002 裏切り②
「はぁ、はぁ……、くそ……っ」
「キィエエエエッ!!」
襲いかかってくる魔物たちの隙間を縫って、薄暗い通路を走る。
額から脂汗が落ちた。
休む間もなければ、麻袋を漁る暇もない。
予想以上に魔物の数は多く、オーレリアたちも本気で迫ってきているようだった。
かろうじて魔物が足止めをしてくれてはいるが、
「キィエエエエエエエエッ!!」
「チッ……!!」
魔物は、平等に侵入者を殺しにかかる。そこに慈悲なんてあるはずもなく、むしろ弱っているなら好機と襲いかかってくる。
前方から飛んでくる火球が髪を掠める。他の髪に引火しないようすぐさま引き抜いて、火を吐く蜥蜴の魔物――サラマンダーを忌々しく睨みつけながらそばを通り抜けた。
追われていなければ、剣を振るう余裕があれば、確実に殺していた。
だが、今の俺は逃げることが精一杯ときてる。
「ちくしょ……ッ!!」
「焦るのはよくない。今は必死に逃げることだけを考えるべきだよ、キリカ」
「――ッ!!?」
耳元でそう囁かれ、俺は激痛を無視して剣を抜いた。
振り抜いた刃は虚空を切り、
「オぉーレリッアぁァッ! 俺が貰っちまうぜ、こいつの心臓をよォ!!」
「くゥッ!!」
寸分違わず突進してきたトーマスの槍が脇腹を掠める。続け様に繰り出された薙ぎ払いを剣で防御して、俺はまた駆け出した。
「ハッハーッ!! やべえなアイツ! 攻撃の勢いを使って逃げやがった!」
「肉体、精神ともに追い詰められると人間は、生き残るために様々な物質の分泌をはじめる。今の彼は、脆いがその分研ぎ澄まされた抜き身の刃だ。逃げる方向にしか意識が向いていないけれどね」
「……俺に任せてください。あとは、俺が。俺の手で」
背後から、暴発したように霊威が上昇する。これは、オーレリアのものだ。
抑え込んでいた霊威を解放した……ということは即ち、
「――波風唄え」
錬剣の解放。それに他ならない。
「颶風逆巻く水陣」
「――ぐふ、ァッ!!?」
俺とオーレリア、彼我の距離約三十メートル。
それを一瞬にして埋めたのは、オーレリアの刺突から繰り出された水流だった。
瞬時に振り返り、剣で防御の型をとるも、激流に轟く水圧を真っ向から防ぎ切ることなど不可能。
一瞬にして押し返され、吹き飛ばされ、勢いの止まらぬ水流に体を潰されながら通路の奥まで転がされた。
「が、ぁ……」
「終わりだ、キリカ」
水の勢いが止まり、仰向けとなって力尽きた俺の視界にオーレリアが映る。
冷たい石畳の上。
逃げ場を求めて動いた視界の端には、切り取られたかのような溝があった。
否。溝ではなく、穴。崖。
わずかに吹き上がる風の音が鼓膜を掠めた。
「安心しろ。息の根を止めた後、この橋からおまえを落とす。どれほどの高さかは知らないが、万が一にも生存の可能性はない。俺は用心深いから、二回……殺すよ。おまえを」
「……、…ぉ」
言葉が出ない。先の一撃で、内臓がひどく攪拌された。骨も折れている。一つひとつの凄絶な痛みが脳を刺激して、息すら吸えないし意識も暗くなってきた。
(だが、発しろ……唄え、うたえ……ッ!!)
「と、きよ……とま……れ」
「これで……俺を遮る者は居なくなる。目の前の景色が見える。風通しが良くなって、変に誰かを意識する必要もなくなる。俺は、俺のままで、俺のペースで歩いてもいいんだと……」
オーレリアの長剣が俺の肌を這う。喉から搾り出すように、音を吐く。
「お前は……うつくしい」
「こんな状況でなにを唄っている。死の間際に詩でも浮かんだ―――まさか」
驚愕に見開くオーレリア。次に彼の表情が動いた時にはもう、俺はそこにいなかった。
視界に飛び込む暗黒。奈落の穴。
俺はそこへ向かって、手を広げた。
「待て――死ぬな、俺に殺させろッ!!!」
「―――」
「キリカぁぁぁぁぁあッ!!!」
背後から轟くオーレリアの絶叫。
せめてもの、最期の抵抗として俺は、精一杯の笑みで一瞥をくれてやり――俺は石橋の下へ落ちていく。
(……死ぬな。確実に。とはいえ、誰かの手に……アイツの手によって殺されるくらいなら……。結末は、俺が選ぶ)
やがて出血多量と、時を止めた代償によって死ぬ。
奈落の底に叩きつけられるのを待つ必要はない。それだけが、不幸中の幸い。
そして、俺の選んだ結末。
(どうしてこうなったんだろう……っていうのは、常套句かな。しかし、どこで間違ったのやら。いいや、狂ったのか)
まさか、危険度SS相当の〝人喰い狐〟を狩るつもりが、俺が仲間の手によって狩られてしまうなんて。
まったくもって意味不明。ワケがわからない。
(いや、オルメダーラさん……オルメダーラの言う通りかもしれない。俺は、知ってしまったから)
オルメダーラの屋敷。その地下で行われていた夥しい実験の痕。
いったい何を作ろうとしているのか、何を編み出そうとしているのかまではわからない。ただ、それを知ったから……。
(オーレリア……おまえはヤツの口車に乗せられたのか? それとも、本当に俺を……)
どのみち、考えたって仕方がない。
体はいっさい動かないし意識も途切れてきた。このまま、あとは死ぬのを待つのみ。
(……俺の人生、なんだったんだろうな)
きっと、あの時。
オルメダーラの屋敷でアレを見なければ。
……否。逃げず、立ち向かっていれば。
己の正義感と向き合い、オルメダーラと戦うことを選んでいれば。
悔やまれる。
あの時から、こうなることは決まっていたのだ。
俺は、俺の戦いを放棄したのだから。
――そして、痛みがなくなり。
俺の意識は、
微睡んでいく――。
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