26話:犬棒、もふ井戸
「いいか? 絶対に走り回るなよ? 地下と書斎と塔は出入り禁止。いいな? あ、あと台所も」
もう、フェルギス。
魔術師ギルドに呼ばれてるんでしょ。
大丈夫だから早く行きな。
「お師匠、俺が半日開ける度に鼠捕りに引っかかったり、側溝に落ちてたりしてるのやめてほしんだが?」
そ、そそ、側溝は日陰で気持ち良かったからそのまま寝ちゃっただけでしょ!
「じゃあ、鼠捕りに変なはまり方しないでくれ。今はメレもいるんだぞ」
う、そうでした。
私よりも好奇心旺盛で自力での対処ができない子供がいるんだよね。
「ここのところ痛みがないことに慣れてずいぶん活発になってるじゃないか」
そうなんだよね。
今まで動けなかった反動か元気げんき。
今は朝ごはん食べてお腹いっぱいで椅子で大人しくしてるけど。
「たぶん昼過ぎても帰れない。最悪、昼めし食わせた後に眠りの魔法でもかけて大人しくさせておいたほうがいいかもしれないな」
それは駄目だよ。
今まで我慢して来たメレが遊びたいなら遊ばせてあげたい。
子供は元気に笑ってるのが一番だよ。
「子育て経験はお師匠のほうがあるからそういうなら」
まだ心配そうだなぁ。
けど心配しすぎても疲れるだけだよ、フェルギス。
案外子供って大泣きした後ケロッとしてるもんだし。
「いや、俺が心配してるのは」
大事故にならないように私が見ておくよ。
こんななりだけど力もあれば魔法も使えるの、フェルギスも知ってるでしょ。
「そう、だな。なるべく早く戻るから」
冷夏で忙しいの続いてるんだし、無理しないでね。
「いや、急ぐ。心配はお師匠もだ」
えー?
うーん、攫われた前科があるから何も言えないや。
「今度攫われることあったら、俺は容赦しない。お師匠とまた引き離されるなんて絶対させないからな」
あらやだイケメン。
じゃなくて…………真剣な目をして言わなくてもわかってるよ。
私だって今さらフェルギスと離れるの嫌だし。
って言ったら照れちゃってかわいー。
私の弟子イケメンで可愛いって最強かもしれない。
ともかくいってらっしゃーい。
私は台所から搬入用の門をくぐって出て行くフェルギスを見送る。
町の郊外から徒歩で行くそうだ。
飛ぶこともできるけど悪目立ちするから急ぎ以外は徒歩らしい。
フェルギスの実年齢は最低六十以上。
なんとなく聞きそびれてるけど今までの言動を思えばそれくらい。
なのに見た目は二十代の青年。
足腰は大丈夫だとは思う。
普段フードを深くかぶって顔を隠してるのも不老のせいだ。
目立ちたくないのは、目立って嫌なことがあったからだろう。
想像するまでもなく、不老という神の恩寵のせいで。
メレを苛んだ異常成長も一種神の恩寵。
呪いと祝いは紙一重。
そこを調整するのが巫女であり神官…………のはずなんだけど。
私が知る神官が碌でもないんだよね。
いや、今の時の神殿の神官たちもここ百年で質が落ちただけなんだけど。
ただ今の冷夏もそういう神官たちが何か不手際したんじゃないかとか思っちゃう。
駄目だね、他人の非を疑うなんて。
よーし、私は目の前のやるべきことをやろう。
というわけでさーて、メレは…………。
居間に移動したけどソファでうたたねをしていたはずのメレがいない。
メレー!?
「はーい、もふ?」
あ、いた。
なんだ、温室のほうにいたのか。
何してたの?
「きれい、あげる」
あー!?
それフェルギスが育ててた薬草の花!
ちょ、ま、待って!
すぐ花粉採取しないと!
「う…………」
あー!?
泣かないでメレ!
駄目なことしたけど、今はその花無駄にしないために花粉!
「うー…………!」
温室と薬草園の植物は千切っちゃ駄目って言ってあったでしょ。
今は泣いても駄目。
花粉を採取して保管して、それからお説教だ。
座らせたメレより高い位置に籠で浮いてちょっと威厳を演出。
綺麗だったからくれたのは嬉しいよ?
けど、やっちゃ駄目って言われてたことをしたのは悲しい。
わかる?
「うん」
わかるんだよねー。
なんでだろう?
配達のお爺さんには相変わらず私の言葉通じてないのに。
ま、いっか。
ともかくメレ、フェルギスが帰ってきたら一緒にごめんなさいしよう。
駄目なことしたってわかったらごめんなさい。
これ一セット。
「うん。フェルに、ごめんさい」
よしよし、メレはやればできる子だもんね。
けどまだ何がやれるか、何をやったらいいかわかってないんだよね。
少しずつ覚えて行こう。
三年分を補うにはまだまだ時間が足りないし。
となると、今日は私のお手伝いしてもらおうかな。
「うん、やる! メレ、できる!」
うんうん、顰め面やめたら可愛い。
メレってなんか綺麗系の整った顔してるんだよね。
そんな子がにこっと子供っぽく笑うとかギャップがあって三割増し可愛い。
あれ?
私の弟子イケメンと美人で最強じゃない?
「もふお師匠、メレする?」
何するかって?
じゃ、メレ。
まずは私の花壇にお水やり手伝ってくれる?
井戸から水を汲むところからだから難しいよー?
「メレ、できる!」
やる気十分、良し行こう。
と言っても桶を落とした後は私が魔法で引き上げるだけ。
メレは綱を握ってればいいし、運ぶのも私の魔法だ。
こういうのはやればできるって覚えさせることが大事なんだよね。
歴代巫女の遺した書物の中に、巫女を育てた神官の育児日記もあった。
赤ん坊の時に見出された巫女がいたらしく、巫女本人が神官の死後遺品整理で見つけて大事にとっておいたんだとか。
その後の巫女たちも大事にしてたから私も読むことができた。
あれはフェルギスの世話をするためにずいぶん役立った読み物の一つだ。
できることを積み重ねる手助けをすれば、できる人間は育って行くって書いてあったな。
あ、そうだ。
メレには水を撒くためのひしゃくも捜してもらおうかな?
なんて…………考えごとしながら井戸の縁に乗るものじゃなかった。
桶を落として縄に魔法をかけ、メレに指示を出そうと向きを変えたらつるっといっちゃった。
「もふ!?」
軽いせいか案外ポチャンと軽い音ともに井戸の水の中に落ちる。
ふぅ、もふもふ毛皮がなかったら凍えるところだ…………あ、沁み込んで来て冷たい。
夏でも井戸水は冷たいね。
「もふー!?」
大丈夫だよー、そこの縄引っ張ってくれるー?
桶落としておいて良かった。
桶に乗って水と一緒に引き上げてもらう。
ふー、冷たかった。
犬も歩けば棒に当たるというし、うん、もふも歩けば井戸に落ちることもあるさ。
はははは。
…………フェルギスにばれないようにメレに口止めしないと。
世の中ごめんなさいで悪化することもあるものだ!
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