51話:フェルギス7
結局夏前にまた王都に呼び出された。
今度は国王と各神殿の巫女の連名だ。
これは断れない、くそ。
しかもお師匠と同じ巫女とか、時の巫女が死んでないこと知ってるかもしれないし、そこも探るためにも行かないってのはなしだ。
俺は王都の郊外へと辿り着いた。
小高い丘にかつての国の中興の祖が立てた神殿群がある。
一カ所で十二神殿を回れる巡礼地にして観光地。
その中央に十二神全ての像を円形に配置して、歴代国王のレリーフを飾ったドーム型の聖堂がある。
確か去年の十周年式典もここでやったんだったか?
時の巫女が消失したことと異常気象で、やったはいいものの小規模でぱっとしないで終わったらしいとは聞いた。
中央の祭壇の前には国王、右に家臣団、左に巫女たちと神官団が並んでる。
で、国王の前に俺だ。
なんだこの顔ぶれ?
連名だったけど本当に全員揃うって暇なのかよ。
「…………どうだ、巫女がた」
「以前申し上げたとおり、巫女ではありませんよ、陛下」
国王に聞かれて巫女を代表する太陽神の巫女ヘリシオスが答える。
なんで国王まで俺が時の巫女だなんて疑ってんだよ。
違うって言ってんだから人の話聞け。
あとヘリシオスは相変わらず顔が見えないくらいの発光物だが、他の巫女もすごい。
体に刺青のような文様が浮かんでいる者、獣の耳が生えている者、瞳が爬虫類のようになっている者など巫女はバリエーションが豊富だ。
いっそ髪の一部だけ色が違うお師匠が地味なくらいじゃないか?
それで言えば葡萄色のメレのほうがこの中にいても個性では負けない気もする。
なんて現実逃避はそろそろやめるか。
上位者ばかりでこっちから口を開くことは無礼だ。
状況からして俺が巫女かどうかを現職の巫女に確かめさせたってところなんだろうけど。
それだけで終わってくれねぇかな。
「うーむ、では恩寵は?」
「本物ですよ。何故これほど信仰厚いのに神官不適格なのか笑えるほどです」
「なるほど、では良いな」
何がだよ。
俺何も言ってねぇし、この流れすごく嫌な予感しかしねぇ。
「大魔法使いフェルギス、汝を神官に任命する。そして時の神殿の再興に務めよ。成し遂げた暁には神官長の地位を約束しよう」
絶対に嫌だ!
んな名前で呼ばれるくらいならこんな国捨てるわ!
よし、帰ったらすぐに屋敷引き払おう。
薬草園は勿体ないが他にも家は確保してるし、夏になるし涼しいところがいいか?
今ほど大きな薬草園はないから、せめてもふ用の花壇を新設しないとな。
「今は神像を守る一人しかいないが新たな神官は随時選定して派遣する。下働きも希望者の中から好きに選ぶように。資金は担当者と協議の上望む限りを認めよう」
勝手に話が進んでくがどうでもいい。
選択肢も与えず信仰を強制するこんな国、出てってやる。
お尋ね者になっても知るか。
だいたい俗世で地位も財産も持ってる奴がいきなり神官って、それ普通世俗の権利一切放棄させられる刑罰だろ。
やってられるか。
「「「「「「「「「「お待ちを!」」」」」」」」」」」」」」
突然十一人の巫女が声を揃えた。
その目は俺を見てる。
そして苦笑したヘリシオスが代表して国王へ声を上げた。
「陛下、それは悪手です。神の一柱がこの国をお見捨てになります」
「な、何故だ!?」
「今この国で最も時の神に愛された者が、国を捨てることを選択したからです」
おい、言うな。
逃げにくくなるだろ。
く、本物の巫女はしっかり神の声聞けるらしいな。
俺が逃げる算段したせいで時の神が漏らして、それを他の神が巫女に伝えたな?
「…………何が望みだ、大魔法使いフェルギス? 元神官長の公式謝罪でも、賠償でも」
「何も」
国王なりに俺の身の上を慮った発言だろうが、見当違いだ。
そんなのと引き換えにお師匠をまた神殿に閉じ込めるなんて糞食らえなんだよ。
だったら国捨てて自由に生きさせる。
これ以上報われない日々を消費させて、お師匠が消失する危険にさらすわけがない。
条件も何も出さない俺の拒絶をようやく国王は理解して眉間にしわが寄る。
他のお偉いさんも同じような反応だ。
元神官長に絡まれた事務次官だけはなんか諦めた顔してた。
「神殿に、忌避感があることは理解しよう、ただ、恩寵を受ける者として、神の道を」
「私が神の恩寵を受けたことと国に、なんの関係が?」
この国の神殿から排斥されてんだ、これくらいの嫌み想定しとけ。
王朝が違うとか言っても前時代のやり方引き継いでんだから同罪だっての。
「これほどの方々が揃う中で、俗世の私が言うことなどないでしょう。この五十年のやり方が間違いだったのなら回帰しては?」
反発だけだとやりにくくなるし、住んでる町に迷惑かかるのも面倒だから適当なことも言い添えておこう。
「時の神殿は交流もなかったからどういう祭祀の形式だったのか知る者がいないんですよ。まさか、誰も巫女がどのように神の力を受けているか知らないなんて、ねぇ?」
笑顔でヘリシオスが内情を暴露する。
まぁ、俺は知ってたけど。
「誰も祈る巫女の側にいないんですから当たり前ですね。巫女はかつての巫女たちが遺した文献を元に独自にやってましたよ」
「ぶ、文献? それは今どこに!?」
「神殿の巫女の部屋に」
俺の言葉に国王は呻く。
ま、神殿ごと消えてるからな。
「魔術師ギルドに所属する者としては、価値ある魔術書の類をもう一度みたい気持ちはありますが。これは神の意思次第で…………ん?」
今「りょ」って聞こえたような?
しかも突然床を打つバサバサという音が響く。
見ると猪の神像の前に大量の魔術書、しかも見たことのある物が積み上がっていた。
「…………時の巫女の記述に関する物なんかも、取り出せたり?」
聞いてみたらまた新たに書籍や巻物が現われ、聖堂は驚くほどの静寂に包まれる。
「…………ふぅ。こういうことは新たな巫女が見つかってから世に出るべき物だと思うので撤収」
俺が言った途端、神像の前から書物の類がすべて消えた。
「あー!? な、何を、何をする!? せっかく今、いまぁ!」
国王が駄々っ子のように騒ぎ、消えた書物のあった場所を指差す。
「ナンノコトデショウ」
「貴様それでしらを切れると思っているのか!?」
駄目か。
「今明らかに神と対話して意思の疎通も行っていたではないか!? それで神官不適格とは片腹痛い!」
「そこは俺のせいじゃないんで。あと別に神官でなくてももう不便しない生活してるんで今さら神官になれと言われても困りますー」
「おやおや、取り繕うのが面倒になってますよ。お二方ともに落ち着いて」
ヘリシオスが輝く顔面で止めて来る。
瞬間、神託が降りた。
これは知ってる。
お師匠がもふになって神殿から出て来た時と同じ胸騒ぎだ。
こんなことしてる場合じゃねぇ!
「何ぃ!? 待て! 何故走り出す!? 何処へ行くのだ!? 走って逃げるほど神官が嫌か!?」
「どうやら何か神の啓示を受けたようですね。たぶん止めても無駄でしょう」
走り出した俺の背後で、ヘリシオスが混乱する国王にそう言ってるのが聞こえた。
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次回:トンネルを抜けたらもふだった




