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40話:カリオ4

 俺はここ最近では珍しく神殿で起居していた。

 と言っても下っ端は忙しい。

 神殿の自分の部屋で寝起きしても、結局は腰を落ち着ける時間はわずか。


 今も神殿の外で動くよう、神官長の命令を俺から伝えられた下働きの文句を聞いている。


「ですからこれ以上は仕事に支障が出ます。我々の本来やるべきことではないでしょう」

「なるほど」


 面倒な気持ちはわかる。

 ただ本心は神域を離れて老いるのが嫌なだけだ。

 だからなんの成果もなく細々と報告と称して戻って来る。


 そんなことじゃ何もはかどらないし、無駄な時間を浪費して仕事に支障が出てんだろうがよ。


「ではそれをそのまま神官長に報告する。もちろん、実際に調べたお前たちも一緒に行くぞ。時間が惜しいのならば急げ」

「そ、それは…………」


 神官長嫌われ過ぎ、笑える。


 下働きがわかりやすく視線泳がせてるし。

 まぁ、神官長の前で何もわかりませんでしたと言えばどうなるかは身をもって知ってるけどな。

 だから黙らせるために言ったんだけどよ。


 だいたい前回王宮に呼び出された時から機嫌が悪すぎる。

 糸くずがあったとか、通りかかった時にくしゃみしたとかちょっとしたことでヒステリー起こして神官だろうが下働きだろうが怒鳴り散らすんだ。

 普段は神官長に取り入るためにいる神官たちも避けるほどに。


「俺も会いたくない。けど、呼び出されてんだよ。行くか? 一緒に? というか残ってるなら連れてくぞ? 一人より二人、二人より三人のほうが被害は分散する」

「す、すぐに旅立ちます!」


 下働きたちは普段の文句と引き延ばしが嘘のように機敏な動きを見せる。


 うん、その反応を予期して言った。

 言ったけど、口にして見たらいい考えだと思ったのに、本当に誰も残らないとがっかりするな。


 結局俺は一人で神官長の所へ行くことになった。


 機嫌が悪い理由はわかってる。

 国王に現状をどうにかしろと、言われたんだ。

 今年の不作は巫女が見つからないのが関係してるだろうと言われて、そんなはずはないし、できるならもう見つけてると切れてた。


 そこに巫女の養い子がいると聞いて、喧嘩売りに行くのは墓穴掘ったってとこだよな。

 完全に神官長の扱いに慣れてるというか、諦めてたフェルギスという大魔法使い。

 まともに相手にしないどころか、さらに切れさせて矛先を事務次官に押しつけて逃げた。

 あの華麗な手際をいっそ見習いたい。


 あのあとさらに大臣と太陽の巫女までやって来て、結果的に神官長のほうがやり込められたんだよな。


 まぁ、三対一だったし。

 けどそれで侮辱だ、屈辱だとさらに切れまくり。

 結果できたのは神殿外での確執だけ。


 事務次官が最後に言い放った「長寿は耄碌を止めることはできない」とはまさにそのとおりだ。


 いっそ隔絶された神殿の中、頂点だと思い込んでる神官長は増長してたんだろう。

 元侯爵の権威が今も絶大だと。

 すでに侯爵家は孫の代で、ほとんどの者が神官長を知らないのに。


 そして向かった神官長の執務室には主だった神官たちが揃っていた。

 俺は大事な話し合いには出席できない席次。

 なのに途中で呼ばれたのは巫女捜しがらみ以外にない。


 あー、いやだー。


「本当に大したことできないんだから、生まれが卑しい上に役にも立たないなんて。生まれただけ無駄でしかないわ」


 神官長のヒステリーが移ったように、女神官が開口一番切れて来る。

 巫女が消えてから半年、肌の調子が悪いとヒステリー未満の機嫌の悪さがあったが、ここ最近は完全にもう八つ当たりだ。


「ただいま戻りました下働きが、大魔法使いの暮らす町で得た情報を纏めてまいりました」


 相手にするだけ無駄なので、俺は神官長の命令で行っていたことの報告をする。


 神官長は切れながら、大魔法使いの様子がおかしいと言っていた。

 巫女クロノアに傾倒していたのに何故あれだけ冷静なのかと。

 顔を合わせたら突っかかってくると思っていたんだとか。


 それで会いに行くって、確実にあの大魔法使い使って腹いせしようとしてたんじゃねぇか。


 けれど実際は適当にあしらわれた。

 神官長は何か大魔法使いがそれだけの余裕を保てる有利な情報を握っていると邪推してる。

