37話:酒は飲んでももふられるな
私はフェルギスと一緒にお祭り見物に夜の町へ出た。
すると酒場から火炎放射が放たれるという事態に遭遇。
お祭りってすごいねー。
「いや、これただの酔っ払いだろ」
私たちの見てる前で酒場の周辺の熱が上がる。
どうやら酒に酔った喧嘩をしているのは魔法使い。
酒場から転がり出て炎を避けてるのは一般人のようだ。
「なんで俺たちが責められなきゃならねぇんだ!? 文句があるなら神殿に言え!」
「自分たちの力不足だろうが! 神のお力扱えないからって適当な仕事しやがって!」
見るからに赤ら顔でうるさいくらいの声をあげる酔っ払いの喧嘩だ。
けど内容が不穏だね。
酔っ払いって陽気になるものとばかり思ってたよ。
「あー、神官そこら辺節度はあったからな。まぁ、蹴落とすかもしれない相手の前で失態しないようにしてただけかもしれないが」
時の神殿の神官たちは酔っ払いになって大声で笑うこともなければ、こんな喧嘩をすることもなかった。
私の拙い外での経験上でも、秋祭りなんかでお酒飲んで大人が酔っぱらうことは知ってるけど、基本的にみんな笑って騒ぐだけ。
だからこんな罵り合いなんて初めて見た。
やっぱり魔法使いって、喧嘩で魔法使うものなんだね。
「いや、使わねぇっていうか、使うなって魔術師ギルドから言われてる。やらかした奴はちゃんとペナルティがあるぞ」
あ、そうなんだ。
「ただどうも、相手のほうが喧嘩売ったみたいだけどな」
今も喧嘩して言い合いをしてるから、なんとなく喧嘩に発展した経緯は見えた。
ただ、さすがに火炎放射は酒場から駆け付けた他の酔っ払いが止めてる。
「その扱えない力を適当に頼んで被害受けるなんて自業自得だろうが!」
「今までこんなことなかったんだ! お前らが適当なことして悪化させたに決まってる!」
「そんなわけあるか! 被害があるってんで俺たちが骨折って解決してやってんだ! 順序が逆だ阿呆!」
「なんだと!? 神官のなりそこないのくせして偉そうに! 神に選ばれなかった奴が何さまのつもりだ!」
「はぁぁああ!? 奥義!」
「待てやめろ! 町を燃やす気か!?」
魔法使いのほうが三人がかりで抑えつけられる。
その様子に喧嘩してる一般人の酔っ払いが勝ち誇った。
けどこれはどう見ても魔法使いじゃない酔っ払いのいちゃもんだよね。
「そうだな。そんなに言うならもうそいつの住む辺りで依頼受けるのやめさせるか」
「「「え!?」」」
私に相槌を打ったフェルギスに、辺りの野次馬が声を上げた。
よく見るとフェルギスの周辺が開いてる。
私が浮いてるせいかな?
夜中でもフードを目深にかぶってる怪しさかな?
「あんだ!? お前も神官紛いか!?」
「あいつは…………!? おい、飲み過ぎだ!」
喧嘩してた酔っ払いの連れがようやく止めるけど、酔っ払いは気にしない。
どころか何かに火が付いたようでフェルギスに指を突きつけてきた。
「てめーらみたいな神官のなりそこないが食っていけるのは俺たちが仕方なく仕事回してやってるからだろうが! そのくせ今年になっての不作はなんだ! できそこない成りに任せられたことくらいちゃんとやれ! そんなこともできないから神官にも慣れねぇんだよ! わかってんのか、この落伍者がー!」
お、お?
私の養い子であり優秀な弟子になんてこと言うかな?
買っちゃうよ?
その喧嘩お師匠の私が買っちゃうよ?
