36話:夜を駆けるもふ
お腹いっぱい食べてもまだ起きていたがったメレをなんとか寝かしつけて、今日は抱っこちゃん回避ができた。
抱きつかれる前にメレはお腹いっぱいで熟睡したからね。
「これでよし」
何してるの、フェルギス?
寝てるメレにさらに睡眠の魔法って?
「途中で起きたら騒ぎそうだと思って。ついでにこの寝室に結界も設置して、と」
特に害はないのでフェルギスのやることを私は見守る。
どうやらメレの守りを強化してる。
と言ってもメレを寝室に閉じ込めるような仕様じゃない。
外から無断で入るのを難しくして、メレが中から出たら報せが行くようにしてる。
「よし、お師匠。ちょっと町に行こう。活気は少なかったけど、それでも祭の気分を味わえるはずだ」
え!? いいの!
思わず反応してしまう私にフェルギスは得意げに笑う。
「秋祭に興味持ってたし行きたいんじゃないかと思ってな。それに俺も、デ、デー…………」
行きたい!
見てみたい!
あ、何か言いかけた?
ごめん、何?
「な、なんでもない…………! け、けどまた攫われるのもなんだから、籠に乗って浮いててくれ。いっそそれくらい普通じゃないほうが襲われない」
そういうものかな?
まぁ、フェルギスの側なら私が魔法使える魔獣とか思われないだろうしいいか。
歩くと体格差でフェルギスと目も合わせられなくなるし、私としては籠使っていいなら文句はないよ。
「代わりに俺はわざわざ毛玉を浮かせる変な奴になるけどな。まぁ、俺も話しやすいし顔は近いほうがいいけど」
言う割に変な奴扱いを気にしてないフェルギス。
かくいう私も気にしない。
だって二人で楽しくお出かけだ。
もちろん屋敷全体の結界も強化するフェルギスを私も手伝った。
メレが来て日々騒がしいのも楽しい。
けどフェルギスで二人きり冬籠りしたのも心安らいだ。
たまには二人だけって、なんだろう、こう…………うん、嬉しいな!
そして私たちは町へ向かった。
一回誘拐されて来たことあるけどよく見てないっていうか、樽の中と上空からだから全然見てないんだよね。
体の構造上、下見えないし。
屋敷からすでに町は見える距離。
そして商業のための町らしいから真っ直ぐな馬車道が町の入り口から続いてた。
おー、町だ。
やっぱり私の生まれた村と全然違うね。
「そう言えばお師匠屋敷に入れた時も転移だったな。もしかしてこうして町に入るのって百年ぶりとかか?」
ううん、いつだったか祭典で王都近くまで行ったから百年ぶりではないかな?
けどこういう小さい町はすごく久しぶり。
目の前に広がるのは街道の町。
あまり広くはないし街道に接する目抜き通り以外に馬車の通れるような道も少ない。
それでも私の記憶にある故郷よりもずっと都会だ。
三百年近く前に行った王都は巫女就任のためだけだったから記憶にない。
というかほとんど馬車の中だったから街並み見てないし、数十年前の王都近辺も宗教施設に行ったからそう言えば町の中を歩くことはなかったな。
「ほら、庁舎前の広場に大抵のもんは揃ってる。役場に小神殿に各種ギルドの支部に有名どころの商家」
ということは配達のお爺さんも?
「いや、あいつの父親がここの出身で、それから身代を大きくして王都に本店移すくらいになってな。その父親のほうがこっちに戻って隠居して、あいつも息子に譲ったら帰って来て今はほぼ隠居だから店はここじゃない。息子のほうは王都生まれ王都育ちのはずだから戻ってはこないだろうしな」
そういうものか。
あ、あの柱なに?
細長い布で飾りつけられてる。
「あれが祭で踊る場所。あの柱の周りを布持って踊りながら回るんだ。この辺りじゃあの形式だが、他の街だと仮装行列やってたりするぞ」
フェルギス物知りだね。
移り住んでたとか言ってたし、色んな所行ってるんだぁ。
「まぁ、神官諦めてからはほぼ放浪してたからな」
最初からあの屋敷に神像作って住んでたんじゃないんだ?
