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追放者、実家の風呂が恋しく帰還

「な、なんだ貴様!! この私を呼び捨てするなど不敬極まるぞ!!」


 再び引き抜いた剣を、声のする方角へ向けるゼルファ。その細い剣先が捉えていたのは、彼に向けて民衆の中央で気さくに手を振る、大きな剣を背負った青年だった。


 マイナは感じていた。この青年の纏うオーラの異質さを。平和というぬるま湯に浸かったウルマリガの国民達とは違う、修羅場という修羅場を潜り抜けて出来上がった猛者のオーラを。

 民衆に紛れるその様は、犬の集団に狼が混ざったように見えた。


「な、おま、あ、あなた……は!」


 ゼルファは口をあんぐりと開けて固まっていた。幽霊でも前にしているかのような反応だ。そしてその正体は、何もかもどうでもよくなっていたマイナの心すらも少し動いた。


「あ、兄上ッ!!」

「あ、兄……?」


 マイナはゼルファとその男を交互に見る。

 いいものを食べて、高価な服を纏い、一流の装備を身に着けたゼルファに対して、兄の方は正に野生の人間。弟より二回り程大きな身体に引き締まった筋肉と、それに刻まれた大小の傷跡。針金のように尖った芯の太い金色の髪――とても同じ血を通わせているとは思えない。


 婚約者としても、ウルマリガ王国の第一王子はゼルファだと聞かされてきた。兄の存在など聞いたことが無い。


「よう、随分立派になったもんだなゼルファ。お兄ちゃんは嬉しいぞ」


「な、何故……」


「何故って、近くまで来たからちょっくら家寄ってちょっと風呂でも借りるかと思ったら誰も居ねえ。んで外うるせえなって覗いてみたらこれよ」


「ば、馬鹿な……そんな!」


 握ることも忘れたのか、ゼルファの手から剣がポロリと落ちる。


「こ、この私を勉学や武道、ありとあらゆるもので打ち負かし、ウルマリガ王国きっての神童と呼ばれ次なる王位継承の座など当然のように手に出来る能力とカリスマ性を持ち合わせておきながら、その自由奔放すぎる性格が故に宮廷の掟を全て破り尽くし、父上から愛想を尽かされて十年前に王家を追放されたはずの兄上が何故ここにィィィ!?」


 ーーなにその説明口調。よく噛まずに言えたものですね。


「ああ、今王国内で天才とか持て囃されているお前を勉学や武道、ありとあらゆるもので打ち負かし、ウルマリガ王国きっての神童と呼ばれ次なる王位継承の座など当然のように手に出来る能力とカリスマ性を持ち合わせておきながら、その自由奔放すぎる性格が故に宮廷の掟を全て破り尽くし、父上から愛想を尽かされて十年前に王家を追放されたはずの俺が帰って来てやったぜ?」


 ーーなんで一語一句コピーしていますの!?


 もう一度二人を見比べるマイナ。金色の髪。紅の瞳。確かに一部似た面があることが分かったが、やはり信じられなかった。


「ぜ、ゼル様……!」


 睨み合う兄弟の間へ飛び込んできたのは、あまりにもか弱いルミィだった。ゼルファの胸に飛び込み、怯えるように震えている。

 その突然の挙動にマイナは訝しさを感じずにはいられなかったが、ゼルファは違う。愛する人を護らねばと、鼻の穴を大きく膨らませ拳を天に突き上げた。ーー他国の方が見たら絶対に笑うと思います。この絵面。


「あ、兄上がなんだ! 今の王太子は間違いなくこの私、ゼルファ=ウルマリガだ! 兄上の出る幕ではない!!」


「いや、そうなんだけどよ。普通になんでそんなキレてんだって気になってな。弟をここまで怒らせたんだ、兄貴として見過ごすわけにはいかねえよ」


「な、あ、兄上……」


 ーー味方になってくれそうでホッとしていますわね。


 ゼルファは、もう一度兄に事の経緯を説明する。その間に怒りが再燃したのか一々マイナを指差しては悪女だの鬼畜だの魔王だの散々に罵っていたが、対する兄の反応は冷ややかなものだった。ーーこの反応が本来普通の筈なのですが……。


「――というわけなんだ。許せないにもほどがある! たった今、この悪魔を東の孤島へ送る宣言を済ませるつもりだった――って聞いているのか?」


 ゼルファの熱弁を無視して兄はマイナの方へ向かう。彼の興味はとっくに弟ではなくマイナへ変わったようだった。


 敵意は無いようだが、マイナは思わず固唾を呑んで慄いてしまった。圧倒的な迫力がある。そのまま暫く獲物の隙を伺うように細めていた目を丸くした兄だが、やがてパッと目を見開いて驚きの相に変わった。


「えー! じゃあ君があの時のマイナちゃん!? 親父の王座就任式に居たあの!? めっちゃ綺麗になってんじゃん驚いたー! うわマジか時の流れこえー!!」


「え、ちょ……へ?」


「俺だよ俺、アルザック――って覚えているわけねえか。ナフキンで俺に薔薇を折ってくれたんだぜ?」


 マイナは固まった。彼は自分の事を知っていたらしい。それにここまで正直に容姿を褒められたのは初めてだったので、素直に顔が赤くなる。


「あ、兄上!! こいつはもうあの時のマイナでは――」


 弟の言葉を無視して、アルザックはマイナに巻き付いていた鎖を素手で引きちぎり、彼女を開放する。

 彼の大きな身体にするりと収まったマイナは、されるがままに彼に抱きかかえられるような形になった。


「おい! 何をしている!! 幾ら兄上でもそれは――ってそういえば破門されていたなもうこいつ兄じゃないじゃん。 そうだお前この野郎!! 即座に奴を私に渡せ!!」


「まあ、待てよ。俺も別に手ぶらで帰ってきたわけじゃねえ。色んなとこ冒険して来てな、お土産もたっくさんあるんだ」


「何を言っているのだ! 話を聞け!!」


 アルザックは不敵に笑い、弟の問いを返す。


「お土産の一個にな、今の裁判を見せしめとしてより効果的に実行できるスーパーアイテムがあんのよ。ま、ちっとデカいから到着には時間かかるんだけどよ」


「……なんだと? 別にそんなもの無くとも今この場で裁いてくれる!」


「どうせなら、だ」


 アルザックのオーラが更に凄味を増す。ざわついていた数百人の国民が一斉に押し黙る程の。


「徹底的に追い込んだ方がおもしれえだろうが。大事な弟をこんなんにした野郎を潰すんだからよ」


 ゾクり。背筋が凍る。それはマイナだけでなくゼルファも、国民全員が同じだった。空気が彼に支配されている。


「ゼル様……! 私は……」


 そんな中、ルミィがゼルファの手を握る。「か弱い少女が勇敢に立ち向かう」なんてキャッチコピーがよく似合う、気高い姿だ。


「私は、構いません。何故ならば全てが、真実なのですから」


 その決意に満ちた表情に、アルザックはニィと白い歯を見せ――。


「お前いいね。やろうぜ、絶対面白いからよ」


「おい貴様ッ!!」


「ゼル様。良いのです。私はただ、貴方と一つになりたいだけ。それだけなのですから」


 ーーこのルミィとかいう人物もなにか特別なオーラを感じます。それもアルザック卿とは違った、得体のしれないものを……。


 ルミィ=イグナフームはその潤んだ瞳で、ジッとマイナを見つめていた。その奥で光る黒い瞳孔で、マイナを嗤いながら――。

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