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審判を欺く聖女の魔法

「あら、どうやらこの天秤、性能はホンモノの様ですね。流石ゼルファ様の元お兄様――素晴らしいものを贈られましたね」


 驚きを隠せずに慌てふためくマイナに対して、ルミィは落ち着いていた。まるで当然だと言うように。


「ちょっと、お待ちください! では、その証言をされたという御仁を此方へお呼び頂けませんか?」


このまま終わらせる訳にはいかないと、主張の根源を辿る。仮に虚言を本物に出来る術をかけているとしても、その根拠の説明が出来なければどうしようも無い。

ルミィにとっては、そんなもの想定内だったようだが……。


「……良いでしょう。証言者、イース=サカムトは私の良き研究仲間の一人であり……かけがえのない御友人であります――イース。上がってくださる?」


ルミィの手招きに合わせて、イースと呼ばれた少女が壇上を上がる。右目を庇うように隠した茶髪と、枯れ枝のように細い身体が印象的だった。ーーなんでしょう。まるで生気を感じられません。


「イース。貴女は三日前、マイナ嬢が私のお屋敷周りを徘徊されていたところを発見しましたね?」


 ルミィの問いに合わせて、イースは小さく頷く。


「はい。そしてマイナ令嬢……貴様は! 見つかる訳にはいかないと私の右眼を切り裂いたっ!!」


怨恨たっぷりの怒声に合わせ、イースは右眼を見せつけるように髪をかきあげる。まるで獣の爪でやられたかのような痛々しい傷が刻まれていた。


「そんな野蛮な――ありえません! 私は否認致します!」


 再び天秤が傾く。マイナの方へ。


「なっ!」


 揺れる天秤に躓いて尻もちをつくマイナ。ルミィは一切何も分からない無垢な瞳を造り、彼女を見下ろしている。


「かなり狼狽されているようですが、これは事実ですのよ? マイナ嬢」


「私は……そんなことしていません!」


 天秤がマイナの方を傾く。


「ひっ」


 地上に近付く度に、民衆の罵倒もより強く聞こえてくる。心に余裕の無い今だからこそ、誹謗中傷の刃は深く突き刺さった。


 ーーやめて!!何も言わないで!!


「もう、充分でしょう。管理者様、次の質問を」


 管理者は深く頷き、手に持つ小さな天秤を掲げる。


「では、次の質問に移ります。マイナ=ファルナスタは、ルミィ=イグナフームの食すものに古紙の切れ端を混ぜ込んだ――是か非かでお答えなさい」


 二問目の質問も、当然のように回答が別れ、当然のようにマイナの主張が悉く否定された。


 気が付けば、もう少しで手を伸ばせば地面に手が届く位の距離までに近付いていた。体感あと二回傾けば、マイナの有罪が確定する。


 ーーどうして……分からない。私の主張すること全てが《虚偽》と判定されてしまうの……?


 マイナの心は殆ど折れかかっていた。みっともなく両手膝を着き、傷付いた獣のように呼吸を荒げる。


 あれだけどうでも良かった筈なのに。もう、どうにでもなれと思っていたはずなのに。

 今はどうしても、罪を晴らしたい。

 罪を晴らして旅に出たい。やっと見つけた夢なのに。


 もう、それを果たすチャンスは無いのか。


「たす……けて……」


 無意識に呟く。この場の人々から見れば、自分は王太子の熱愛者への嫉妬で悪行を繰り返した極悪人。こんな人間に一体誰が力を貸すというのか。


 ーー無論、アルザックも……。


《そんな訳ねぇだろ》


 まるで心を読まれていたかのように、その声は聞こえて来た。


「――え?」


 ふと前を向く。声は眼前で浮遊する握りこぶし程の大きさの綿から聞こえていた。

 幻想的な水色に輝くそれはマイナの胸元までゆっくりと降りて、その見た目にそぐわない低い声ーーアルザックの声で、続けた。


《びっくりしたか?この綿は冒険の中で出会った奴から貰ったんだ》


 ーーアルザック! 助けてください! 何もしていないのに……こんな! どうして!?


《わかってる。どうやらこの庭園に流れて魔道回路がイグナフーム嬢に弄られているみてぇだな》


 ーーまさか! 空間に流れる魔力に干渉し、民衆を洗脳しているとでも? でもそれでは天秤の説明が!


《いや、もっとえげつない。奴は幻惑魔道スキル《設定》を応用したものをこの庭園に仕掛けてやがる。流石は魔道研究者の娘だよ》


 ーーなんですって!? 私ではなく庭園に!?


