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勇盛&撫子編

撫子(なでしこ)、あったか?」


「ないです。ある方が都合が良いってレベルですよ」


 オカルト同好会部長の勇盛(ゆうせい)と、部員二年の撫子(なでしこ)

 二人は今、ガラクタの山を漁っている。


 玩具(おもちゃ)の山と言う方が正しいが、それは重要な点ではない。

 この山の中に存在する一種の当たりを除けば、他は役立たずなのだから。


 勇盛の群青の短パンのポケットには、グルーガンの見た目をした玩具感溢れる物が銃口から突き刺さっている。二人はこれと同じ物があと幾つか欲しいのだ。


「都合が良くてもよ……武器は多いに越したことはないだろ」


「武器って……。まあ、その銃がアレに効き目があったのは不幸中の幸いですね」


 撫子が“アレ”と揶揄(やゆ)するのは、当然タマシイ様だ。

 彼らもまた、彼女に一度襲われた。状況の読めない中、パニックに陥った勇盛を助けたのは、中距離からの狙撃を成功させた撫子だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 勇盛は一人歩いていた。屋敷の薄気味悪さも、彼にかかれば気にならない。

 傍から見ればそうなのだが、図体の大きい人間に限っていざとなると気が縮んでしまうのは何故なのか。

 悲鳴はすぐに上がる。


「な、なんだぁ!?」


 不気味に「見つけた」と連呼するタマシイ様を前に、畏怖した勇盛は足が動かない。

 原因は超常なる力から来るものだが、そんなものがなくても彼の様子は変わらないだろう。


「わ、わ、悪かった。俺がタマシイ様の世界に行こうなんて馬鹿なこと言ったから……。反省するから許してくれ、帰してくれ!」


 必死に懇願する勇盛。対して少女は赤い瞳を光らせ、ニヤニヤする。


「ヤダヤダ、ミンナ帰サナイ。ヒヒヒッ……」


 少女は一歩一歩と詰め寄る。


「アナタの記憶、頂くね……」


 浮遊して勇盛に手を伸ばしたその時。

 閃光銃が火を噴き、鋭い音を立てる。


 小さな胴体に一発命中し、少女は姿を霧消させる。同時に勇盛を縛る圧も無くなった。


「大丈夫ですか、部長」


 光を穿(うが)ったのは撫子だった。声がした直後、彼女は廊下の奥から姿を現した。


「撫子か、助かった」


「無事なら良かったです。今のがタマシイ様ですか?」


「そうだろう。あいつがいる間、俺は支配下に置かれているような感覚になった」


「伝承によると、人の記憶を食べるんでしたっけ? 餌食にならないよう気を付けなければいけないですね」


「……撫子。随分と落ち着いてるな」


 気を乱さず淡々と話す普段通りの撫子を前に、勇盛は圧倒される。


「慌ててもどうにかなる問題じゃないですから。敵のペースに呑まれるのが一番危険です」


「おお……。それは頼もしいな……」


 自分には真似できない、というような感想を込めて、言葉を返す勇盛。


「頼りにして下さい。これでも二年生ですから、後輩たちにみっともない格好は見せられません。それにしても……『許してくれ、帰してくれ』って、中々にカッコ悪いセリフですね」


 最後に勇盛の嘆願を真似した後で、撫子は鼻で笑った。


「だ、だって、どうなる事かって焦ってたからよぉ……」


 学年という上下関係が逆転したかのように小さくなる勇盛。

 彼を見て、撫子はある物を差し出す。


「これ、使ってください」


 手に載っていた物は、先に活躍した閃光銃だった。


「いいのか、貰って?」


 そうは言いつつも、既にその持ち手へと手が伸びている。


「いいですよ。有効策があった方がその小心も少しはマシになるでしょうから」


「そ、そうか……。ありがとう」


(俺は、お前がいてくれれば強くいられるんだけどな)


 一個下の後輩に棘を感じつつも礼を言うが、ふと湧いた自分の思いから、撫子が既に視界からいないことに本人から注意を受けて初めて気づく。


「ほら、何やってるんですか。行きますよ」


「行くって、どこに?」


 屋敷の調査をするということだ。もちろん、脱出方法を探るためである。

 ニュースでは、このタマシイ様の世界が関わっているだろう事件について、変死体の他には情報が出回っていない。秘匿されていない可能性もあるが、単純に“帰還者”がいないからだと撫子は考えていた。

