牢獄内は暇なので、冒険譚でも聞かせてくださいますか?
王国が管理する容疑者の留置所は、思った以上に不気味だった。
何せ壁一面灰色で薄暗い。壊れかけの明かりがチカチカ音を立てて点滅している。
だだっ広い施設なのに、何故かマイナ以外の収容者はいなかった。
思った以上の本格的な監禁に、はぁとため息をつくマイナ。手首にかけられた手錠もかなり頑丈に作られているようだ。ーー別に拘束なんてしなくても逃げませんよ。
「……入れ」
マイナを繋げていた看守がぶっきらぼうに言い放つ。突っ立っているとそのまま突き飛ばされそうなので、渋々中へ進む。
独房の中は簡易的なトイレと布団があるのみ。ここに三日間いなければならない事を考えると、流石に心が折れかけた。ーーなにか、暇潰しになるものを支給してれれば良いのですが……。
「すみません。本の支給などは……」
「持ち込みの許可は無しだ。罪人に何故娯楽を与えなければならない?」
「……まだ容疑者ですが?」
「黙れ。とにかく三日は大人しくしてもらう」
乱雑に独房を閉められ、鍵をかけられる。今この瞬間から彼女の三日間監禁生活が始まった。
と言ってもやる事など本当に無いので、すぐに布団に包まる。――このまま三日間寝続けてやろう。どうせ私は退屈な国によって生み出された一時のヒール役。そんな私に娯楽なんて。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ったくなんだよあの野郎。兄貴を監禁する奴があるかよ!」
「黙れ! 貴様はとっくにゼルファ様をはじめ、ウルマリガ王国を追放された身だ!」
「そう硬ぇこと言うなって! ちょっと規律破ったくれぇでよぉ」
「いいから入れ!」
ーー何かしら。ここには私以外の収容者はいないはず。
揉めるような騒がしい声に被っていた毛布からゆっくりと顔を出すマイナ。
目の前では不貞腐れたように胡座をかいて檻の中央に座るゼルファの兄、アルザックの姿があった。
「なんだよちくしょう。お土産いっぱい持ってきたのによ。あーあ、暇だ暇だ」
よく考えれば三日間ここに監禁される羽目になった原因はこのアルザックにあるのでは? ハッとなったマイナは、ここに送られる直前のやり取りを思い返した。
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――土産が到着するまであと三日だ。それまでこの件は保留にしとこうぜ。知り合いに腕利きの神官が居てな、監督はそいつに任せる。こういうのはしっかり第三者目線使って正当にボコボコにするもんだ。
――いいだろう。今一度こちら側の主張が完全なものだと証明するにはいい材料だ。だがしかし、その土産とやらが到着するまでの三日間。マイナ=ファルナスタは容疑者とし、我が城の地下にある牢に留置するものとする。
――それは知らねぇ。俺はただ徹底的にやろうぜって提案しただけだ。言うならマイナ嬢に言いな。
――これは命令だ。マイナ=ファルナスタ。お前を三日間留置する。
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間違いなくアルザックのせいだった。彼の提案からこの監禁生活が始まっていた。
ゼルファや国民の様子からして、どのような方法を用いたとしてもあの裁判の判決が変わるようには思えなかった。一切マイナの話が通じていなかったのだから。
何より恐ろしく思えたのが、ルミィという存在だった。庇護欲を駆り立てる愛らしい容姿を武器として惜しみなく活用し、大衆の心を奪える演技力が極みの域に達している。なにより、最後に彼女から向けられた冷たい視線を、マイナは忘れることが出来なかった。
ーーどうしてそんな無駄な事を。裁くならばひと思いにしてもらいたいと言うのに。
マイナは無駄に引き伸ばし癖のある物語が嫌いだった。
ーー文句を言ってやらないと気が済みませんわ。
「……どうしてですか?」
「目ェ、覚めたのかよ」
「答えてください。どうしてあのようなご提案を?」
「どうしてって……面白からに決まってんだろ」
しれっと言い放たれたそれに、思わず言葉を失う。
「面白いって……そんなくだらない動機で私はこんな目に遭っていると言うのですか!? というか貴方も結果的に監禁されて面白くないのでは!?」
「まあ、そうだな。今は全然面白くねぇ」
「……今は?」
「こっから面白くしてくのは、お前だぜ?」
「はぁ!?」
怒りのまま、マイナは立ち上がる。
「ふざけないでください! どうせならもっと派手に裁かれてしまえとでも!? 私は貴方の道化ではありません!! そもそも、この一連の騒動自体とてつもなくくだらない事柄でしょう!? 貴方もそれはご理解されていますよね!?」
「さぁ、俺はここに帰ってきたばっかだから今の国の状況は何も知らねぇ」
「だったら尚更です! 何も知らない癖に首を突っ込んで事を引っ掻き回して、ただの愉快犯ではありませんか!」
