012 心臓
「……あのヘルガとか呼ばれてた冒険者の話じゃ、迷宮攻略のために多くの冒険者が集まってるらしい。少なくともS級が一人。他にもA級やらがゴロゴロいそうだから、迷宮の脱出は不可能。数の暴力であっという間に潰されてしまう」
冒険者との会敵から約五時間後。
休息を終え、俺たちは迷宮深部へ向かって歩いていた。
「だから、まずは迷宮深部へ向かう。とは言っても、進めば進むほど魔物は強くなる。俺たちの今の実力では最終階層までは進めない。だから……」
「私たちも強くなる必要がある……ということですね」
「そうだ。俺とアリアドネは進化を目指す。ダッキは魔力を消費して最大値の増幅を。他にも戦いながら技術を身につけ、霊威を上げていく」
「キュルルル♡」
「いつ迷宮を脱出できるかはわからない。けど、迷宮ボスを倒せるようになれば、勝機が見えてくる」
迷宮の最深部に居座る、魔物――通称、迷宮ボスと呼ばれる存在の霊威はS級冒険者に近い。危険度でいうとSからSS以上。
なので、基本的にボス攻略戦は二人以上のS級冒険者を含めた大規模なパーティで行われる。
(ここは大迷宮と呼ばれるだけあって、攻略難易度は高い。これまで誰一人として、ボス部屋に辿り着いた者はいないと聞く)
そんな場所を、このメンバーで倒せるレベルに到達できれば……。
「迷宮を囲まれていようと、冒険者にSがいようと、退けられる」
「お役に立てるようがんばります……っ!」
「キュルルルっ!」
「頼りにしてるぞ、二人とも」
それから、俺たちは積極的に魔物と戦うように行動した。
一週間かけて来た道を戻りながら、爬虫類系統の魔物を倒していく。
基本的に俺が前衛を務め、後衛ではダッキが敵全体の動きを阻害し、俺の肋骨からアリアドネが糸を吐いたりと、補助を担う。
睡眠と食事をしている以外はひたすら迷宮を進み、魔物を倒して、各々の霊威を上げていった。
そして一週間と四日を経て――俺の死亡場所に戻ってきた。のだが、そこには先客がいた。
「グオォォオオォオォォ―――ッッ!!!」
崖の下、ちょうど俺が落下したその場所で、巨大なサラマンダーが居座っていた。
探知でこれまで戦ったことのない大きな霊威を感じ、リザードに飽き飽きしていた俺たちは嬉々として近づいていったのだが、予想以上に巨大で迫力がある。
しかも、先手必勝とならず、すぐさまこちらに気づいて戦闘態勢に入っていた。
「やれるか?」
「もちろんです!」
「キュルッ」
「よし――ならいつも通りに頼むぞ」
頷きあい、俺たちも戦闘態勢に移行する。
「闘う気概をこの手に」
「ボォォォォォォッ!!!」
強化が付与されるのと、サラマンダーの口内から火が噴き出されるのはほぼ一緒だった。
抜剣と同時に轟々とうねる炎を切り裂く。左右に弾けた炎の熱が、骨の一部を溶かしていった。
「うぉっ!? 強化してる骨を溶かしやがった……!? 気をつけろ、かなりの高火力だぞ!」
先日に戦った魔導師の炎魔法とは比べ物にならない火力だ。
半ば感心していると、サラマンダーの腕が上がった。
大きい上に鋭く尖った三つの爪が、俺に向かって振り下ろされる。
「キリカさん、迎え撃ってください! ――土塊の如く 腐食する肌!」
「っ、らぁぁぁッ!!」
「グボッ!!?」
ダッキの言葉を信じて、俺は真下から剣を振り上げる。タイミングに合わせてぶつかった爪と剣。ダッキの魔法によって耐久力を著しく下げられたサラマンダーの爪は、俺の斬撃によって砕かれ、裂かれた。
「キュプシュッ」
「――!!?」
痛みに絶叫を上げていたサラマンダーの傷口へ、アリアドネが紫色の液体を吹きかける。直後、傷口から広がるようにしてサラマンダーの腕が禍々しい紫へ変色していった。
