6話:もふは強し
「なるほど、お師匠が喋ってるつもり、声を出してるつもりの状態だと俺にその言葉が頭に浮かぶみたいだな。これ、俺の側からどうにかしてるのかお師匠の側からしてるのかわかったもんじゃないな」
どうして会話が成立するのかって話はもういいよ。
私はもっと別のことを聞きたい。
せっかく再会できたんだし、フェルギスのほうがどんなふうだったかを知りたいのだよ。
「どんなふうって、別に?」
む、可愛くない答え。
私ここからフェルギスを捜す大冒険に出るつもりだったのに。
「えー? ここ相当辺鄙だぜ? その体の大きさだと森を出るだけで大冒険だろ」
うん、森ばっかりだよね。
木の上から見ても町見えなかったよ。
あ、フェルギス顔怖い。
ちょっとだよ!
ちょっと飛んで上下しただけだよ!
「はぁ…………。まぁ、お師匠が神殿入ってからずいぶん経ってるわけだし、周辺のことわからなくても当たり前か」
うんうん、そうそう。
あ、また目が怖ーい。
大丈夫です!
真面目に聞いてます!
私は世間知らずです!
「そこまで…………のことはあるか」
え、あるの?
「まずこの周辺に町らしい町はない。町までは山裾回り込んだ向こう側。で、馬使っても一日かかる。食い物なんかの搬送は一カ月に一回だけだし、神殿の奴らは神域から基本出ないから道だって知ってる奴じゃないと木々に埋もれてわからないんだ」
わー、辺鄙。
私が神殿に引き取られた時は馬車の中で外もほとんど見れないようにカーテン引かれたけどそこまでだったのか。
あ、けど隙間から見た木の幹が太かったのは覚えてるよ。
「それでどうやって俺捜そうと思ったんだよ?」
外を楽しみながら歩いて森の端まで行こうかと。
歩いてれば何処か着くでしょ?
って言ったらまた雪の上に両手ついて項垂れちゃった。
フェルくん、寒くない?
「…………くふ」
ん、変な声出した?
どうしたの?
「あ、あんたが、懐かし、いや、子供みたいな呼び方するから」
あ、ごめんごめん。
いつも思い出してたの十歳くらいのフェルギスだっただから。
「い、いつも?」
うん、あの頃は楽しかったな。
今何してるかな。
また泣いてないかなって。
そうそう、いつもお祈りの時にはフェルギスの健康と安全を願ってたよ。
「な、泣くか! あと時の神にそれ願ってどうなるんだよ!」
あらら、怒っちゃった。
そうだよね、もう立派な大人だもんね。
それを子供扱いはいけないというか失礼だよね。
うん、反省。
けどそれはそれとして、寒くない?
って聞いたらフェルギスは雪を払って立ち上がる。
ちょっと耳が赤いのはやっぱり寒いのかな?
咳払いは風邪?
大丈夫?
「ずっと雪の上に座ってるお師匠だって寒いだろ? 飛ばないなら籠の上にいていいよ」
フェルギスが乗せてくれようと手を伸ばす。
けど私のもふもふボディに触れた途端止まった。
「え、うわ…………。指埋まる。なんだこの毛。え、生き物だよな? 毛玉の妖精とかじゃないよな?」
そんな妖精聞いたことないよ。
フェルギスは掌を埋めるように恐々と触る。
好奇心とちょっとの恐れが浮かんだ表情がすごく子供っぽい。
イケメンになってても可愛いところ残ってるなんて重畳だなぁ。
これは世のお嬢さんが放っておかないよね。
なんて思ってたらフェルギスが息を飲んで背後を振り返った。
瞬間、激しく木々を踏み潰す音が迫って来る。
「しくじった! 索敵の魔法にもっと集中しとけば!」
私の魅惑のもふもふボディがごめんね!
「今そういうのいいから!」
フェルギスが片腕を伸ばして魔法を展開し、指輪が光った。
たぶんそこに魔法を込めておいて即時展開できるようにしたんだろう。
そんな私たちの前に現れたのは、雪に覆われた森の中で異様にも見える真っ黒な巨体。
開いた口が真っ赤で、振り上げた太い前足が容赦なくフェルギスが展開した魔法の壁を打ち砕く。
「嘘だろ!? 逃げろお師匠! あいつは冬眠し損ねて凶暴化した熊だ!」
魔法の守りを突破されたフェルギスは、私に叫ぶとさらに魔法の攻撃を仕掛けようと構える。
けど熊は明らかに食いでのあるフェルギスのほうを狙ってた。
うちの子に何さらすんじゃー!
私はフェルギスが魔法を放つより早く、熊の額に正面から体当たりを食らわせた。
「…………へ?」
押し負けた熊は振り上げていた前足を地面に突いて後退する。
私は熊より早くそのお腹の下に潜り込んで渾身の後ろ蹴りで巨体を撃ち上げた。
浮いた熊の下から跳びあがって上を取り、熊の大きな背中に足をつける。
そしてそのまま目一杯後ろ足を熊の背中に叩きつけた。
熊を襲った衝撃波が周囲の雪も吹き飛ばして地面を揺らす。
叩きつけられるように落下した熊は、一度大きく震えただけでその後は二度と動くことはなかった。
「お…………え? …………な?」
うちのフェルくんに手を出すなんて!
怪我でもしたらどうするの!
なんか足ダンダンしちゃう!
熊の背中に着地して足を踏み鳴らしてたら上から何かが崩れる音がした。
慌てて熊の上から飛び降りると、木々に積もっていた雪が通り雨のように熊の背中を打ち付ける。
わー、大きな熊が雪で埋まっちゃった。
あ、周りの高い木についてた雪全部落ちたみたい。
周りの雪がなくなり、熊の上だけ本当に白い雪山になってるのを、後ろ足で立ち上がって周囲を見回して確認した。
あ、そうだ。
フェルギス大丈夫?
あれ?
なんで固まってるの?
吹き飛ばした雪だいぶついちゃってるね。
寒くない?
衝撃波で髪もぼさぼさになってイケメンが残念なことになってるよ?
聞こえてるはずなのに雪に埋まった熊を見てフェルギスは動かない。
と思ったらいきなりまた地面に四つん這いになってしまった。
「…………ほんと…………なんだこれ!?」
なんだか哀切を感じる声をフェルギスは絞り出してた。
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