007 アリアドネ
「あ、お目覚めですか、キリカさん」
「キュルル♡」
「あ、ああ……あれ、なんで俺、寝てたんだ……?」
いつの間にか横になっていた俺は、上半身を起こして視線を彷徨わせた。
(なんか……夢の中で怒られたような……あまり思い出せないけど)
不思議な夢だったなと思いつつ、俺はダッキとその向かいでリザードの肉を頬張る蜘蛛をみた。
「キリカさんは、この毒蜘蛛に〝アリアドネ〟と名前をつけた途端に眠ってしまったのですよ?」
「キュルルぅ♡」
「そうだったのか……ああ、なんとなく思い出してきた。おかしいな、スケルトンになってから疲労とかなかったのに。それに魔力がごっそりと減ってる……」
「キュルルぅぅ♡」
「ん? どうしたアリアドネ、なにかあったか……?」
「キュルルルぅぅぅ♡」
「……?」
口元にリザードの血肉を付着させたアリアドネは、俺の前に来て何かをアピールしていた。八つの目が、俺に何かを訴えている。
「キリカさん、何かお気づきでは……?」
「……霊威が上がってるな。俺が眠ってる間に強くなったのか?」
「それもありますが、特に見た目なんですが……」
「キュル♡」
「見た目……? あ……あれ、禍々しくない……!?」
「キュルルっ!」
よくよく見ると、紫色のいかにも触れたら不味そうな色合いが、艶やかに変化していた。
色のベースはほぼ一緒だが、見え方……というのだろうか。光沢を帯びて、魔物相手に変な使い方だが、〝女らしさ〟……というものを感じた。
触れたら毒が回りそうな色合いなのに、どこか可愛らしい様相へと変化している。
(これは……一体どういうことだ? なんで変化している?)
俺の疑問は、すぐにダッキが説明してくれた。
「おそらく進化でしょう。名付けが終わった直後にキリカさんは熟睡、アリアドネは光に包まれて今の形に」
「……進化」
咀嚼するように呟いて、俺は首を傾げた。
「どうして進化したんだ? まさか、名前をつけたから進化したってワケじゃ……」
「私もわかりませんが、キリカさんの魔力がごっそり減ったのを見ると、無関係じゃないような気がします」
「……確かにな」
「無闇に名付けを行うのはやめたほうがいいですね。理屈はわかりませんが、私はそう思います」
「ダッキの言う通りだな。今の俺は、剣すら持てないほど魔力を消耗してしまった」
今の俺の魔力量では、身体強化どころか指先に火を灯す程度のことすらできない。食べカスのような量しか残っていなかった。
これではまともな戦闘などできない。
(迷宮から出たら調べてみよう。ともかく、進化か……)
「キュルルん♡」
「おめでとう、アリアドネ。頼もしいよ」
「キュルっ♡」
頬擦り……なのだろうか。俺の膝に顔を寄せてさすってくるアリアドネ。艶かしい紫色が、ダッキの灯した火球に照らされて光る。
「ちなみに、〝アリアドネ〟とはどういう意味なんですか?」
「ああ、『清らかで美しい娘』って意味だ。なんとなくその言葉が浮かんでな」
「美しい娘……蜘蛛にも性別ってあるんでしょうか?」
「あるんじゃないか……? 多分だけど。こいつが男だったら申し訳ないが」
「いえ、それはないと思います。というか、納得というか」
「納得?」
「はい。同じ匂いがします」
「キュル?」
アリアドネを睨みつけるダッキ。
それに対して飄々とした視線を返すアリアドネ。
二人の仲が、これから深まることを祈ろう。
「ともかく、原因はわかりませんがこれ以上、魔物に名前をつけるのはやめてくださいね?」
「あ、ああ、わかったよ」
頷いて、その日は探索を終了することにした。
「すぅ……すぅ、んんっ」
「キュル……」
硬い地面に横になって眠るダッキと、俺の肋骨の中で眠るアリアドネ。
スケルトンになった俺は、疲労を感じないから不寝の番を買って出た。
腹いっぱいにリザードの肉を食べた二人は、すぐに深い眠りへと落ちたようで、気持ちよさそうに寝ている。
「……進化か」
肋骨の中で眠るアリアドネを見て、俺は一つの噂を思い出していた。
――魔物は、強力になればなるほど人の形へと進化していく。
まだ出会していないが、リザードの進化した個体である『リザードマン』は危険度AA~S相当と、高い戦闘力を有するらしい。
他にも、蛇系統の魔物が進化した個体『ラミア』は高い知能を持ち、その知能ゆえに仲間の進化を促して、『エキドナ』と呼ばれる女王の下、社会を形成していると聞いたことがある。
(俺が知っているのはそれくらいだが、冒険者の中では通説。新種で、人型の魔物とは単独で戦うなと訓練所で教わった)
進化した個体はただでさえ強力で厄介だ。ラミアのように深い知能を宿す種もいる。それが人型をとっているなら尚更で、進化先も千差万別。未だに全ての魔物の種類は把握できていないし、年に一度は新種が現れる。
(……スケルトンは、まあ例外だろうな。骨は脆いし、筋肉ないし……強化なしでは戦えない)
思えば、俺が戦ってきたスケルトンも、武器は何一つ持っていなかった。
(……もし、進化すれば……今は骨だが、いつか進化を重ねれば、人の姿に戻れるのだろうか)
血と肉と皮膚、さらに臓器を取り戻し、また人の生活を送れるのだろうか。
わからない。そんな魔物、聞いたことがないし人間と共存する魔物なんて、まずいない。
だからわからないが……
(進化は千差万別……なら、少しくらい希望を持っても、いいよな……?)
肉体は魔物になった。けれど、心はまだ人間だ。
取り戻せるのなら、取り戻したい。
そして、
(トーマス、オーレリア……オルメダーラ。落とし前はつけさせてもらうぞ)
決して忘れたワケではない怨敵の姿を瞳に映す。
いつか、必ず。
どれだけ時間が経ってもいい。
俺は、進化を重ねて強くなり、おまえら三人を斃す。
人間として、魔物として。
必ず。
報いを。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
「早く読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、どんなものでも嬉しいです!
ブックマークもいただけると最高にうれしいです!
何卒、よろしくお願いします!