43話:腹が減ってはもふはできぬ
フェルギス不在の中、賊に襲われて大変だった。
しかも賊の言動から相手は神殿が雇ってる。
巫女と思い違ったメレを攫おうとしてフェルギスの家に忍び込むなんて、神殿どうかしちゃったんじゃないかな。
といっても、今巫女が不在の神殿は時の神殿のみ。
うん、どうかしてる人たちだったよ。
もう、少しは考えてよ!
髪の色珍しいだけで巫女とかないから!
私がこの姿になったの冬!
メレは夏に出会うまで呪いに対抗できなかったんだよ!?
巫女が神の力を暴走させて呪われてるとかなんの冗談!?
「ぷく…………!」
「もふ?」
「メレが不安がるから落ち着け」
おっと、思うにとどめてたのについ音が出ちゃった。
って、もしかして私足もダンダンしてた?
あらやだ、恥ずかしい。
近くのメレが不安そうにしてると、フェルギスは私を宥めるためか抱き上げて台所の椅子に座る。
「メレさんが攫われそうになったことを理解し、憤っているのでしょう。怖がることはありません。このもふさんはあなたのことが大好きなのですよ」
小神殿の神官さんが優しく言うと、メレは得意げ顔を上げる。
うんうん、私はメレが好きだよ。
フェルギスもメレが好きだよ。
「おい」
「知ってる!」
フェルギスが止めようとしたけど、メレがさらの得意げに声を上げた。
わからない神官さんだけが、恥ずかしさに顔を覆うフェルギスを不思議そうに見る。
夜中賊に追いかけられたメレの心は大きく傷ついた。
しかも落ち着かせようとする中で気づいたけれど、メレにとって家の外は恐怖でしかないようだ。
生まれて三年。
急成長することで苦痛に身動きできなかったためずっと家の中で育った女の子。
それが突然連れ出されたと思ったら、小神殿で匙を投げられ、親も絶望してしまった。
きっとメレもそれを感じ取っていたのに、その後は人買いに売られそうになるという救いのない状況で。
全てを理解していたわけではないだろう。
けれどメレは外に出されて普段よりも激しい苦痛を与えられていたはず。
その末に親に捨てられそうになったことは理解してた。
だから安らぎを得たこのフェルギスの屋敷から連れ出されることに、ことのほか恐怖を覚えたようだ。
そして追い駆けられた相手が大人の男だったため、配達のお爺さんを見ても悲鳴を上げて逃げるようになっていた。
例外はフェルギスくらい。
私も心配だったけど、帰ってすぐ抱きついたから杞憂だとわかって胸を撫で下ろした。
そして様子を見るために小神殿の神官さんは寒くなったこの季節に通ってきてくれてる。
女性だからメレも神官さんは平気だ。
さらに今日は一緒にお菓子作りをしているから、メレの機嫌は上向きである。
「この子はやはり、体の使い方がわかっていないようですね」
お菓子作りを監督した神官さんが、考えるように告げた。
「やっぱり三歳ってもう少し器用か?」
「はい、力の加減を学んで、同じ年頃の子供たちとコミュニケーションを取れるようになっている時期です」
神官さんのいる小神殿には併設の子供療養施設がある。
元が治癒の神を奉っている神殿で、中でもこの小神殿のような子供専門は珍しい。
だからメレも連れていかれたんだ。
そこに奉仕する神官さんも子供は慣れたもの。
だからこそメレの特異性がわかる。
「一緒にお菓子を作る中で、道具を使うということができることはわかりました。その点については、同じ年ごろの子より器用でしょう」
「それは道具を扱えるだけの体の大きさがあるからだろ」
「えぇ。けれど自分の腕の長さを理解できていない様子で振り回し、どれくらいの衝撃を与えると卵が砕けるかを知らないのです」
確かにメレは体の大きさに比例しているのか理解力はある。
その分ほとんど動かさなかった体のせいで、最初は歩くことさえおぼつかなかったことに意識は行っていた。
フォークやスプーンの使い方は日々教えてる。
けど他の道具を使わせてみれば散々で、体の問題と合わせて経験の問題もあるようだ。
今日作ったのはクッキーだから、そんな難しい行程はないんだけどね。
「ボールで材料を混ぜ合わせる工程ではヘラをボールに叩きつけたな」
「混ぜてみれば中身を盛大に撒き散らし、最終的にはボールを床に落としましたね」
生地を伸ばす時には力加減間違えて何度も生地の伸ばし棒を暴走させてたねぇ。
本人も力加減間違えて何回ひっくり返ったかな?