 タマシイ様の一方的な意思でこの場に(いざな)われたのならば、自分たちが強引にでも元の世界に帰る方法はある。そんな希望に賭けて撫子は行動しているのだ。


「ちょっと、待てよ」


 勇盛は頼もしくあり、恋焦がれる背中を追いかけた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 結局、屋敷の調査は進んでいない。

 勇盛が放った野暮な一言のせいで、停滞していた。


「それにしても、一年生たちの分も武器を探す提案、賛成はしましたけど、ここら辺で切り上げませんか?」


 撫子が光線銃を手に入れた場所。そこに戻り、山を漁っているのが今の二人なのだ。

 結果、収穫はない。


「もうちょっとだけ……」


 ガラクタの選別に集中力を使い、疲れた声の勇盛だが、諦める気は到底無いように感じられる。みっともない姿を見せないように、後輩たちを思っての胆力には、撫子も目を見張った。


 それから約十分が経過したが、タマシイ様の敵襲はなかった。そして努力が報われた瞬間がやって来る。


「あった……あったぞ!」


 そう言う勇盛の手には、同じ構造の銃が握られていた。


「同じ物ですね」


 この銃の効力は、二人ともがその眼で確認している。

 撫子も勇盛に負けず嬉しそうだった。


 勇盛は撫子の胸付近に銃を押し付ける。


「持っとけ。俺はお前から貰ったやつがあるから大丈夫だ」


「ありがとうございます」


 撫子は銃にストッパーが掛かっているのを確認してから、勇盛と同じようにポケットに仕舞う。


「それじゃあ行きましょうか。探索もしなきゃいけないですけど、他の皆が心配です」


「そうだな。一本しか見つからなかったけど、行くか」


 そして互いに立ち上がる。その時、遠方から悲鳴が聞こえてくる。

 二人の緊張は一気に高まり、警戒し始める。


「何だ、今の声は?」


「楓花に、桃さんの声よ!」


 一年生二人が同じ建物内にいることに、今は安堵している場合ではない。

 急いで部屋を飛び出して長い廊下を走る。


「どっちから聞こえた?」


「多分、上の階ね。そこ、左!」


 勇盛は言われるがままに進路を決める。

 迷路のような空間を走り続けると、上り階段が見えてきた。


 一段ずつ小刻みに駆け上がり、踊り場に出たところ、


「ひゃっ……!」


撫子が段の先につまずく。


 しかし彼女の肩に武骨な手が当てられ、倒れることはなかった。


「大丈夫か?」


「ええ、行きましょう」


 階段を上りきると、同じような構造の廊下が姿を見せる。

 今はもう桃たちの声は聞こえず、二人は彼女たちの居場所の見当をつけられない。


 仕方がないので、各々で一つずつ部屋を調べていく。

 その過程で見た部屋はどれも空室。焦る思いで辿り着いた廊下の端のエリアにおいて、ようやく雰囲気が変わるのを察知する。


「この感じ……」


「俺が襲われた時に似てる。体が重いぜ」


 周囲の灯火も不吉に揺れていて、状況は一致していた。

 しかし肝心の室内からは目立つ音は聞こえない。

 様子を探ろうと、撫子が扉に耳を当てる。すると、「おいし……」という愉悦に浸る声だけが聞こえてくる。


 意味が分からず視線を送る撫子を見て、勇盛は前に出る。ノブを下げようとするが、敵わない。


「鍵がかかってるか」


 面倒そうに言い放ち、数歩後ろに下がる。

 そして体当たりする。扉は二度三度堅い音を立てた後で、強引に解錠された。


「よし、開いた!」


 勢い余って室内にまで侵入した勇盛は、踏ん張りバランスを取る。

 他の部屋と同じように照明があるのかないのか分からない程の明るさの室内には、客人を泊める用の寝具、埃を被ったドレッサーや姿見、他には抽象的な絵画が壁に一枚だ。


 その部屋の床に三人の少女がいた。全員知っている顔で、桃に楓花に、それからタマシイ様だ。

