32話:フェルギス4
馬車を乗り換えて金と体力を削りながら、俺は休みなく王都へ向かった。
「こんな面倒ごとさっさと終わらせて帰る」
それが呼び出しを受けてから最初に思ったことだ。
何が悲しくて五十年以上かけてようやく再会できた女と離れなきゃならないんだ。
そうでなくても二人っきりなんて数カ月だけだったし。
正直、メレに嫉妬する自分の幼稚さに恥ずかしくはなる。
けどそれ以上にやっぱりお師匠を取られるのは悔しいんだ。
王都では宿も取らず王宮のある区画へ向かった。
直接馬車で乗りつけることは貴族でもないとできないから、さらに徒歩で向かうことになる。
「くそ、めんどくせぇ」
一々衛兵に止められる。
顔を隠した魔法使いらしい恰好は、田舎ならこれで罷り通れるんだが。
さすがにここは王都で、しかも王宮のある区画だ。
辻に立つ衛兵に止められては封書を改めさせ、書かれてる大臣の名前を見せる。
地味に面倒だ。
衛兵には持ち場があるから離れられないし、職責で俺を止めて次に行かせるしかしない。
そして次の衛兵に止められるを繰り返した。
「…………早く帰りたい」
ようやく王宮の門に辿り着いた時、俺はついそう呟いたのも無理はないだろう。
「こちらへどうぞ、大魔法使い」
愛想もない王宮の案内係がようやく中へ通す。
身分証だなんだと、呼び出された俺が出さなきゃいけないんだから王宮からの呼び出しなんてろくなもんじゃない。
こんなことになったのは早い話、王宮が無能だからだ。
各地で起きた災害的な恩寵。
それを治めた俺に説明しろとか、馬鹿じゃねぇの。
いや、こうなったのは半世紀前に散々貴族と伝手作ったせいだ。
しかもそこから王朝が変わったから、貴族は残ったが要職は入れ替え。
変に名前だけ売ったから顔も知らない大臣が気軽に呼びつけてきやがる。
俺はお前に名を売った覚えはねぇし、利害関係ない相手にほいほい答えるわけでも、便利屋でもねぇんだよ。
はぁ、結局神官になれもせず田舎に引っ込んだのに、若気の至りだったな。
「事務次官がお待ちです」
で、呼びつけた大臣本人はいねぇと。
まぁ、実務者のほうが話は通りやすいか。
俺は半世紀ほど前に出入りしていた王宮の様子に今さら感慨はない。
懐かしさもないし、感じる場所があるとすれば、それは時の神殿なんだろう。
今はもうどうでもいいことだが。
「大魔法使いフェルギス、よく来た」
「呼ばれたからには拒否権ないんで」
俺の対応に、部屋で待っていた事務次官はむっとする。
大魔法使いは魔術師ギルドが認める俺の位階。
だからそこはいい。
けどもう伝手作る必要もないし事務的な話しだけでさっさと終わらせたい。
「なるほど、噂にたがわず俗世を厭うご老体か。祖父からいろいろ聞いていたが」
「それでいいんで、必要なことだけしましょう。どうせ何を言っても無意味だ」
「な、なんだと?」
この事務次官からすれば、真面目に現状の解決を考えてのことなんだろう。
今年になってからの異常事態の原因の究明は、祖父の代の知り合い呼び出すほど行き詰ってる。
すでに今年は不作決定で、秋の今から手を打っても遅い。
けれど今やらなければ来年も不作になる公算が高く、よりによって王位の十周年だから打開策がないと上からの圧がきついってとこだろう。
「管轄が違うんですよ」
「か、管轄? 待て…………いや、待っていただきたい」
お?
「つまりあなたは、すでに国内における異変の原因を掴んでいると?」
どうやら思ったよりも話せる相手のようだ。
そう言えば事務次官って結構偉いか?
