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7話:フェルギス1

 俺はフェルギス。

 そう名付けられた捨て子だ。


 養い親は国に一人しかいない時の巫女クロノア。

 白い髪に一筋金色が混じった不思議な色をしていたのを覚えてる。

 巫女には何処か他の人間とは違う特徴が現われるらしいと本人から聞いた。


 正直それ以外に、唯一無二の巫女らしさはない人だった。

 俺にとっては特別な存在でも、世に出てみればすごく普通の人だ。

 あの性格の悪い神官の中では、本物の聖職者はお師匠以外いないんじゃないかってくらい性格良く見えたけど。

 大人になって一つ一つ発言思い出すと普通だ。

 普通に愛情深くて普通に優しい人だった。


『卑しい生まれが巫女だなんて。神は何をお考えなのだか。神威を軽んじて下法に現を抜かして。恥を知りなさい』


 そんなことを言った神官がいた。

 下法とはお師匠唯一の趣味である魔法のこと。


 神官は聖印を媒介に神の力を一部使える。

 だからその他の人間が研鑽して研究してようやくたどり着く魔法を、軽々しく下法と蔑んでた。


『神さまの力は、ちょっと地上には強すぎるんだよね。人間が望む力は人間の手でしか生み出せないと思うよ』


 巫女は神官の言葉など気にせず趣味だと言って、人間が扱いえる魔法を日々研究していたというのに。

 その深さは人間の数だけ、人間の望む分だけ深まっていくのだと俺に教えてくれたのは、誰よりも神威を身に宿す人だった。


 だいたい神官が使える神の力だって、神の力を自ら扱える巫女が聖印を授けることで可能になるんだ。

 そんな神官が巫女を馬鹿にするとか馬鹿じゃないのか。


 名前をくれたお師匠は、俺に魔法の技術もくれた。

 代々の巫女も暇に飽かせて魔法を研究していたらしく、その貴重な成果を神殿に投げ込まれたなんていう俺に惜しみなく与えたんだ。


 だから応えようと思った。

 一つできるようになれば手放しで喜んで褒めてくれるお師匠のために。

 俺以外とはまともに会話することもないその孤独を目にしたから。


 けど、十歳の時俺の願いは潰えた。

 もう大きくなったから神殿で保護する必要もないとか、神官長が適当なこと言って引き離しやがったんだ。


 もちろん俺も抵抗したし、お師匠も反対した。

 けど向こうは神官長を筆頭にした神官全員。

 数で押されて日々うるさく言われて、頷くしかなかった。

 俺がいることでお師匠に迷惑がかかるから。


『おれ、絶対神官になってお師匠に会いに来るから!』


 別れの日そう言ったのは、その時の俺の本気の思いだ。

 けどお師匠は困ったように笑ってた。

 神官たちはあからさまな嘲笑してたけど、それでもやってやると思ってたんだけど。

 けど、最初からそんな道はなかった。


 神官は能力を認められれば誰でもなれる。

 これは建前だ。

 国を支える神殿に貴族は血縁者を送り込んでいいようにする。

 これが実体だった。


 その中でも時の神殿が貴族の独占状態だと知ったのは、神官になるための試験を受けてからだ。

 まず庶民の出身で時の神殿を希望する者が俺以外いなかった。

 誰も知らないんだ。

 建国に由来する十二の神の中でも時の神殿は忘れられる。

 庶民には忘れられるようにされているんだからほぼ国策だ。


 他の神殿と違って祭もしなければ信徒を増やす催しもない。

 そんなことしなくても貴族が大枚をはたいて神官になりたがるんだから。


 理由は時の神の恩寵にある。

 神の力が満ちる神域で暮らす者に与えられる超常的な能力は、どこの神殿でもあった。

 ただ時の神殿のそれは、不老長寿という破格の恩寵だということ。


 正確には神域が不変なのでその中に暮らす人間の変化も遅くなる。

 と言っても神の力をずっと浴び続けて平気なわけもない。

