35話:もふ心と秋の空
それで本当に偉い人放置して帰って来たんだ?
「あぁ、呼び出しには答えたしその用件は的外れだったからな」
王都から帰ったフェルギスに、私はどんな話があったのかを聞いてた。
私とメレで、両手にお土産の袋を抱えたフェルギスを迎えたのは夕方。
どうやら世間は秋祭りの季節だったらしい。
そこで配られる振る舞い菓子や祝い料理、象徴する飾り物などをフェルギスは道々買って来たんだとか。
「おいしい。これ美味しいね」
話し込む私たちを気にせず、メレはアーモンド生地の甘い焼き菓子に夢中だ。
けどその膝には地神の神獣を象った鼠の人形が置かれてる。
穀物の神さまなんだけどメレにはまだ教えても覚えられないかな。
「落ち着いて食べろ。ほら、零れてるぞ」
叱られてもメレはにっこにこでお菓子を頬張る。
フェルギスも呆れたように言いながら口を拭いてあげてた。
見た目は十代半ばだけど、フェルギスにはメレの年相応の感性のほうが重要なんだろう。
うん、完全に兄妹だわ。
ところでフェルギス、太陽神の巫女は噂どおりイケメンだった?
「いや、それが…………輝きすぎてて。口動くのはわかったけど、目鼻立ちもはっきりとは。あ、でもなんか視線ははっきり感じたな」
よくわからなかったらしい。
「どうも巫女本人は、見る相手の信心が光で見えてるんだと。その上で、あの巫女が光って見えるのは当人の信心の具合だそうだ」
ということは、顔かたちがよくわからないほど光って見えたフェルギスって信心深いんだね。
「いや、あんたに言われても。きっとお師匠も顔かたちわからないぜ」
どうだろう?
正直この体になって神さまわからなくなった気がするよ。
あと信心って結局何?
私は神の実在を信じてるけど、敬うって言うには身近すぎて人によっては馴れ馴れしいって思うくらいの対応してるけど。
「それは…………そうだな。俺も神はよくわからんという印象が強いのに、信心って言われてもな。だいたいなんで巫女をもふにすんだよ。神殿から逃がすなんて考えもなさそうだし。まぁ、この毛並みの趣味は悪くないと思うけど」
そう言って私をもふる。
すでに疲れぎみのフェルギスにブラッシングされた後だ。
やっぱりもふって触ってると癒されるよね。
神官長に絡まれたことがそんなに疲れることだったんだね。
よしよし、いくらでももふりなさい。
「いや、あいつはもう最初から老害だから今さらだった」
言っちゃったよ。
神官たちも言えないことを。
神官避けてた私でさえなんかそういう言葉にしない雰囲気感じるくらいの暗黙の了解を。
「だってそうだろ? 他になんて言うんだ。老境になって死ぬのが怖くなったから、俗世で握ったコネと縁故と金を使って神官長に収まった奴だ」
それはそうだけどって…………あれ?
私そのこと教えたっけ?
「いや、お師匠はあいつが侯爵だってことくらいしか言ってない。本人がどんな奴だったかは貴族に関わって神官目指したら自ずと耳に入った。神域から出てきたらうるさいって今も言われてるぜ」
そうだねぇ。
呼び出されない限りはこっちに無関心の人だったもんね。
けどそんな神官長呼び出して、太陽の巫女は何がしたかったんだろう?
「まぁ、それは国の難しい話ってやつじゃないか? 巫女なんだし、秩序の神ってのもわかってるだろうし、神官長にしっかりしろとでも言う権利あるだろ」
そうかな?
聞くとは思えないけど、有名人の巫女で貴族だから対応も違うのかもね。
「そうそう。俺たちには関係ないさ。ま、追って来たのがどいつの遣いか見てないけど」
追って来た?
「王都出たら気づいた誰かが早馬で追って来た。神官長でも事務次官でも太陽の巫女でも面倒だったから途中で撒いた」
えー、いいのかなぁ?