「あれはここ立ち寄った時に聞いて購入した。他にも住み替える場所はいくらでも持ってる」
そんなことしたのは、たぶん不老に気づいたからかな?
ずいぶん前に聞いたことがあるけど、神官が時の神殿から出て攫われることがあったんだとか。
その神官は無事に保護されたけど、誘拐の理由は不老不死の研究のため。
今の神官長になってから、一人で出歩く神官いなくなってそんな事件もなくなったけど。
フェルギスも自衛の必要があったんだろう。
「できる限り神像は置いてるが、ないところでは祭壇だけ作って祈ったりしてるな」
お祈り熱心だね。
やっぱり時の神の恩寵があるのは、フェルギスの信心あってこそだよ。
「…………お師匠に教えられたことだし。祈ってると一緒に祈ってた時のこと、忘れないでいられたからてだけで、別に」
それでこのもふの姿で私って一目でわかるんだから、フェルギス本物だよね。
そんな話しながらにぎやかな町を歩くけど、ほとんどの人がもう出来上がってて私たちに気づかない。
「本物ってなんのだよ。まぁ、神官長よりは熱心な信者だと思ってはいる。ただ神の声なんて聞いたことないし、巫女なんて柄じゃないけどな」
えー? フェルギスくらいなら神の声くらい聞けそうだけど。
あ、祈りだけで特に答えを求めてないとか?
「いや、そう簡単に答えてもらえるもんじゃないだろ」
案外気さくだよ?
だいたい私が祈ったり調整お願いしたりする時も「りょ」って答えるし。
「は? なんだそれ? 神独自の言葉か?」
違うよー。
さすがに二百年以上毎日言葉交わしてると、なんていうか砕けて来るんだよね。
確か最初は「了解した」くらいの感じだったんだけど、それがどんどん「了解」、「了」からの「りょ」になってた感じ。
「いいのか神、それで…………」
なんでだかショックを受けるフェルギス。
フォローすべきかな?
神って地上の身分とか礼儀とかあんまり気にしないからね。
気にする人が巫女になると気を付けてはくれるらしいよ。
「なんか、案外フランクなんだな。…………待てよ? そう言えばそんな言葉、一度だけ聞いたような」
本当?
「確か、そうだ、だいぶ前だ。まだ神官になろうとしてた頃、何があってもお師匠の所に戻る、けどそれが叶わなかった時にお師匠に危機があれば教えてくれって。必ず駆けつけるからって祈ったというより決意表明した時に、その、『りょ』って」
あらやだ。
もふなのに照れちゃうよ。
そんなこと神に祈ってたの?
ひゃー、イケメンにそう言われて悪い気はしないなー。
「おい、籠の中で動き回るな、跳ねるな、クッションを掘るな」
フェルギスは叱りながらも、落ち着けるように私を撫でる。
気持ちいいから頭下げてされるままになっちゃう私。
「そうか、運良くお師匠の異変に気づけたと思ったけど、あれは神が教えてくれてたんだな」
ちょっと嬉しそうに言うフェルギス。
イケメンにかっこいいこと言われるのも嫌いじゃないけど、嬉しそうなフェルギスの顔のほうがずっと好きだ。
フェルギスの祈りに答えてくれた時の神に帰ったら感謝の祈りを捧げよう。
そう決めて私たちは祭の賑わいの端を歩くだけ。
楽しい雰囲気の中にいるだけでも心浮きたつし、味わうだけならこれで十分だ。
そうして見て回ってると、行きついたのは酒場のある通りだった。
「ざけんなー! 食らえ奥義! 火炎放射ぁ!」
「ぎゃー!? 馬鹿じゃねぇか!? これだから神官のなりそこないは!」
突然酒場の扉から人が飛び出すと、その後ろから火炎放射が追い駆けて酒場の入り口を焦がす。
「うちの店がー!?」
そして店主らしい人の悲鳴が辺りに響いた。
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次回:酒は飲んでももふられるな