 巫女なら可能らしいけど、神官程度じゃ老化が神域の外より数十年遅くなる程度なんだとか。


 例えば七十で神官になった老人が、百で尽きるはずの命を長らえさせ、五十年以上神官を務めるなんてことも可能だ。


 そして時の神の恩寵を求めて時の神殿には貴族から神官志望者が集まり、下働きも常に希望者がいっぱい。

 そうなるとどうやって選ぶかは、金とコネであり信仰心や資質なんてもんじゃない。


 俺は時の神殿を望む限り、貴族ではないという理由で排斥された。

 もちろん色んな手を尽したさ。

 場合によっては金を積むこともした。

 けど最終的に下されたのは、俺を神殿から追い出した神官長からの神官となるには不適格であるというお墨付き。


 俺は時の神殿のみならず、どの神殿でも神官になることはできなくなった。


 ふざけた話だ。

 だいたい俺は時の神殿に捨てられたんだぞ。

 庶民ではその恩寵故にどんな信仰の対象であるかさえ隠される神殿に、だ。

 俺は貴族に関係する血筋であるのは推測できる。

 同時に十歳になるまで親が名乗り出なかったことで公にできない血筋であることも。


 今さら自分が何処の生まれかなんてどうでもいい。

 俺はただ、名を与え、育ててくれたお師匠との約束を果たしたかった。


 未練がましく神殿の側に転移魔法置いて、定期的に異変がないか見たり、他の神殿だったら当たり前にある巫女の出御があるかもしれないと、前例のないことを期待してみたり。


「…………ぷく」


 微かな音を立てて目の前にいる白いもふもふが鼻先を上げる。


 その向こうには雪が引き散らされた空間が広がり、不自然に小山になった雪があった。

 その下にはつい今しがたまで俺を襲おうとしていた空腹で凶暴化した熊が死んでる。


 矢のように飛んだ白もふの影は補足できたけど、その後は頭が理解を放棄した。


 触った感じほぼ毛のくせになんで俺より強いんだよ!?

 しかもさっきの純粋な身体能力だけでやってたよな!?

 小動物とかそんな可愛いもんじゃない!

 なんだこの生き物!?


 巫女ってなんでもありか!?

 捨て子に気軽に失伝魔法教えるような巫女だからか!?

 神域外の常識じゃできないはずの時間の巻き戻しを魔法で再現しちまう巫女だからか!?

 それをなんでもないことのように弟子に教えちまう巫女だからか!?


 俺、お蔭で世間じゃ大魔法使いの名前をほしいままにしてますよ!?


「俺、くる必要なかったじゃないか…………」


 巫女が神域から出て来るなんて、何かあったとは思った。

 けど半分以上お師匠に会えるって期待して駆けつけたんだよ。

 だからってこれはないだろ。


 打ちひしがれてる俺の腕を柔らかくてふわっふわな白い毛が撫でる。


 なんでか『会いたかったよ?』『来てくれないと迷ってたよ?』と言ってるのがわかる。

 これもなんでなんだ?

 俺の知らない魔法新しく作ったのかな?


「ぷしゅ…………!」


 え? くしゃみした?

 あ、お師匠自身びっくりしてる。


「いや、だから! 籠の上にいろって! 毛が雪で濡れ…………てないけど、乗れ!」


 うわ、持ち上げたら足の裏まで毛に覆われてる。


「っていうか軽!? さっきの何処から出た力だよ!?」


 『さぁ?』ってまったく気にしてない風の返答があった。


 駄目だこの人。

 放っておいても生きていられそうだけど、放っておいたら今みたいなこと気にせずやる。


 出たかったとか言ってたのに、神殿に気づかれるとか全く考えずにやる。

 そうだよ。

 普通に危機感のない抜けたところも当たり前にある人だったよ。


「はぁ…………。お師匠、ともかく今は冬だ。うちに来いよ」


 籠に降ろすとその上で白い毛玉が長い耳をパタパタ言わせながら跳ねまわっていた。


一週間二話更新

次回:もふ参る

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