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聖女の演説に国が惚れた

 ウルマリガ王国城の直下に広がる庭園には、次期王妃をいたぶり続けた悪女の末路を見届けてやろうと、多くの民衆が集っていた。


 三日間かけて運ばれてきたアルザックからの土産物――《真実の天秤》という巨大な天秤を背後に悪女と聖女が肩を並べる。


 マイナは真実の天秤をちらりと見やり、はぁとため息をつく。ーーよくこんな大きいものをお土産として選びましたわね。絶対邪魔でしょう。


「おい悪女こら!! よそ見してんじゃねえ!!」


「さっさと罪を認めたらどーなんだ!?」


「お前なんか息しているだけで罪だけどな!!」


「オマエ、ワルイヤツ。ワレワレノ、ホシニモ、オマエノヨウナ、クズ、ハ、イナイ」


 視線を逸らしただけで相当な数の罵倒が飛んで来る。ーーああ、本当に私って嫌われているのですね。宇宙にすら悪名が轟いてしまったのでしょうか。


「酷くやつれているな。三日の留置はさぞかし苦痛だったことだろう。だがこれからこの天秤が下す判決に、貴様は従わなければならない。それだけは覚えておけ」


 目の下に出来た隈。乱れた髪。青白い顔色――明らかに体調の悪そうなマイナを見て、ゼルファは以前よりは口調が柔らかくなっていた。ーーいや、これはアルザックさんの冒険話を七十二時間ぶっ続けで聞いていたからなのですけれど。


「ルミィ。こんなことに付き合わせてしまってすまない。だが、これが終わったら正式に婚約をさせて欲しい。君を王族へ迎え入れる準備は、既に万全だ」


「ゼルファ様……。本当に私などが貴方の妃になっても良いのでしょうか。私は、ただの魔道回路の研究者夫妻の一人娘。とても高名な家柄とは言えません」


「いいんだ。これから私が、君を高名にしてみせる」


 抱き合って口付けを交わす二人に、民衆が湧き上がる。一番近くで立ち会っているマイナだけが、このやり取りを茶番劇と捉えていた。


「ゼルファ様……お願いがあります」


 ルミィはゼルファの胸を細い指先でそっとなぞり、胸ポケットへ手を入れる。取り出した音声拡張器を自身の唇に当て、あざとく笑顔を作って囁いた。


「こちらで、我々に声明を述べる時間を頂きたいのです」


「し、しかし……いいのか? 大衆を前にスピーチなんて……君にはまだハードルが」


「私も、妃となる覚悟を決めなければなりません。こうして貴方と肩を並べ、民衆の祝福を堂々と得られるように――」


「本当に君は強くて美しい――。もう一度……君と口付けを――」


 ーーいや、何回口付けするのこの人達。よくそんなクサい台詞吐けますね……。


 気が済むまでキスをした後、音声拡張器を持ったルミィが国民の前に立つ。以前の「いじめられっ子の可哀想な少女」の面影はどこにも無く、寧ろこれから魔王でも討伐するのかというような凛々しさを讃えた戦乙女の様な顔立ちになっていた。


 こんな表情を魅せられて、間抜けな国民が一体どうやって彼女を疑えるだろうか。


「私の両親は、私に『魔道回路の研究の助手』としての役割以外の期待を持たれない方達でした。こうして田舎から王都へ駆り出された理由も、ただ魔道回路の技術を学ばせる為。彼らにとっての私は、研究を円滑に進める為に必要な歯車の一つに過ぎなかったのかもしれません。だからこそ、私は硬く決意致しました。王都の魔道学院で一番の成績を取り、両親を超えたいと。そして、その決意に一番の共感を頂けたのが、次期ウルマリガ王国国王――ゼルファ=ウルマリガ王太子様でした」


 鈴のように心地よい声色で語られる物語が、場を完全に支配していた。民衆全てが、空いっぱいに広がる虹を見上げるように、ルミィのスピーチに魅せられている。


「――――立場を超えた我々の奇妙な関係は、いつしか何者にも代え難い本物の愛へと変化致しました。私は護りたい。彼と、彼と過ごせる時間の全てを。たとえどのような嫉妬を受けようと、この素晴らしき平和の王国――ウルマリガ王国の代表として、私は戦います」


 嵐のような声援が、ルミィへ贈られる。ゼルファは雄たけびをあげながらわんわん号泣した後、三度ルミィの唇を奪った。ーーだから何回されるのですか。


【ルミィ! ルミィ! ルミィ! ルミィ! ルミィ! ルミィ!】


 庭園に響き渡る怒涛ルミィコールは、体感で十分間は続き、その間、ルミィは一度も笑顔を崩さず民衆に手を振り続けていた。相変わらず彼女の人間掌握力は見事と言わざる得ない。幼い頃から研究者の仕事を手伝っていたとあれば、恐らく成績も優秀か。

 こんな事をしなくても彼女の実力ならば何にでもなれただろうにと、敵ながらマイナは少し残念に思った。


「マイナ=ファルナスタ」


 突如、拡張器を持ったままルミィがこちらを向く。


「貴女は孤立していながらも、この場から逃れることもしなければ泣き出す事もしない。きっと私にも負けない主張があるはずです。それがたとえ国民からの理解を得られないものであっても、貴女にはそれを主張する権利がある――お互い争い合う立場ではありますが、私はその主張を……聞いてみたい」