見た目は四十過ぎだが五十行くかどうかで、外見だけなら俺より年上だ。
実質は俺のほうが親世代で、その祖父の世代が俺を知ってるとなると、王朝交代で親世代が左遷されて、息子のこの事務次官の代になって返り咲いた家柄ってこともあるのか。
本人も俺を老人扱いしたし、経験値の違いは理解してるか、誰かに聞いたかだろうな。
「神殿からは何も言ってきてないんですか?」
「…………いや、報告は上がっています。あなたが、魔術師ギルドから常に対処地域で行われた神殿の恩寵について調べるよう指示を出していることも、わかっています」
「なら、もう答えは見えてるじゃないですか」
なんで俺呼んだんだよ?
神殿の不手際ってわかってんじゃねぇか。
「いくつかの神殿からは、秩序が失われている今、安易に神の恩寵を地上に顕現させるのは危険だと、民からの要望に応えないよう門を閉じたいとも上がっています」
「悪い手じゃない。が、不作が目に見えた今人心の乱れが心配されるってところか」
「やはり、秩序とは時の神なのですか?」
「そこからか。いや、ですか。あなた方貴族が主な信者であるはずでは?」
信心深い奴いないの知ってるけどな。
時の神は不老長寿を与えるだけの、貴族の欲を満たす存在だと思われてる。
それに一役買ったのは秩序を司る部分を切り捨てた今の神官長だ。
お師匠一人が天上の神に代わって地上の秩序を支えてた。
本人が神殿からいなくなったらそりゃ、神殿同士の秩序を担う者がいなくなるに決まってる。
「時の巫女の重要性は、再確認しています」
「へぇ、それで?」
「やめませんか、不毛な会話は。厭世家であることはわかっています。しかしことは国全体の問題です」
「なんのことだか」
「すでにこちらはあなたが住まう周辺だけ乱れがないことを掴んでいます」
そこまで馬鹿じゃないか。
だが、見当違いだ。
「単刀直入に聞きましょう。あなたが新たな時の巫女なのでは?」
「はぁ!? 待てまて、それはない。何言ってるんだ? 普通に個人で恩寵受けてるだけの一般人だぞ!?」
「時の神を奉じる者の中で恩寵を受けているのはあなただけです」
「視野が狭い! 建国当時から時の神を信奉する者はまだ国内に少数残ってる。比べる相手が貴族ならそもそも間違いだ。あんたらは時の神に不老長寿を望むだけで、日々の安寧を祈りやしないだろ!」
俺の指摘に事務次官は一瞬気色ばむけれど、すぐに力が抜けた。
「…………返す言葉もない」
「信仰の形を歪めてる自覚もないのか。神は祈りに応えて恩寵を与えるなんて基本だろ。祈ってもいない奴に恩寵があるか。それにしても俺が巫女なんて何処から考えついたんだ」
「それが…………太陽神殿で時の神殿の神官長が、新たな巫女を捜すための預言を求めたのです。私もまた聞きですが『生きざまを捻じ曲げる』と」
もふだー…………。
預言って抽象的って聞いてたけどめちゃくちゃ的射てるじゃねぇか。
けどこの事務次官はもふになってるお師匠を知らない。
では時の神殿で生き様を捻じ曲げられたのは誰か?
そう考えて俺なんだろうが、残念違う。
けどそんな預言じゃ俺以外考えつかないよな。
「聞いておきますが、それ、もしかして貴族の中で広まってます?」
「今さら取り繕わずとも結構」
そう言って事務次官が顎を引こうとした途端、扉が開いた。
問答無用で入ってくるのは知った顔。
皺は増えてる。
顔つきも相変わらず俺を下には見てるが、余裕がない。
「なんですか!? 無礼な…………あ、あなたは! 時の神殿の神官長?」
「何が無礼か。身の程を弁えよ」
事務次官が咎めるが、どうやら生まれは事務次官のほうが低いらしい。
相変わらず権威かさに着てやがる。
顔を知らない神官一人を従えて、時の神殿の神官長が俺を睨んでいた。
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