「火に近づくなって言ったのに、まさか火で熱したオーブンのほうを触って大やけどするとはな」
「えぇ、熱いや寒いという感覚に対する危機感も育っていないのでしょうね。私の力で治癒できる範囲で良かった」
オーブンを素手で触ったメレを、神官さんがすぐさま治療してくれたおかげで痕も残らなかったのは不幸中の幸いだ。
まぁ、色々メレは学ぶことが多すぎることはわかった。
「こりゃ、冬の間にメレの体少しでも実年齢に近づけるよう試したほうがいいか」
「あなたが時魔法の偉大な使い手であることは知っていますが大丈夫なのですか?」
「今は俺以外の魔法使いの伝手ができてるから理論は固まってる」
「まぁ、そのような方が? どなたか、などとは詮索いたしません。けれど今この時にそのような巡り合わせがあったのは、やはり神の配剤なのでしょう」
神官さんは敬虔な信徒らしく無言で指を組むと神に感謝の祈りを捧げる。
けど、フェルギスがいう伝手って私だよね?
確かに一緒にメレ戻すために知恵絞ったけど、徹夜してまで頑張ったフェルギスのお蔭だと思うな。
私がやったことなんて大したことない。
異常成長でメレは苦しんだから、その逆をすれば相応の苦しみがあると伝えたくらいだ。
なんとか苦しまずに戻せるように考えたのはフェルギスだった。
後は魔法をフェルギスと交代で教えてるくらいかな。
体の使い方は下手でも魔力の使い方は重点的に教えてるし、冬の間に一歳から二歳までは幼くできるかも?
「もちろんメレの体に異常が出たらすぐやめる」
「生きづらいでしょうが、今から体に合わせた教育も一つの選択肢かと」
無理に実年齢に近づけてメレを苦しませるよりはと、神官さんが助言をくれる。
うん、いい人だなぁ。
だいぶ昔のことで忘れてたけど、私が巫女になる前に見た神官さんも普通に優しい人だったはずだ。
同じ月の神を信奉してるからってわけじゃないと思うから、時の神殿の神官がすごく偏ってるんだろう。
「ほら、メレ。お礼言え」
「神官さん、ありがとございます!」
「はい、メレさんもお師匠さまの言うことを良く聞いて、元気に過ごしてくださいね」
そろそろ雪が降り出したので神官さんが通うのを一旦中止になる。
メレは台所に残り、私を抱えたフェルギスは神官さんをお見送りに出た。
「賊についてはお聞きになりましたか? 雪を理由に冬の間は衛兵が取り調べを続けます」
「すでに軍関係とか貴族に伝手持つ奴が横やり入れようとしてんだろ? 聞いてる」
「ふふ、あなたがずいぶんと脅すせいで町の衛兵は賊への報復が自らに向かうのではないかと恐れ、熱心に取り調べを行っていますよ」
「色んな所から口添えがあったことも知ってる。…………これは、布施だ」
フェルギスがお金の入った袋を差し出すけれど、神官さんは固辞した。
「私たちでは救えなかった子を少しでも安らかにとの思いですから」
「あー、だったら俺のお師匠が羊飼いだったらしいから、その縁で月の神に…………でどうだ?」
名目を適当に変えるフェルギスに神官さんのほうが折れてくれる。
「神に選ばれあなたの慕う方のお導きであるなら」
メレ共々、できれば今後ともよろしくお願いします!
聞こえないだろうけど、私も感謝の気持ちと共にそうお願いした。
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