 仰向けに気を失う二人に、世界の主は(またが)っていた。


 部屋を開けた勇盛たちからはそれ以外には、具体的に何をしているのか分からない。

 だが、桃たちはタマシイ様に接触されている。それは言わずもがな危険な状態だった。


「離れろ!」


 勇盛は銃を構え威嚇するも、タマシイ様の様子は変わらない。

 ゆえに、彼女の耳元を一筋の光が通過した。


 それでさえ、態度は変わらなかった。

 勇盛は銃口を心臓部に合わせ、引き金を引いた。


 が、光線は発生しない。弾、いやエネルギー切れだった。


「くそっ……。なら、うおおぉおお!」


 勇盛は銃を地べたに投げ捨て、身を投げうった。綺麗に桃たちの上空を通過し、タマシイ様を巻き込み、向こう壁まで衝突した。


「撫子! 二人を連れて逃げろ!」


 だがしかし、撫子はその場を動かない。


「おい、早くしろ!」


 タマシイ様を押さえつけるのに必死で、後方を一瞥しかできず、撫子の様子が分からない。

 その彼女はポケットに手を突っ込み、彼の雄姿を眺めていた。


 そして、ビュンと勇盛の巨体を縫い、光がその先を焼く。


「なーに一人で先走ってるんですか」


 呆れた物言いにより緊迫感が薄れていく一方で、痛みにさえ喜びを感じているのか、タマシイ様は不敵に笑いながら空へ消えてゆく。


「私の銃はまだ使えるんですから、そんな捨て身行動は取らないで下さい」


「お、おう……。すまなかった」


 勇盛は「俺が悪いのか?」と疑問に思いつつも、銃を仕舞う撫子にペコペコしている。

 彼の様子を見て、撫子は言いすぎたことを自覚し、訂正する。


「でも、後輩たちのために取ったその行動、カッコ良かったですよ」


 その後、勇盛と撫子は無防備に倒れている桃と楓花に声をかけた。両者ともすぐに起き上がり、襲い掛かる恐怖に身構えたが、事はすでに解決したことを伝えると、ほっと一息ついた。


 幸い目立った外傷はなく、二人とも体に異変は感じないと言うので、これまた一安心だった。


「先輩たちもやっぱりこの世界に来ていたんですね」


 早くも復帰した楓花はそう言う。


「女の子の呼びかけに答えたら、気付いたらこの屋敷にいたのよ」


「どうしてここが分かったんですか?」


 今度は桃が尋ねる。


「あなたたちの悲鳴が聞こえたから、下の階から駆けつけたのよ。ドアは部長が破壊してくれたわ」


「そうだったんですか。ありがとうございます」


 桃は、女子たちとは少しばかり距離を置いている勇盛に礼を言う。

 その部長は壁に寄りかかりながら「大したことはしてない。お前たちが無事でよかった」とだけ仰々しく言う。


 後輩たちがいなかった二人だけの時には一片たりとも見せなかった男らしさに、撫子は胡散臭いと思いながらも何も言わなかった。この場では勇盛の度胸を評して、その顔を立てることにした。


 それから一室を後にして、廊下を進む四人。


「先輩、これからどうしますか?」


 先頭を行く楓花はすぐ後ろの撫子に尋ねる。

 すると明確な返答が背後より告ぐ。


「出口を見つけるわ。あと、理旺(りお)も捜す」


「“あと”って……。ちゃんと捜しましょうよ」


「もちろん、分かってるわ」


 ついでのような感覚で放たれた付け足しの一言に、楓花は苦笑いする。実は撫子は、勇盛に限らず男の扱いは少々ぞんざいになりがちなのだ。


「あの……出口があるんですか?」


 撫子のさらに後ろから声をかけるのは桃だ。

 楓花にはカンテラ、撫子には光線銃、勇盛にはその肉体があるというのに、自分は何一つ持ち合わせがなくて役立たずに感じている桃は今、弱々しい声だ。


 それが自分の行く末を案じるものに聞こえたのだろう。撫子は声を和らげて桃に返す。


「私はあると思ってるわ。それが屋敷の正面玄関なのか裏口なのか、それとも扉のような物理的なものじゃないのか、それは断言できないけど、元の世界に帰る方法はあると思ってるわ」


