006 蜘蛛
「――こうですか? こうですか!? 私、出来てますか!?」
「あ……ああ、出来てるぞ。うん、すごい……」
「えへへ、まだまだ距離は短いですが、がんばってキリカさんに追いつきますね!」
シュン――シュン――シュン――。
ダッキに閃転を教えること一時間。
彼女は、瞬く間に十メートルという距離を、まるで消失したかのように詰めていた。
(おかしいぞ……まだ教えて一時間なのに……。どうしてそんなホイホイ使えるんだ?)
「楽しいですね、これ! でも、ちょっと体力の消費が激しいです……!」
(俺は十メートルの距離を詰めるのに、一ヶ月もかかったってのに……バケモノか、こいつ)
きっと俺に表情筋があれば、無様なほど落ち込んでいただろう。そんな俺の失意など知る由もないダッキは、覚えたばかりの閃転で俺の前に来ると、
「キリカさん、ちょっとお花を摘んできますね。そ、そこの角で……あの、のぞいちゃダメですよ?」
「大丈夫だ。気をつけていくんだぞ」
「はいっ!」
元気よく頷いて、瞬間俺の目の前から姿が消えた。
「……十メートル以上を、もう……。そこの角まで、だいたい三十メートルだぞ……」
これが才能というヤツだろうか。
無闇に教えるべきではなかったと、俺の狭い器量が囁いた。
(ん……何か近づいてくるな)
探知に魔物が引っかかる。気配、霊威ともに感じたことのない類だ。
(爬虫類系統の魔物じゃない……なんだ、いったい?)
幸いなことに向こうは一体だけ。霊威もそれほど高くない。
というより、この階層で幾度か遭遇したどの魔物よりも弱い。
(ダッキを呼ばなくても大丈夫だな、この程度なら)
「闘う気概をこの手に」
俺一人でも十分だと判断して、鞘に手をかけた。それから数秒経って、そいつはようやく姿をみせた。
「……キュル?」
「……蜘蛛?」
果たして、現れたのは一匹の蜘蛛だった。
いかにも毒を持っていそうな、紫色の蜘蛛だ。
リザードより小さいが、通常の蜘蛛よりはかなり大きい。ちょうど、俺の肋骨の中に入れそうなほどだ。
(蜘蛛は……爬虫類じゃないよな? 詳しくはわからないけど……迷い込んだのか?)
「きゅ……キュル♡」
「ん? なんだ、その反応――っ!?」
一瞬、変な反応を浮かべた毒蜘蛛が口から糸を吐き出した。
放物線を描く網目状の糸。それが俺の足首に着弾し、
(い、石畳とくっついた……!)
「キュル♡」
まるでガムのように足と石畳がくっついて、足の動きを封じられてしまった。
(格下とはいえ、油断した……! マズい、突進してきた!?)
「キュルルっ♡」
「うぉ、来るなこの――ッ!」
剣を抜こうと鞘に手をかけるよりも早く、毒蜘蛛は跳躍し――俺の胸骨にしがみつくと、
「かぷっ♡」
「ぬあッ!? 鎖骨が折れた!?」
パキッと毒蜘蛛に噛まれ、あっけなく折れる鎖骨。加えて、飛び込んできた勢いと蜘蛛のそれなりの重量によって押し倒され、肩甲骨が悲鳴を奏でた。
「キュルルルっ♡ かぷっ♡ かぷっ♡ ちゅるっ♡」
「やめ、やめろ、やめてくれ――ッッ!!」
「キュルルルぅ、ちゅる、じゅっ、ちゅぷ――」
「あ、あぁ、ぁああっ!?」
「――なにやってるんですかこの害虫ッ!!」
「キュ――!?」
蜘蛛の重みが消えた。すぐさま帰ってきたダッキが俺を抱き起こし、俺の惨状をみて悲痛な顔を浮かべた。
「そんなキリカさん、こんな痛ましいお姿になって……っ! どうしてあのような格下に、なされるがままになっていたんですか……!?」
「いや……なんか、敵意を感じなくて……」
「それがあの害虫の狙いか……! お優しいキリカさんの隙に付け込んで、許せない……!」
「ま、待てダッキ、油断した俺が悪いのであって――」
「どうして庇うんですか、キリカさん。相手は魔物ですよ」
ダッキの表情と声音に、押し黙る。
(それは……そうなんだけど)
閃転からの蹴りで壁に叩きつけられ、弱々しくうずくまる紫色の蜘蛛。
ただでさえ小さかった霊威が、今にも掻き消えそうなほど小さくなっていた。
「この蜘蛛は、他の魔物とは違う気がするんだ。……例えるなら、赤児に対する親のスキンシップというか……」
「……愛情表現でキリカさんを殺そうと?」
「それは……いやでも敵意はホントに感じなかったし、殺意とかもなかったんだ。だから、多分……」
一旦、そこで言葉を区切って。
俺はうずくまる蜘蛛に近づき、言った。
「俺たちと一緒に来るか? おまえ、寂しいんじゃないか? こんな場違いなところに、一匹だけ蜘蛛ってのが」
「キュ、キュル……」
言葉が通じているかはわからない。俺の言っていることが的外れなものなのかもしれない。けれど、蜘蛛は八つある目をほのかに輝かせて、よろよろと起き上がった。
(俺が同じ魔物になったからだろうか。魔物に対して、忌避感とかそういう感覚がほとんどない)
以前の俺だったら、躊躇いなく剣を振り下ろしていただろう。気持ち悪い見た目の蜘蛛に話しかけることもないし、敵意云々の前に魔物だからと殺していた。
だが、今はそんな無差別的な感情は持っていない。それを、少しばかり悲しいとは思うけれど。
「キュルルル……♡」
「キリカさん、本当にいいのですか? 私は反対です……。なんか、その蜘蛛いやらしいです」
俺の体をよじ登り、肋骨の中に入った蜘蛛。まるで鳥籠におさめられているみたいで、蜘蛛も気に入った様子だ。
ダッキだけは不服そうに睨みつけている。が、嫌悪感とか忌避感から来ているワケじゃなさそうだ。多少、抱いてはいるだろうが。
「キュルル♡」
「まあ、仲間は多いに越したことはない。これを機に、魔物使いにでもなろうかな」
「むぅ……せっかくの二人旅が……」
「キュルルル♡」
弱々しいながらに上機嫌な蜘蛛と、頬を膨らませてむくれているダッキ。
そしてスケルトンの俺、という異色なパーティで、迷宮脱出のために動き出した。
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