003 Re
「うぅ、ひぐ、ま、まに……まに、合わなかった、ぅぅ……っ」
(……? なんだ……泣き声が、聞こえる)
「うぅ……でも、あれ……な、なんか……おかしい、ような……?」
(この声……どっかで聞いたことがあるような……?)
「どうして、あの高さから落下したのに……骨が、一本たりとも折れてない、の?」
(あれ……そういえば、俺……死んだはずじゃ……)
「それに……散らばってない……まるで、肉だけが削ぎ落とされたみたいな――」
(あ、なんか映ったぞ……ん? この子……——)
「……えと、たしか迷子の、狐人族の……?」
「―――」
「……? おい、大丈夫か? 急に固まって――」
「生き返ったぁぁぁぁぁっ!!?」
「うおぉっ!!?」
少女の絶叫に、俺も驚いてのけぞった。
背に固い感触を感じ、俺はふと上を見上げる。
まるで夜空のように真っ暗で、天井が見えない。
おそらく、俺はこの上から落ちてきたのだろう。
(……落ちてきた?)
生唾を飲み込む。いや、飲み込めなかった。そもそも、唾液が分泌してないかった。
(俺……死んだよな? 落下の途中で、死んだはず……)
「き……キリカ、さん……ですよね?」
「え? あ、ああ……俺は、キリカだけど……」
「そ、そうですか……それは、ひとまずよかったです。けど……」
(なんだろう……この子、喜んでいいのか悲しんでいいのかよくわからない、複雑です私、みたいな顔をしてる……)
とりあえず、俺は生きているようだった。
どういう因果か。奇跡か。
痛みもないし、体に異常は――
「……。……あれ」
「あ、あの……その、生きていてよかったです!」
少女の切実な励ましは、俺の耳に届かなかった。
(これは……夢か? 夢といえば、なんか変な夢を見た気がするが……)
白い女の子に、〝狐人族の子を大切にしなさい〟みたいなことを言われた気がする。
(って、そうじゃない……そうじゃないだろ現実逃避するな!!)
もう一度、俺は生唾を飲み込んだ。いや、分泌されてないから飲み込んではいない。ただ、そういう癖……というか。
ともかく、俺はもう二度と生唾を飲み込むことが――
「——んなのはどうでもいい!!」
「ひぃ……っ」
「あ、いや、ごめんちょっとテンパってる……」
「い、いえ……仕方ないと、思います……」
銀色の美しい髪に生えた二つの耳をしゅんとさせながら、狐人族の少女は俯いた。
(この子は、俺が死ぬ前……オーレリアに背後から刺される前に、出会った女の子――だよな?)
あの時より幾分か成長しているような……なんだか、凛々しくなったというか。大人っぽくなったというか。
彼女は、魔物がひしめく危険地帯で、人里の方向がわからず迷子になっていたところを俺が発見したのだ。
(数日分の食料を分け与えて、道を教えてあげて……。もしかして、また道に迷ってここまで来てしまったのか? いやここは、『ヴォーパルソードの地下迷宮』だぞ……ありえるか?)
少女が周囲に飛ばしている火球がなければ視界さえ確保できない、この奈落の底まで。
まさか迷ってここまで来ましたなんて、そんなことはあり得ないし信じられない。
(……いや、それは後にしよう。まずは自分のことだ)
長いまつ毛を伏せた美しい少女については、一旦保留して。
俺は大きく深呼吸をして、意を決して少女に訊いてみた。
「なあ……今の俺の姿って、どうなってる?」
「……え、えと……」
「そ、率直な感想でいい。た、たとえば、す……スケルトン、みたいだな……とか」
きっと、分泌しているなら今の俺は、汗だくだっただろう。
寒気というか、なんともいえぬ恐怖感に襲われながら、俺は少女の言葉を待った。
少女は、ゴクっと喉を鳴らして、言った。
「す……スケルトン、みたいです」
「スケルトンって……あの、骸骨、みたい、な……?」
「は、はい……骸骨です」
「魔物……ってこと、かな?」
「ま、魔物ですけど……心はキリカさんなので、どう判断していいか……」
「そ、そっか……」
そうか。見間違いではなかったか。
自身の腕、組んだ足、太ももをあらためて視界に入れる。
骨張った……というか、骨。
肉や皮は綺麗さっぱりとなくなっていて、わずかな血痕を残すのみ。
もちろん内臓類は一切なくて、鳥籠のような肋骨と蠍のような脊椎が丸見えだった。
それでも俺は、生きている。つまり、
(どうやら俺は、スケルトンになって復活したらしい)
「意味がわからん……」
「あの、でも、よかったです……生きていてくれて」
(よかった……か、どうかはともかく……紛うことなく、これは奇跡だ。というか、こんなことがありえるのか?)
スケルトンは、確かに生前は人だった。適切な処置をされずに放置された屍に悪霊が宿り、動きはじめる――とかなんとか。
だがそこに人としての意識はない。言葉も発せないし、目前の動くモノを無差別に襲うだけの魔物だ。
(俺のように思考できたり、会話できたりするスケルトンなんて聞いたことがないぞ……)
十五の頃から冒険者家業をはじめてまだ三年余りだが、それなりの修羅場や経験は積んできた。スケルトンと戦ってきたことは何度もあるし、かつて仲間だったソレらとも刃をまじえてきたこともある。一種、冒険者にとっての通過儀礼のようなもので、思い出したくないことも経験した。
だが、その中で……言葉を発したり、明確な意識をもったスケルトンなどいなかった。
「どうして、俺だけ……」
「キリカさんの下に散らばってるガラスは……いったいなんなんでしょう?」
「ん? ……これは、小瓶のガラスか?」
おそらく、落下した時に麻袋の中に入れておいた小瓶が割れ――
「……竜血……?」
「リュウケツ??」
俺の体に潰された麻袋。ちょうど腰のあたりに括り付けていたそこに、俺は竜血を入れておいたのだ。
冒険者の親父から、お守り代わりとして持たされた、竜血。
「竜の血には、触れただけでどのような病気、怪我であろうと癒してしまう強力な力を秘めているらしい。それも、不死身に近いほどの……」
「で、では……キリカさんがそのような姿になって生き返ったのは、その竜血のおかげ……?」
「多分……。それしか考えられない」
おそらく……俺の死と竜血の回復力がせめぎ合い、その落とし所として〝スケルトン〟に落ち着いたのかもしれない。
「せめてゾンビとかの方がよかったな……肉がついてた方が、まだ人間らしくてよかったんだが」
「……もしかしたら、お肉も再生していたのかもしれません」
「え?」
「ここは、私が到着する前までリザードの巣だったんです。もしかしたら食料にされてたのかもしれませんね。ヤツらは肉食ですから……」
「……しゃぶり尽くされたってワケか」
想像しただけでも恐ろしい事態が俺の身に起きていたようだ。
真偽はわからないが、ともかく俺はスケルトンとして復活しているのは覆そうのない事実で。
「こういう時ってさ、どうすればいいと思う?」
「………」
俺の問いかけに、少女は右往左往と視線を動かしてから、
「やりたいことを、見つけましょう。私も……お手伝いしますから」
そう言って、彼女は目尻を下げた。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
「早く読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、どんなものでも嬉しいです!
ブックマークもいただけると最高にうれしいです!
何卒、よろしくお願いします!