「そうだー! なんか言ってみろ悪女ー!」


「まあ誰も信じねえけどなー!」


「オマエノ、シュチョウナド、キキタクモナイ、ガ、ノベテミセヨ」


「さぁ、お聞かせください。貴女は何故、ここに立っておられるのですか?」


 拡張機を手渡すルミィの表情は、悪意に満ちていた。

 再びマイナへ飛び交う大量の罵詈雑言。悪に対して一切の容赦のない、正義という名の暴力を振りかざす民衆を見下ろし、マイナは今日も想う。


 本当にこの国は平和だ――。


 ーーそんなに知りたいですか。私の目的を。どうせ申し上げたところで火に油を注ぐのと相違なさそうですが、まあ、いいでしょう。どうせすぐいなくなる。最後くらい、正直にお伝えしましょうか。


 一歩、前に出る。刃の雨を裸で受けるように。


「私は、ルミィ=イグナフーム嬢の主張される悪行の数々の全てを否認致します。今回はそれを証明するために参りました。そして身の潔白を証明した後、私マイナ=ファルナスタは――冒険家になるべく、この国を旅立ちます」


 ルミィと違って、訪れたのは静寂だった。


 何を言っているんだこいつと、誰もが口をあんぐり開けたまま固まっている。


「ーーぷっ」


「ギャハハハハハハハハハ!!! 何言ってんだお前!!」


「否認するどころかまさかの冒険家って!! とんだアホ娘だな!!」


 一人目の吹き出しが引き金となった後、爆発のような大爆笑が起った。正直下手な罵倒よりこっちの方がずっと堪える。

 それでも、大丈夫。ちゃんと聞こえている。


 大爆笑の中で小さく鳴り響く、たった一人の拍手を。ーーいや、私と一緒に拘束されていましたよね? どうして普通に解放されてますの? アルザック。


 民衆の中に紛れたアルザックは大きく口を動かし、何かを伝えようとしているようだ。じっと目を凝らし、その動きを解読する――。


 ーーお・も・し……れ……? え……ぞ??


 プチりと、なにかが切れる音がした。


「ちょっと! どこが面白いんですの!? 自分が解放されているからに観客気取りですか!? 貴方も乗りなさい!! 乗ってなにか喋りなさいよ!!」


「おお怒った怒った!! ざまあねぇな悪女!!」


 壇上から飛び降りようとするマイナを側近の護衛が押さえ付け、そのまま天秤の皿の上へ連れられる。それを見送ったルミィはオホホと口元を抑えて小さく笑ったあと、自ら皿へ繋がる階段へ足を進めた。


 左右の皿に聖女と悪女が並ぶ。

 それを確認したゼルファと護衛は壇上を折り、それと変わるように白い修道服の様な姿で現れた坊主頭の男性が現れた。彼がこの《真実の天秤》の管理者なのだろう。


 管理者は皿の上の二人に深く一礼した後、まるで催眠術のようにゆっくりと、天秤による裁判の説明を開始した。


「皿の上に乗られたお二人には、これから私《天秤の管理者》による三つの質問に対して『是か非か』で回答を頂きます。この時点で回答が同じだった場合はそのまま次の質問に移りますが、意見が異なった場合――お二人にはそれぞれの根拠を武器に、十分間の討論をして頂きます。その討論の間に《虚偽》が見られる毎に、皿に《罪の重り》が加わり、天秤が傾きます。《虚偽》を重ね、皿を地面に付けた者が罪人となり、天から御覧になられる女神様からの託宣に従い、罰則を決定する――これが主な流れになります」


「大まかな内容は御承知致しました――ですがおひとつ」


 優雅に挙手をするルミィへ、管理者は頷く。


「その《虚偽》とやらはどなたが判断されるのでしょうか? まさか天から御覧になられているという女神様が直々に御判定を?」


「いいえ。女神様は私の三つの質問で決着が付かなかった場合のみ、最終審判という形で下界に降臨なされます。討論にて産まれる《虚偽》につきましては、貴女方の言葉を包み込む魔力そのものに皿が反応する仕組みです。言葉の魔力が嘘と判定された場合、そのまま魔力が重りに変わると捉えてもらえれば大丈夫です」


「ありがとうございます。畏れながら、もう一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」


「大丈夫ですよ」


「失礼を承知ですみませんが、天秤の管理者たる貴方は、実際に女神様という存在を視認された事は御座いますか?」


「いいえ。基本は最終審判に持ち込む前に、全て決着が付きますから。《虚偽》を抱える罪人は、常に片方のみです」


「ありがとうございます。改めて、失礼を致しました」


 心做しか、ルミィが黒い笑みを浮かべた様な気がした。ーーやはり彼女は裏で何かを工作しているのでしょうか。


「他に質問が無ければ、このまま第一の質問に移りたいと思いますが――」


 例え彼女がどんな工作をしていようとも、真実は絶対に変わらない。ルミィの主張は嘘であり、マイナは冤罪をかけられている。


 ーー私はそれを、真っ直ぐな言葉で証明するだけ。


 管理者は表情をそのままに暫く二人を見つめた後、ゆっくりと頷く。


「では第一の質問です。マイナ=ファルナスタは、ルミィ=イグナフームが大事にされていた晴れ着用のドレスを破いた――是か非かのみで答えてください」


当然、回答は異なる。


「是でございます」

「……否で」


「では、それぞれがその回答に至ったまでの根拠をお述べください」


 ルミィは押し黙り、口を噤む。当然だと思った。彼女の主張は全て嘘なのだから。ここからは自分の番だ。この大きな天秤の上で、悪女の素性を暴いてやる――。


 ーー先攻、頂戴します。


「そもそも、私はルミィ嬢がお住いになられる屋敷の在り処すら知りません。それに、悪行にしてはあまりにもハイリスクではありませんか? わざわざ単身で忍び込み、ルミィ嬢の自室に潜り込んでドレスを裂いたとでも?」


「……いいえ。貴女は私のお屋敷の在り処をご存知です。つい三日前、貴女を見たという証言も頂いております」


 天秤が傾く――。


 マイナの方へ。

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