「あると思うってよりも、あってくれなきゃ困るって感じですよね」


 楓花は横槍を入れるが、反論はない。


「そうね。ちょっと私も焦ってるかも」


「でも出口を探すにしても、まずここは何階なんだ?」


 最後尾でしんがりを務める勇盛は大きい声を響かせる。


「少なくとも、ここは三階以上よ」


 一行がいる場所とは、桃と楓花が襲われた場所のことだ。まだ先輩たちが上って来た階段には到達していないのだ。


「どうして分かるんですか?」


「下の階で、さらに下に続く階段を見かけたのよ」


「下りなかったのか?」


「下りようとしたら、部長が命乞いを始めたんじゃないですか」


「命乞い? 先輩、どういうことですか?」


 折角伏せてきた勇盛の秘密を、話の流れでうっかりと滑らせてしまった撫子は口を押さえる。

 首を突っ込む楓花は、歩きながら勇盛を睨みつけるが、本人は目を逸らしている。


「それは……だな……」


 言い訳に困る勇盛に手を差し伸べたのは桃だった。


「まあまあ、いいじゃん楓花。勇盛先輩は私たちを助けてくれたんだし」


「うーん、そうだね!」


 手を引いてくれた楓花に安堵する先輩二人。何となく状況を察しているであろう桃に、お礼代わりの目配せをしておくと、桃は謙遜した素振りを見せた。


「でもでも命乞いって言えば、小さい頃に楓花が学校の校庭を占領してる男子たちを泣かせてたよね」


「へえ、そんなことがあったの?」


「そうなんですよ! 男子たちはもうしないから許してくれーって」


「確かに、楓花には男勝りな一面があるわね」


 桃は興味を引かれた撫子と、クスクスと笑っている。

 だが、当の楓花は無表情で桃を見る。


「そんなこと、あったっけ?」


「えっ、あったよー。だって先生たちまで駆けつけて結構大事になったんだよ。……覚えてないの?」


「……うん」


 桃は互いに首を傾げる。

 今まで一緒にいた中で、これほどの記憶の祖語が発生したことはなかった。それだけに、桃の心には大きな引っ掛かりを与えた。


 微妙な雰囲気の中、しばらく歩けば階段が姿を現した。踏み外さないよう落ち着いて下り、二階へと足をつける一同。

 それから先は撫子の案内で、彼女が発見したという一階への階段を目指すことになったのだが。


「フヒヒヒ……フヒヒヒ……」


 あの不気味な高笑いが再び聞こえてきた。

 姿を現したかと思えば、その光景に四人共々阿鼻叫喚を覚える。

 姿かたちは全て(たが)わない。影分身のようにも見えたが、どうやら目に映る全てが“タマシイ様”で間違いなかった。


「タマシイ様がこんなに……!」


 流石の楓花もこれは守備範囲外のようで、絶望と恐怖に満ちている。彼女以上なのが桃だが、二人とも一室で悲鳴を上げるような出来事を通して、心の奥底に塗り替え難いトラウマが埋められてしまったのだろう。


「イタイ……痛カッタヨ……」


 一人のタマシイ様が光線銃の痛みを嘆く。すると、木霊するように他のタマシイ様も復唱する。

 四人は同じくして体が重くなる。カンテラの灯火もいつになく荒れ狂う振動で、もはや消えているに近い状態だ。


 タマシイ様の力がその数に比例するならば、桃たちに成す術はない。そのような四面楚歌の状況で、二人は持てる力を尽くすことを決断する。


「楓花たち、先に行って」


 撫子は銃を構え、向かおうとしていた方ただ一点を狙う。


「でも、それじゃあ撫子先輩が……」


「大丈夫だ、俺もいる」


「部長まで……」


 戸惑う楓花と桃。尻込みして行動できないでいる二人に、撫子は態度を変える。


「お願い! ここを任されるには、武器を持った私たちが一番希望があるの。こいつら全員追っ払ったら私たちも追いかける。……だから行って!」


「分かりました! 先輩たち、どうかご無事で!」


 そう言って切り替えた楓花は桃の手を引く。


「桃、行くよ!」


「う、うん!」


 二人は真っ直ぐ駆ける。それと同時、前方のタマシイ様に光線が浴びせられる。

 一人分の隙間が空いた輪を通過し、楓花たちは教えてもらった階段へと向かった。


 そんな二つの背中を憂いがちに見送る撫子。銃口は地面に向き、自分のことなどどうでもよくなっていた。


「いいのか、行かせちまって」


「ここで全員くたばるわけにはいかないでしょ。それに、先輩としてこんなことにつき合わせた責任を取らなきゃっていう、良心の呵責が少なからずありますから」


「そうか……。それじゃあ俺も部長として、撫子、お前の分の責任まで負ってやるよ」


 そう言う勇盛は武器を持たない丸腰の状態だ。

 だが、彼の(たくま)しい肉付きが、撫子の背中越しに伝わる。


「いえ、遠慮しておきます」


「はぁ!?」


 少しカッコをつけたつもりだったのかもしれないが、撫子には出来の良い先輩面は通用しなかった。


「それぞれで自分の責任を償いましょう。そっち、頼みましたよ」


「お、おう……。それじゃあ、行くぞ!」


 互いに背を預け、勢いよく突撃する。

 二人の雄姿を前に、十人ほどのタマシイ様は、


「ムダムダ。だって君タチはもう……ミツカッテルンダカラ」


と余裕の笑みで言う。


 そして、ものの数分で。


「フヒヒヒ……頂キマス」


 一瞬の戦地と化した廊下は、死の匂いを冠した静寂に包まれた。

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