 顔の割れてる俺は使えないので下働きを出すという判断は支持するけどな。


 ただそれでわかったことは多くない。

 最近ペットを飼い出したとか、そのペットが盗まれて町で暴れたとか。

 各地で起こる異常気象を治めたとか、それを手柄として人を脅してるとか。


「他に、女を一人手元に置いているそうです。身元は不明ですが、どうやら一度月の神の小神殿に担ぎ込まれた傷病者のようで、葡萄酒のような目立つ頭髪をしていたとか」

「…………なんだと?」


 俺の報告を聞いていた神官長が睨むように見て声を上げる。

 別に不思議じゃないだろ。

 大魔法使いも男だ、女を囲うくらいいいじゃないか。


 傷病者なのも身寄りがなかったり回復に時間がかかる場合、神殿の下働きとして働いて返すことがある。

 その身元を引き受け自らの下で働かせるくらいもよくある話だ。


「髪がなんだと?」

「え、あの、葡萄酒のようなと表現されていたので、赤毛かと」

「赤毛はニンジンのような色であることが多い。葡萄酒のような赤い髪などそういない。…………そうか、そういうことか。あやつ、すでに巫女を見つけ己で囲っていたか!」


 神官長の言葉に他の神官たちも息を飲む。

 俺も思わぬことに目を瞠った。


 確かに巫女クロノアは毛髪に特徴が出るとあったが、太陽の巫女ほど顕著じゃない。

 先代も白髪に金髪が一房あるだけでわかりにくいから、次の巫女もそんなもんだと思ってた。


 調べたところ、本来は黒髪に金髪で昔はもっと目立つ特徴だったらしいというのは最近知ったんだが。


「ではすぐに巫女をあの捨て子から取り戻さなければ!」

「いえ、いっそ隠匿で罪に問いましょう! 知っていて言わないなどあまりにも不敬!」

「よくも奪ってくれたな! 神殿を軽んじるにもほどがある!」


 神官たちがいきり立つが、言いがかりの上に身勝手な言い分でしかない。


 報告では実物を見てないし、屋敷に囲い込んで町にも連れ出してない。

 葡萄酒色ってのもどんなのかわからないし、傷病者であるならどんな状態かわからないじゃないか。


 ただ、慈悲深い人徳者であると評されてる小神殿の女神官が大魔法使いを訪ねて、笑顔で戻ったという報告もあった。

 人道的にはそうひどい扱いは受けてないはずだ。


 いや、というか本当に巫女か?

 巫女を捜す預言を受けたが、あの預言と何一つ合致しないじゃないか。


 うん? いっそ合ってるのか?

 『死を偽る』が先代が消えた時の様子であるなら、『生を捻じ曲げる』のは今代の巫女?

 だとすれば、誰に偽る?

 偽る相手が大魔法使いなら、捻じ曲げるのもまた大魔法使いか?

 …………つまり、本当のことを言って誠心誠意謝らないと、巫女を引き渡されることはないんじゃないのか?


「たとえ王命を賜ったとしても、あの不遜な捨て子は差し出すことはないだろう」


 神官長が騒ぐ神官たちの中でいっそ静かに言う。


 俺があげた報告にも、調べた限り今いる屋敷は持ってる住処の一つに過ぎないとある。

 その上公職についていない上で実力と名は知られているので、国外への出入りは自由。


 最悪巫女を連れて国外へ逃げられる。

 それは、ここにいる者たちにとって最悪のシナリオだ。


 想像できたのか全員が苦い顔になる。

 巫女が消えて半年ですでに神域に満ちていた恩寵の薄れは疑いようがない。

 このままでは神域を維持することもできないだろう。


「ようは巫女をここに連れてくればいいのだ。そうすれば神官不適格のあれは手出しができない。後から文句を言ったところで巫女を神殿から引き離す法はない。…………あの増長した小僧の元から連れ去ればそれでいい」

「おぉ! まさにそのとおり! さすが神官長さま! 名案にございます!」


 俺の驚きを掻き消す賛同の声は、巫女かもしれない少女の気持ちや、無法を働かれる大魔法使いからの怨みなんて一顧だにしない。

 自分たちさえ良ければ全て解決するなんて、そんな狂った熱を感じる。


「あれの周辺を探れ。気づかれるな!」


 命じられて部屋を出た途端、あまりの倫理観のなさに眩暈がしそうだ。


「これじゃ、神も呆れて見離すのにも時間はかからないはずだ」


 神がいるはずの神域で薄れる恩寵に、俺はもうここに神はいないのではないかと思わざるを得なかった。


一週間二回更新

次回:風の前のもふに同じ

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