「な、何をしてるんですかアリアドネっ!!? 毒は極力使っちゃダメって言ったでしょ!!」
「キュ、キュル……♡」
「食べられなくなっちゃうじゃないですか!!」
珍しく声を荒げて、食い意地を吐露するダッキ。その気迫に当のアリアドネは申し訳なさそうに、けれど反省はしてないと言った様子で目をぱちぱちさせた。
「間に合ってくださいよ……足枷になれ……っ」
祈るように呟き、詠唱した魔法が毒の侵攻を食い止めた。腕の付け根で紫色が止まり、ダッキはガッツポーズをとる。
「何気に高度な使い方だよな、それ……」
サラマンダーの全体ではなく、一部だけ動きを止める。しかも体内に入った毒を、だ。
そう簡単にできる技術じゃない。
「キリカさん、あの腕を落としてくださいっ!」
「お、おう……っ!」
頷いて、俺は地を強く踏んだ。
サラマンダーの目線とほぼ同じ高さに上がった俺は、構えた剣を腕の付け根に叩きつけた。
脆くも、俺の一閃で腕は断ち切られ、
「終わりだ……ッ」
「キィェ———ッッ!!?」
転倒した隙をついて首を刎ねる。
抵抗という抵抗を許さず、俺たちは巨大サラマンダーを討伐した。
「クンクン……毒は……大丈夫そうですね。よかったあ。問題なく食べられます」
「キュルル♡」
「よかったな、ダッキ」
見た目だけでなく、匂いも検査してダッキはようやく頷いた。
そして腕をサラマンダーの胸部あたりに突き刺し、弄ってそれを取り出した。
俺の頭部と同じ大きさの心臓。黒と血で彩られた、脈のないそれをダッキは、恍惚とした表情で持ち上げた。
口の端から涎を垂らして、まるで極上の供物を捧げるかのように、ダッキはそれに食らいつく。
(……心臓を食べる美少女……か。なかなかにグロテスクな光景だな)
しかし、どこか神聖な行為を見ているかのような、そんな気分にさえなる。
特段、気にするようなことではないのだろう。人間だって肉を食うし、内臓をたべる。アリアドネも、そんなダッキの様子を気にした素振りはない。
(俺が疎いだけだ。あるいは、食事ができないから、知らず知らずに妬んでいるのかもしれない。考えるのはもう、よそう)
焦燥感のようなそれを、潰す。
心臓を食べ終わったダッキは、とても満足そうに目を細めていた。案の定、心臓を食べる前と後では霊威の質も変わっていて、今ではB級冒険者とほぼ同じレベルにまで達していた。
「キリカさん……そんなに私を見つめて、どうかしましたか?」
「え? あ、いや……」
「?」
妙に色気のある流し目に、俺はドキリとしながら視線を外す。
(心臓がないってのに、なんか緊張するな……どういう体の作りしてんだ、スケルトン……?)
「キリカさん、きょうは先にお休みなってもいいですか? すこし、疲れてしまったようです」
「あ、ああ、いいぞ。アリアドネも休んでくれ。きょうは眠気がないし、長時間寝てて大丈夫だぞ」
「ではお言葉に甘えて」
「キュル……♡」
「えっと、ダッキ……?」
「はぁい?」
肋骨の中を定位置にしているアリアドネはともかく、俺の膝の上に頭を乗せたダッキに姿勢がピンと張る。
はだけた服の内側から押し上げる胸の谷間に視線が吸い寄せられてしまうのは、スケルトンでも同じらしい。
「骨張ってて痛いだろ……?」
「どこで寝ても同じです。それに、キリカさんの硬さは……好き、ですよ?」
「そ……そう、か……」
「はい。なので、すこしだけ……お借りしますね」
「お、おう……」
瞼を閉じて、寝息を立てるダッキ。
こんな硬い枕で、よく寝られるもんだなと感心しながら、俺はダッキの体を眺めた。
(……発育してる……気が……)
「んんぅ……すぅ」
「おもしろかった!」
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