「やめろ。あんたがやるとあいつ死ぬぞ」
「ぷく!」
「いや、駄目だって。死ななきゃいいって問題じゃないから」
むー、ちゃんと手加減できるのにフェルギスに止められる。
けど一度ついた戦いの火はそう簡単には消えないらしい。
私は無意識に後ろ足を籠に打ちつけていた。
私の魔法がかかってるし、森を行く予定で強度も上げてたから籠は壊れない。
けど籠の下に抜けた衝撃波で、地面からは夜目にもわかる勢いで砂埃が舞い上がってた。
「「「…………え…………?」」」
フェルギスの周りからさらに人が引いちゃった。
酔っ払いたちも目を剥いてる。
「ほーら、落ち着け落ち着け」
あぁー、フェルギスに撫でられるー。
このもふの体は撫でたりブラッシングされたりに弱いなー。
私が足ダンをやめたことでフェルギスは酔っ払いに向き直った。
「で、そっちの魔法使いは魔術師ギルドのギルド長に報告するとして、お前は何処の誰だ?」
「は、はぁ!? 気色悪い魔物連れて、俺は!」
「やめろ馬鹿! 町の大魔法使いだぞ!?」
今度は口の悪い酔っ払いが、数人がかりで地面に引き倒されて喋れなくされる。
「身元知ってるならお前らでもいいぞ。何処の奴だ?」
「い、いえ、酔っ払いの戯言で…………申し訳ございませんでしたー! どうか平に、平にご容赦をぉぉおお!」
一人が腹の底から謝罪を叫ぶ。
それに応じて暴言を吐いた酔っ払いの知り合いらしい人たちも声を上げた。
「あんたの怒りを買っちゃ、立ちいかなくなることはわかってんです! どうかお情けを!」
「もちろん魔法使いさま方の献身的な働きのお蔭で最悪の状況になってないってのはこの馬鹿以外わかってます!」
「というか、お怒りはどうかこの酒にだらしなく何度言っても騒動を起こし、嫁に逃げられ子供にも見限られたこの屑だけにお願いします!」
「お前ら!? 馬鹿にしやがってー!」
「「「黙れ!」」」
どうやら騒いでた酔っ払いに人望がないのはわかった。
そこに新手が現われる。
「おいおい、魔法使いが酔っぱらって喧嘩の上に魔法まで使ったと聞いたから来てみれば、何やってんだ、あんた?」
あ、アイパッチギルド長だ。
呼ぶまでもなかったね。
状況を見て何もすることがないとわかったのか、ギルド長はフェルギスに話しかける。
「しかも、今年のことでわざわざ王宮に呼ばれたはずが、なんだってもう帰って来てんだ?」
「こっちはことが起こった後の対処しかしてないんだ。根本解決は神殿に言えって言うだけだったからな」
「まさか本当に…………言うんだろうな、お前さんなら。王宮まで喧嘩売りに行ったのかよ。それにしても戻ったら連絡寄越せと言っておいただろ」
「戻ったのは夕方だ。たまたま夜の散歩してただけで明日行くつもりだった。といっても大したことなかったぞ。大臣に呼び出されて事務次官とやらと話しただけだ。あ、いや、神殿の巫女にも呼び止められたな。けど結局大した話はしてない」
「それだけの相手と言葉交わしておいて大したことないとか小神殿の奴らが飛びあがるぞ」
呆れるギルド長はフェルギスの相手を諦めたようだ。
けど話の内容確かに大したことじゃないんだよね。
権力者が対処するべきことだし、すでに神殿は動いてるみたいだし。
今すぐに劇的に良くなることはない。
逆に今すぐ神の力でどうにかすると、この半年で起こった不作のしわ寄せが今後半年の何処かに一極集中する。
そっちのほうが大変だ。
「ともかく、お前ら喧嘩の主犯どもか? だったら魔術師ギルドで話聞くから来い。おう、店主。被害については人やるから今は触らずにいてくれ」
「ギルドの! どうか大魔法使いに取り成しを!」
ギルド長が何したと言わんばかりにこっちを見るけど、フェルギスは手を振って相手にしない。
「俺は今気分よく散歩してたからそっちに戻る。ギルドでことが済むなら任せた」
「おう、なんか知らんが任された。つーことで、訴えたいことがあるならお前らも来い」
引き受けてくれたギルド長の男前な姿を背に、私たちは祭の名残を楽しむことにしたのだった。
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