「お蔭でこうして秋祭りの振る舞い菓子土産にできたし。お師匠嫌いか、これ?」
大好き!
私はフェルギスが差し出してくれるアーモンドの焼き菓子を遠慮なく食べる。
私の生まれた所でも収穫祭やってたけど、こんなお菓子出なかったんだよね。
家畜一頭丸々解体して自分たちで食べる程度だったし。
お菓子配るところがあるなんて知らなかったよ。
いい風習だね。
「お肉、もふお師匠食べる?」
わー、美味しそうなミートパイ。
ありがとう、メレ。
メレは自分が食べる手を止めて、私からは遠い料理を取ってくれる。
いい子!
得意げにしてる姿も可愛い!
メレすごい子だね!
「いや、親ばかすぎるだろ」
名付け親だからね!
親ばかどんと来い!
それで、私の自慢の養い子さんや。
秋祭りって近くの町でもやってるの?
踊ったりはする?
「…………あー、するする。小神殿で神に感謝を捧げる格式ばったのを午前中にして、午後は振る舞いをして踊って、夜になったら酒飲む」
へー、夜まであるんだ。
ところでフェルくん、顔赤くなってるね。
素直にお師匠に甘えてもいいんだよ?
「ば!? 俺の年齢忘れるな! それで!? お師匠の所は夜なかったのかよ!?」
えーと私の所は午前に準備して、午後に祈りとごちそう、夜はすぐ寝たかな?
幾つになっても可愛い弟子だよ、なんて言ったら怒りそうだから思うだけにしておこう。
イケメンで立派なフェルギスもいいけど、お師匠って言いながらついて回ってた昔も懐かしんじゃうんだよね。
大人のフェルギスには失礼かもしれないけど。
「質素だな。こっちも例年に比べれば、今年は何処も景気のいい話ないから抑えぎみだ。不作のせいで大慌ててで二期作だ二毛作だと食糧の供給も安定しなかったからな」
そっかー。
もう巫女じゃないしってここでの暮らしの安寧しか祈ってなかったけど、神殿の時みたいに国の安寧も祈ったほうがいいかな?
毎日の祈りは継続してる。
せっかく神像あるし、神はちゃんと宿ってるし、たまに水も貰うしね。
メレにも教えて三人で祈ってたけど、だったら神殿と同じことできそうだ。
気軽に言った私に、フェルギスは真面目な顔をして首を横に振った。
「やめとけ。ことが自分の不信心のせいだって神官長さえ気づいてないんだ。巫女さえいればなんて甘い考えが間違ってることをわからせないと、本当にお師匠がいなくなった時、この国はおしまいだ」
国を思うなら今の内に改心を促すべき、か。
「それにな、今回のことは国全体としても、この地に住む人間としても当たり前のしっぺ返しなんだよ。二百年以上もお師匠一人に頼りきりの上、それが常態化して感謝も配慮もないどころか存在意義すら忘れ去るなんて」
あー、否定できないなぁ。
確かにフェルギスの言うとおりかも。
私がいなくても今までと変わらないなら神官長たち時の神殿は間違いに気づかない。
そして自ら気づけないなら外から働きかけるべきだ。
けど、時の神殿への信仰自体が貴族の欲で絞られてる以上、改善は見込めない。
外が異変を察するには今のような明らかな異常を国中に報せるしかないんだ。
「それに今の状態で巫女が別についても、あいつらが正しくその巫女に祈りや秩序をもたらすべく、することを教えられると思うか?」
そこは神さまに聞けば教えてくれるよ。
「まず疑問にも思わないような思い込みで断言されて、聞くこと自体しなかったら? ありえないとは言えないだろ。あの他人の話を聞かない神官長だ。そして神官から下働きまで、全員が神官長の息のかかった奴らだぞ」
う、うーん、確かに。
私の時みたいにまだ真面目な神官が残ってたら良かったけど。
今はもう神官長が選んだ神官しかいないもんね。
「そういうことだ」
そう断言して、フェルギスは私のためにミートパイを切り分け始めた。
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