28話:もふ真似
メレが来てひと月が経った。
冷夏とは言え日中は日が照る。
今日も薬草園の日陰でメレが元気に不満の声を上げた。
「あついー」
「だったらお師匠放せ」
メレにくっつかれてた私をフェルギスが救出してくれる。
ふぅ…………溶けるとかそんなの越えて蒸し殺されるかと思った。
「いや、本当熱いな。お師匠、大丈夫か?」
正直暑くてフェルギスに持たれてるのも嫌だー。
「お、おう、悪い。えーと、水浴びでもするか?」
降ろしてくれたフェルギスに向かって後ろ足で立ち上がり私も元気にお返事。
するー。
「するー」
メレも真似して立ち上がった。
うんうん、フェルギスも薬草園の手入れしてて暑いだろうしちょうどいいか。
ここ井戸あるから水は冷たいんだよね。
というわけで三人で薬草園から台所方面へ移動する。
屋敷裏手にある薬草園は母屋の左右に出入り口があった。
片方は神像のある中庭に続き、もう片方は母屋を挟んで反対に、台所なんかのある搬入口の門のある屋敷の裏方へ続いてる。
「こら、メレ! そんなところで水を浴びるな!」
井戸に近い塔の一階に盥を用意してたフェルギスが叫ぶように叱る。
見るとメレは、暑さに負けて井戸から汲んだ水をそのまま浴びてしまっていた。
三歳ならそれでいい。
けど見た目は十代半ばの可愛い子なんだよ。
元から暑さで薄着のところにこれはいけない。
郊外だから来る人少ないけどそれでも女の子がそれは駄目!
目の毒だよ。
「ほら、お師匠も怒ってるぞ。こっちこい」
「むー、きもちいのに。やー!」
私が魔法でタオル肩にかけるけど嫌がって払い落す。
服は洗えばいいけどその姿は刺激が強すぎるからね。
フェルギスも目のやり場に困っちゃうよ。
「いや、中身知ってると特には。どちらかと言えば肉付き悪いのが気になるな。これ、風邪ひいた時に使う薬とか、子供用の用量のほうがいいんじゃないか?」
うーん、色気のない話。
なのに私をお風呂に入れるのは恥ずかしがるってどういうこと?
「そ! それは…………!」
やっぱり特殊性癖?
お師匠として心配なんだけど。
「違う! それはお師匠だから、お師匠だと、思うと…………。いたたまれない」
真っ赤になっちゃった。
よく見て。
私ただの毛玉だよ?
本当に心配になって来ちゃうから気にしすぎないでほしいなぁ。
「違うんだ…………俺は…………。なんでこんな…………もふと、噛み合わない。…………なんでもふに…………適応しないでほしい」
適応しないと生活できないんだけどなぁ。
あ、メレ。
タオル踏んじゃ駄目だよ。
汚れちゃうでしょ。
というか落としたのメレだし、いけないことしてごめんなさいは?
「むー」
反抗的な声だね。
そう言えばフェルギスも三歳くらいで何でもともかく否定してた時あったな。
「もう俺のことはいいだろ」
あらら、赤面の次はすごく渋い顔。
けど、違うんだよ。
フェルギスは反射的に言ってみてただけだけどメレ違うっぽいんだ。
「違う? 確かに、気持ちいい水浴びを邪魔されて不満って感じだな。状況を理解して、答えてる? 精神は育ってないが、頭のほうは見た目どおりだったりするのか?」
わからないねー。
ちぐはぐなことには変わりないけど。
ただ悪いことを怒るじゃ通用しなさそうだ。
「だとして、どうするんだ? へそ曲げた状態だとこっちにも来ないし、着替えさせようとしたら抵抗するだろ」
うーん、よし。
思いつかないから力尽くで行こう。
「え?」
私は魔法で風をメレに吹き付けた。
途端にメレは押されて塔のほうへよろよろ移動し始める。
あ、塔の中のフェルギスが髪ぼっさぼさになって盥押さえてる、ごめん。
けどメレのためなんだ。
ほーらビュービュー。
濡れたままの悪い子は風で吹き飛ばしちゃうぞー。
「きゃー! きゃははは!」
「ぐ、楽しそうに笑いやがって。ぶぇ、待て! 濡れたまま暴れるな! 水が俺にまで!?」
「きもちいー!」
濡れて冷たい服に風が当たって涼しいんだね。
今度からはそこで盥の中に入らないとやってあげないよ。
「えー」
「えーじゃない。ほら、そこなら水頭からかぶっていいから」
盥を置いて井戸の水を新たに汲んだフェルギスが、濡れた髪を片手で掻きあげて指示を出す。
メレは新たな水を貰った途端、笑顔で水を被った。
「もふ! おしょー! びゅー!」
「お師匠な。そのお師匠が暑いって話だったはずなんだが」
メレが水を撒き散らしてちょっと涼しくなったしいいよ。
フェルギスも作業して暑いでしょ。
水浴びしてていいよ。
メレは私が見ておくから。
「ビュー、ビュー、ビュー!」
風を吹かせると楽しげに言っていたメレの周りで風が逆巻く。
うーん、今のって?
「あ…………? 今、魔力が?」
井戸に向かおうとしてたフェルギスも気づいて戻って来る。
「メレ、今何した?」
「なに? ビューした」
ビューって、私が使った魔法のこと?
もしかして見ただけで真似できたの?
「見よう見真似で魔法使ったのか?」
「まほう?」
「メレ、もう一回風吹かせられるか?」
「ビュー? ビュー!」
弱いけど確かに風がメレの意思で吹いた。
おぉ、これはすごい。
教えられてもいないのにできるもんだね。
もしかしてメレは魔法の素養高いんじゃない?
「三歳で考えればそうだな。ただ、体が合ってないことが影響してたら悪い方向じゃないのか?」
体に溜まった神の力の発露か。
ありえるね。
けどそれならそれで魔法を覚えさせれば発散も可能な才能はあるってわかったんだし。
外部からメレの体を戻そうとするより、内部からメレ自身が自分の体をコントロールするほうが負荷はないはずだよ。
「確かにそうか。メレ自身が魔法を使えば生存本能的に死ぬような負荷は体が止めてくれる。そうしたら俺たちで魔法の理論さえ構築できれば早い」
「ビューしない?」
話し合いに夢中になる私たちに、メレが不安そうに聞いた。
ねぇ、メレ。魔法使えるようになりたい?
今の風をビューと吹かせる以外にもできるようになるよ。
苦しいってなった時、自分で治せるようになるかもしれないよ。
「苦しい、なおせる? 痛くない?」
うん、それは大丈夫。
「痛くないどころか、痛くならないようにするためだな」
「…………やる! まほうしたら、もふになれる?」
おぉう…………それは、ちょっと。
「なれない? メレ、もふなりたい」
「それは、なぁ…………? 暑いぞ」
「…………やだ」
うん、じゃあもふは諦めようねぇ。
っていうかもふになるってなんだろう?
私ももふになったんだけどさ、子供の発想って自由だなぁ。
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次回:大きなもふの毛の下で