「あーあーわーったわーった悪かったよ」
アルザックは参ったと言うように両手を挙げる。謝罪は貰ったものの、その軽い態度が気に入らないのでふんとそっぽを向いて毛布を被った。露骨に不貞腐れて見せたが、アルザックはまるで気にしない様子で続ける。
「……いいのかい? このままだとおまえ、孤島行きだぜ?」
「構いません。どうせこんなつまらない場所にいても仕方ないだけ。その孤島とやらの方が冒険感あってずっと楽しそうですし」
「なんだおまえ、冒険が好きなのか?」
「だったらどうなんです?」
「ウルマリガの奴らは冒険を好まねぇからな。適当な職に就いて適当に暮らす。冒険日誌の需要は一部ではあるらしいが、実際に冒険家にやろうって輩はいねぇ。珍しいなと思った」
「……よくご存知で。そのような国民性を加味しても、私はウルマリガとは相性が悪いと思いますの。もう少しでも冒険家志望者への福利が整っていれば……この私だって!」
「へぇ〜」
「……なんですか? 馬鹿にされていらっしゃる?」
チャリンと、マイナの牢屋へ一枚の硬貨のような金属が投げ入れられる。
ムッとした表情のままそれを手に取るマイナ――刹那、彼女の表情は一気に驚愕に染まった。
「こ、これ、冒険者の勲章……しかも《マスターランク》の!」
「どーだ、すげぇだろ。ウルマリガでマスターランクまで登ったのは、俺が初めてだ」
「し、しかも登録名……《アルザ=イルズ》って! 私が今拝読させて頂いているあの《超激突! 伝説の勇者ⅤSエンシェントドラゴン! 〜くだらないしきたりを破っただけで王族を追放された俺が、突然目覚めたスキル《超ウルトラエクセレントバズーカ魔法》で無双しまくり! な、なんて強いんだ俺!〜の作者の……!!」
「まぁ、俺が経験したのをうちで雇ってるライターが面白おかしく編集して作ったやつなんだけどな、それ。意外とこれが金になんのよ〜ハハッ」
勲章を持ったままプルプル震えて固まるマイナ。人生最大級の衝撃だった。ーーまさかいつも読んでいる《アルザ=イルズ》の冒険日誌の作者が、元婚約者の兄だったなんて。
そんなマイナを追い討ちするように、アルザックは身を乗り出して呟く。
「あの作品に出てきたお菓子の家ってあっただろ……? アレ、実在するぜ?」
「まじですの!?」
「しかも割と近所だ。海をちっと渡れば行ける」
「な、なんと……で、では! アレはどうなんです? 鳥のように自由に空を飛び回る光る魚――スカイフィッシュ!」
「ああ、いるいる。塩焼きにして食ったわ」
「え、食べたの? で、では『エンヤーコンラーと鳴きながら他人の畑に潜り、動けない老人の代わりに作物を収穫してくれるという二足歩行のザリガニ』は……?」
「それはいねぇ」
「いないんですの!?」
「ああ、でもアレはいるぞ。ウノトト! ウノトト! とか言いながら四六時中マンモス追っかけてるけど足が絶望的に遅くて全然獲物を取れないウノトト民族っつう族」
「なんですのそのみっともない狩猟民族は!? なんで現存できてるの!?」
で、では――。そう言いかけたところで、自分が今ケーキにがっつく子供のようにはしゃいでいることに気が付き、コホンと咳ばらいをしてから毛布を被る。ーーうまく乗せられてしまいましたが、彼を許したわけではありません。それに、冒険日誌で粗方のエピソードは把握しているので、今更何を語れるというのですか。まったく、私としたことが……。
「まぁよ、ここから三日はあるぜ? 俺も暇だ。本に描ききれなかった裏話も含め、アルザック様による七十二時間耐久読み聞かせ会をやってやってもいい」
本能的に、マイナの耳がピクリと動く。
「……本当ですか?」
「ただし、一個だけ条件がある」
毛布から顔だけを出したマイナに、人差し指を立てて注目を引くアルザック。
彼は真剣な面持ちをしていた。
「……生きる希望を無くすな。この《アルザ=イルズ》だってお前と同じウルマリガの人間だ。超冒険後進国のな」
「……生きる、希望?」
「お菓子の家は海をちょっと渡れば行ける。スカイフィッシュだって、ビックフットだってエンシェントドラゴンだって、おまえと同じ世界に居るんだよ。おまえさえ生きていれば、この先そいつらと出逢えるチャンスなんて、幾らでも巡ってくる」
「で、ですが……ゼルファは露骨にルミィ嬢の肩を持たれておられます。それに国民だって……今更抗ったところで、私の意見など誰も聞き入れはしませんよ」
「それも、ウルマリガだけの話」
「……え?」
「女神様とやらは、見ているぜ。ちゃんと」
「女神様? もしや貴方のお土産とやらに、それと関連する物が……?」
「後はおまえがどうするかだ。ここを乗り切れば、おまえはなんにでもなれる」
マイナは何も答えなかった。回答は決まっていたが。
外にはこんなに面白いものが広がっているのに、ついさっきまで人生を投げ出そうとしていた自分が恥ずかし過ぎて、何も答えることができなかった。