 幻惑魔道スキル《設定》。術者が課した特定の《設定》を、魔道回路を通し特定の人物へ事実として認識させるというスキルである。

 課する《設定》を被術者に述べ、自身の身体の表面に流れる魔力を染み込ませた魔廻石という特殊な石へ触れさせることで発動する。主に相手を幻覚に嵌め込んだり、精神攻撃を仕掛けたりする事に使用されるスキルであり、主な被術者は無論人間。


 だが、ルミィはこれを庭園に行った。

 正確に言えば庭園に流れる特殊な魔力を何かしらの手段で《人間の体外魔力》に見立て、マイナがルミィへ悪行を行ったという《設定》を庭園に認識させた。


 マイナの《庭園にかけた設定に関する情報》の全ての発言が、天秤に伝わる前に庭園の魔力によって汚染されることで、強制的に《虚偽》の判定を喰らう。天秤の判定すら覆る理由の根源はここにあった。


 ーー解除は出来ないのですか?


《恐らく庭園のあちこちに魔廻石が埋まってるだろうし、簡単に解除されねぇように相当頑丈に組み込まれてやがる、恐らく半年ーーいや、下手すりゃ年単位で作られてるぞ。こりゃ参ったな》


 マイナは青ざめた。自分が呑気に本を読んでいる最中、ルミィは自分を完全に排除出来るだけの巨大な魔術を生成していたのだ。

 全てはゼルファの妃となって王家を乗っ取るために。


 ゼルファや民衆の異様なまでのルミィ信仰は、元から備わっている彼女の人間掌握術だけでなく、長い時間をかけて作られた完璧な計画によって生まれた惨劇でもあったのだ。


 ーーこんなの……どうしろって!


 真相を知った所で、より絶望が深くなるだけだった。

 主張をすればする程、真実を話せば話すほど疑いが深まってゆく。

 頷くことしか許されない。こんな理不尽があるだろうか。


《やりようはある》


 アルザックの声は死んでいなかった。彼の底抜けな明るさが、今はただ腹立たしい。


 ーーそんな!私が何を主張しても全て《虚偽》になるのでしょう!? そんなの……勝ちようが無いじゃない! 私はもう……罪人になるしか!!


《諦めるな。敵を前にして膝に手ぇつけて喚く冒険家がどこにいんだよ》


 ーー今は冒険ではありません! 何でもかんでも冒険と結び付けないで!


《いや、冒険者でいっちばんやっちゃいけないことはな、『命があんのに諦めること』だ。これが出来ねぇ奴はな、例え素手で飯が食えようとも――冒険の才能はゼロだぞ!!》


 マイナはハッとなる。冒険日誌で見た《アルザ=イルズ》をはじめとする冒険者達は、常に前を向いていた。どんな困難があっても諦めず周りを鼓舞し、道を切り開いていた。


 そんな姿に、ずっと憧れていたんだ――。


 ーーどうすれば……いいんですか?


 こぼれ落ちそうになった涙を拭い、綿を見つめる。既に消えかかっているが、彼の声は最初よりハッキリと聞き取れた。


《いいか、もうそろそろお前が沈黙してから三分が経つ。これ以上の沈黙は《虚偽》と判断されちまうし、この綿もあと少しで消えちまう。だから簡単に言うぞ――奴は《設定》した以外の事に嘘は付けねぇ!》


 しゃんとしなければ。この道を切り開ける者は自分しかいない。ほんの僅かな可能性でも、それが蜘蛛の糸のように細くてか弱いものでも、全てを賭けなければならない。


 地にへばりつけていた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

 糸を掴まねば。アルザックが垂らしてくれる、ほんの少しの勝ち筋を!


 ーー設定外の……質問……。


《そうだ。幾ら完璧な《設定》を作ったとしても、何処かに必ず矛盾がある! おまえはその矛盾をみっけてーー》


 言いかけたところで、綿は四散するように消滅した。ーー大丈夫。ちゃんと伝わりました。


「まもなく沈黙から三分が経過します。天秤が一つマイナ=ファルナスタの方へ傾き、最後の質問に移らせていただきます。よろしいですね?」


 三度目の質問――。認めることは勿論、否定すらした時点でマイナの《有罪》が確定する。

 それでも、マイナの瞳は死んでいなかった。


 ーー試してみる価値はあります。このまま黙っていても状況は悪化するだけ。令嬢だなんて高尚な肩書きは既にかなぐり捨てました。ならばここからは一人の女――《冒険者志望・マイナ=ファルナスタ》として、戦いましょう。


「反撃開始だ。マイナ」


 怒号を続ける民衆の中、アルザックはふっと目を閉じて笑った。

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