4話:もふは風にも負けず
無事神殿の端に着いたんだけど…………。
ちょっと途中で聖堂に来た若い神官が『んん!?』って声出してた気がする。
けど追って来てはいないし、うん、気にしない気にしない。
神殿は神域と呼ばれる特殊な空間の中にある。
聞いた話だけど街中にある神殿は奥の院と呼ばれる場所が神域になっているそうだ。
信徒がやって来る神殿とは別にしてあると聞くけど、私が巫女になる前に行ったのは小神殿でそんな設備なかったんだよね。
ここは森の中の神殿で、神殿全てが神域になっている。
境はほぼ森に覆われていて、石積みの壁になってる所もあるけど私は抜け出すために森のほうへと向かった。
境界をわかりやすくするため低木を刈り込んであるところの下に籠を押し込む。
よしよし、籠を押し出したお蔭で私も通れるくらいの隙間が空いた。
ここから私もずずいっと…………。
あ、出られた!
って寒!?
うわ、今冬なんだ!
神域の外冬だった!
わーい、雪だー。
「ぷっぷっぷ…………」
テンション上がると変な音出るなぁ。
まぁ、聞く人もいないしいいか。
神域は神の庭。
奉る神獣の特性によるけど、時の神殿の神域は春のまま維持されている。
柔らかな日差し、涼しい風、枯れない花、若いままの葉。
穏やかだけど何も変わらない停止した時間。
ずっと神域から出なかったから雪がすごく新鮮!
そして懐かしい!
ピョンピョンしちゃう!
『雪って氷と何が違うの?』
雪をサクサク踏んでいて思い出す。
他愛もない子供の質問に、私はなんと答えただろう。
『季節はなんで四つもあるの? え、雨季ってのもあるなら五つ? 乾季もあるの?』
今思えば世間知らずどころではない質問だけれどしょうがない。
赤ん坊の頃に神域に投げ入れられ、私と別れるまで四季の変化を体感したことがなかったのだから。
一時期いた私の養い子。
異臭のするゴミがあるから片付けておけと言われて、不変の神域で身に覚えのない物を神官たちは嫌がった。
そして私が見たのは土に汚れた布の包み。
持ち上げたそれは冷えていた。
けれど布を開けばまだ涙を流す赤ん坊が細い息を懸命に吐き出している。
慌てて介抱したけれど神官長まで出て来て養育を反対された。
だったら親を捜してくれと言い続けて、結局私の養い子にしたのだ。
元より神域に現れた特殊な子なのだから、神の意思かもしれないと言って。
実際は外から投げ込まれたのだろうとは思うんだけどね。
人の通わない森に女性と思われる足跡があったらしいし。
そして、親は名乗り出ないまま、死にかけていた赤ん坊は成長した。
『お師匠、お師匠! 見てくれ!』
私が教えた魔法を嬉々として披露する姿は今思い出しても心が和む。
明るく澄んだ青い瞳で私を見上げていたあの子は、今どうしているだろう。
「…………ぷく」
うん、やっぱり会いに行こう。
まだ成人もしてないのに結局神殿から出されてしまった。
魔法と一般常識は教えたけど途中で手を放してしまった子だ。
正直心配だし、ちゃんと大人になれたかこの目で確かめたい。
私だとわからなくてもいい。
遠目で見れればいい。
なんの生物かわからないけど、私の今の大きさなら街にひそめるはずだ。
私は籠に乗って浮遊の魔法を使った。
高い位置の本を取るのに重宝した魔法で、今は木々より高く浮き上がる。
そう、グーンと高く。
で、はい。
木々の上に出て一回転しました。
うん、森!
え、どうしよ?
森が広すぎて道すら見えないんだけど。
神殿に連れて来られた時馬車だったはずだし、道はあるはず。
けど上から見ても馬車道見えないよ。
森以外に近いのは山だけど、特に集落なんかがあるようには見えない。
遠い記憶を手繰ると山を越えた記憶はないし、たぶん山とは別方向に平地があるはず。
そっちに行けば人の住む場所あるかな?
うーん、昔すぎて自分の故郷も良く覚えてないしなぁ。
わわ!? 風が、危ない、揺れる!
と、ともかく降りよう。
…………ふぅ、地面のありがたみがあるね。
体高低いから地面が近いと安定感を覚えるわぁ。
いや、雪の上なんだけどね。
あ、濡れる。
雪の上にじっとしてると溶けて来て濡れる。
うむ、やっぱりあって良かった籠!
私は籠に乗り直して低空飛行で森を進むことにした。
あんまり神殿の近くにいると見つかるかもしれないし。
私だとわかる人いなさそうだけど見つかっても面倒そうだ。
神官たちはたまに出かけるけど本当にたまにのことだった。
基本的に神殿の外に興味が薄いんだよね。
けどあの若い神官のように不変の神域に慣れてないと変化や異物に目敏いようだ。
「ぷっぷっぷ」
あ、いけないいけない。
冷たい風もなんだか新鮮でテンションが上がる。
冷たいんだけどね。
まん丸フォルムになるくらいもふもふの毛皮はいい防寒だなぁ。
「ぷ…………」
今、音がした?
ちょっと籠を降りよう。
あ、地面に降りたら音が近くなった。
たぶん足音だ。
え、誰か来る?
籠を手近な茂みの下に押し込んで、そこに自分も隠れようとしたけどあまり奥行きがなくて入りきれない。
これじゃお尻丸見えだよ。
ほか、他に隠れる場所…………あ、駄目だ。
なんでかこっちに真っ直ぐ来てるし足早い。
手入れのされていない木々を掻き分ける音がもうすぐそこでした。
私が身構えているところに一人の男が現われる。
防寒用の黒い外套を頭からかぶってて顔が見えない。
ただ白い息が忙しなく吐き出される。
その男は私を見下ろして外套のフードを降ろした。
あら、イケメン。
ちょっと吊り目ぎみだけど賢そうな整った顔立ち。
長い黒髪に青い目のイケメンが、澄んだ青い目で私をじっと見つめていた。
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次回:捨てる神あれば拾うもふあり