベルクからそれぞれ謝礼状が届いているということが記されていた。


それはいい。

どちらもヨルが引き起こした問題そのものについては解決してきたが、その後の詳細については確認しないままにそれぞれの国を後にしてきたので、これで本当の意味で無事解決できたということが解りほっとした。


そう、大変結構なことである。

問題はその後だ。


「シュヴァルツヴァルトの七人のドワーフからの依頼なんて絶対失敗できないのに、どうして私に……!」

「厄介事を押し付けて、もし失敗した時にはさっくり切り捨てるためじゃないかな。ほら、言うだろう、トカゲのしっぽ切りって」

「~~~~っ!!」


もはや言葉もない。シズシラは頭を抱えた。


シュヴァルツヴァルトという、通称〝黒い森〟と呼ばれる深き森に住まう七人のドワーフは、古くからリュー一族と懇意の仲である。

魔法の触媒として最高峰とされる宝石の原石を掘り出す彼らとの取り引きは、リュー一族の繁栄を支える重要な柱の一つだ。


その七人のドワーフからの依頼。

それは、彼らが訳あって世話することになった娘がうっかり命を落としたので、彼女をよみがえらせてほしいというものだった。


「死者蘇生なんて、奇跡じゃなくて禁忌認定されてるじゃない! お母様だって、長老様の誰だって、そんなことできないくせにいいいいいい!」

「うん。だからシズシラに回ってきたんじゃない? どうせ誰もできないんだから、誰が行っても同じでしょ? 失敗前提だろうから、気楽に構えていこうよ」

「うううううう……!」


ヨルはあっさりさっぱりさっくりあっけらかんと言ってくれるが、そんな簡単に割り切れる話ではない。


彼の言いたいことは解る。

もう胸にぐさぐさ突き刺さる勢いでよーく解る。

そう、彼の言う通り、これはきっと、ではなくほぼ確実に〝トカゲのしっぽ切り〟だ。


ドワーフからの依頼である死者蘇生は、リュー一族にとっては禁忌とされる高等魔法だ。

それこそ長老レベルの魔法使いや魔女が何人も集まってやっと、もしかしたら叶うかもしれない奇跡、もとい禁忌である。


そんな魔法、落ちこぼれの自分が行使できる訳がない。

シズシラがそう自覚しているのだから、母をはじめとした長老衆が理解していないはずがないのだ。

となれば突然これはヨルの言う通り、失敗前提の依頼である。

シズシラに予定調和として依頼を失敗させ、その責任をシズシラに取らせるつもりだとしか思えない。


そこまで非道な真似を長老衆がするかと問われれば迷うところだが、なにせ今のシズシラは罪人だ。


「仕方ないものはあるだろう」

「ああ、仕方ないものはある」

「むしろちょうどいいのでは」

「そういうことだな」


なんて会話が長老衆議会で交わされたとしてもなんら不思議はない。


「今日中に出発しろ、なんて、準備もさせてくれないのね……」

「準備してもどうにもならないからでしょ」

「…………ごもっとも」


反論が見つからず、シズシラはがくっと完全に床に倒れ臥した。


と、いう訳で、とにもかくにもシズシラとヨルは、久々の我が家での休息もそこそこに、まずはシュヴァルツヴァルトと呼ばれる深き森に向かう運びなったのである。


既に定位置となった箒の柄の先端にヨルを乗せ、空を駆ること五日間。

上空から見下ろせばまるでその名の通り漆黒にすら見える色濃い緑の森に、ようやくシズシラとヨルはたどり着いた。

黒い森を足元にして、上空に浮かんだまま、シズシラは大きく声を張り上げた。


「リュー一族のシズシラと、とものヨルが参りました! 森に入るご許可をいただきたく存じます!」


森長の許可なく森に足を踏み入れれば、その森は帰らずの森となる。

森は恵みをもたらしてくれるばかりのものではないのだ。

許可がなくとも森に受け入れられる、生来祝福を授けられている存在もいるが、シズシラはそうではない。


旧き盟約を守って名乗りを上げると、森のどこからか、「勝手に入れぃ!」としわがれた声が返ってくる。

これで許可が下りた。

シズシラはこの黒い森の長が誰なのか、そして何なのかを知らないが、誰であるにしろ何であるにしろ、許可さえ得られればこっちのものだ。

森に対する礼儀を忘れなければ、森は魔窟ではない。


ほうと安堵の息を吐き、シズシラはヨルを振り落とさないように気を付けながら下降し着地する。

異次元鞄に箒を収納して見回す周囲の鬱蒼と生い茂る森は、普段は侵入者を拒絶するが、今のシズシラとヨルは立派な客人だ。

本来はせいぜい獣道が限度の森だが、物言わぬ森長の采配で、自然と目の前に道が開かれていく。


「七人のドワーフが森長に掛け合ってくれてたみたいだね」

「うん。ありがたいことだわ」

「まあそれくらいはしてもらわないと割に合わないよ。死者の蘇生なんていう無茶振りしてきた自覚はあると見ていいかな」

「……そ、そう、かもね……?」


のんびりと容赦なく言い放つヨルに、可もなく不可もない曖昧な返事をするに留めた。

シズシラとて実は同じことを思っているのだが、ここで大っぴらに肯定してしまうと本格的に落ち込みそうなので下手に同意できない。


今回の件はまさに降って湧いたような案件だ。

ヨルの責任ではない問題の解決まで求められるなんて、それは少しはシズシラが落ちこぼればかりではなくひとりの立派な魔女として認められつつあるのだろう――なんて、楽観的には考えられない。

ヨルの言う通り、〝トカゲのしっぽ〟にされたと考える方が妥当である。


一応、そう、一応は全力で尽力するつもりであるが、自信はない。

まったく、かけらも、これっぽっちも。


考えれば考えるほどドツボにはまっていく思考に、どんどんこうべが垂れていく。

それでも足を止めないのは、落ちこぼれなりの意地と矜持なのか、自分でもよく解らない。


そうして、森の道を歩くことしばらく。

ざあっと木々が一斉に捌けた。

それまでの鬱蒼とした木々の群れから一転して、整備された広場のようになった目の前の光景、その中心。


「あれがドワーフの家のようだね」


ヨルの言葉に、こくりと頷きを返す。

広場の中心に位置する、人間が暮らすには全体的に背が低く手狭であるだろう、かわいらしい造りの家。

間違いなく、今回の件の依頼主である、七人のドワーフの家だ。


ああ、とうとうたどり着いてしまった……と思わず遠い目になるシズシラを置いて、しっぽを揺らしながらさっさとヨルはドワーフの家へと歩み寄っていく。


「ちょっ! 待って、ヨル!」

「ここで迷っていても何にもならないよ。ほら、早くおいでよ」

「心の準備くらいさせてよぉ……」


猫になってもやっぱりヨルは意地悪だ。

いや、これは彼なりの優しさであることはなんとなく理解はしているけれど、それはそれ、もう少しお手柔らかにお願いしたいというのがシズシラの本音である。


それでもヨルを一人で行かせる訳にはいかないので、シズシラは駆け足になって彼のとなりに並んだ。

目の前には小柄なシズシラの背丈よりも更に低い位置にある、ドワーフのためのものだと一目で解る扉。

ごくりと息を飲みつつ、拳を握ってノックを三回。


「リュー一族が隠れ里から参りました、シズシラ・リューと申します! あなた方からのご依頼を痛ぁっ!?」

「待っておったぞ!!」


シズシラに皆まで言わせず、扉が向こうから開け放たれる。

かなり勢いよく開け放たれた扉がちょうどあごを直撃し、シズシラは悲鳴を上げてうずくまった。

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