2話:人生楽ありゃもふもあるさ
つい私は隠れてしまった。
お祈りに使う膝置きの台の下という、人間じゃ絶対入れない隙間に。
暗くて目は利かない。
けど音と匂いで色んなことがわかった。
うーん、これは疑いようもなく人間やめてるわ。
「あら、クロノアいないじゃない」
「人が足を運んであげたのにどうしていないの」
入って早々文句を言うのは女神官二人。
苛立ってるのは顔を見なくてもわかるんだけど、これはただの経験則だね。
貴族令嬢として生まれた生粋のお嬢さまたちで、羊飼いしてる時には決して見ることもなかった人たちでもある。
それでも物語とかでもっと穏やかで上品な人を想像してたんだけどな。
実際はすごく主張が強くて自分本位な人たちだったからがっかりが過ぎる。
「トイレ汚れてるのになんでいないのよ」
「羊飼いの娘が私たちを煩わせるなんて」
神官の下には神殿に仕える下働きがいる。
そっちも下級貴族や大商人の縁者だから命令しても縁故持ち出して反抗されることがあるんだよね。
うん、この神殿で一番生まれの身分が低いのは私だ。
掃除嫌いじゃないけどお祈りの最中にいうことかな?
「それにしてもなんであんな下民が巫女なのかしら? 神の目曇ってるんじゃない?」
「そうよね。一番信仰厚い私たち上流の者たちから選んでくれればあんなの巫女クロノアなんて呼ばなくていいのに」
「あーあ、太陽の神殿が羨ましいわ。あの噂の白皙の貴公子が巫女ヘリシオスさまがだなんて。私、あの方がお祈りなさるならいつでもお側に侍るわ」
「えー? 芸事の恩寵よりも、そこは時の神殿で良かったと私思うけど」
軽口してるけど、ここで、神のいる聖堂ですることじゃないよー。
神罰降るよー。
神獣さまだからだいぶずれた感じで。
って言っても聞こえないよね。
声出てないし。
これ以上無礼な無駄話させておくより私が出たほうがいいかな?
そう思った時新手の足音が聞こえた。
重さから男性の神官だっていう聞きわけもできるね。
「聖堂で言うべきことではないでしょう。廊下にまで声が響いていますよ」
ちょっと神経質そうな声。
たぶん神官の中で一番若い人かな。
うん、喋ったことないからどんな人か知らない。
珍しく真面目なのかな?
そんなことを考えてると、女神官二人から失笑が聞こえた。
「ちょっと、第六位の神官如きが、立ったまま私に物を言うなんてどういうつもり?」
「私たち第三位の神官を前に偉そうなこと言うじゃない、妾腹が」
あー、あんまり目立たないようにしてると思ってたらそういう…………。
私にも当たりが強い貴族のお嬢さまたちだけど、貴族の中でも上下が厳しいんだよね。
神官になったら世俗の地位失うはずなんだけど、そんなの気にしないっていうか振りかざしまくりっていうか。
若い神官は間違ってないんだけど、生まれた地位が大正義な女神官二人は口答えも許さないみたいだ。
その思想、一番上の神官長が徹底してるから余計にねぇ。
「大した生まれでもないのに金ばかり積んで入り込んだ自分の分を弁えなさい」
「あぁ、そうだわ。あなた、クロノアを捜してきてトイレ掃除させておきなさい」
「え、こちらにもいらっしゃらないんですか? 神官長がお呼びなのですが」
若い神官は神官長の命令で私を捜しに来たという。
なんだろう?
神官以上に神官長は接点がない。
いや、一番長い付き合いなんだけどね。
あの人お貴族さますぎて私に興味ないんだよね。
「お部屋にいらっしゃらないし、この時間なら祈りの最中かと思ったのですが」
あ、そうだ。
誰か偉い人が亡くなったら巫女が形式的に祈りを捧げる。
それかも。
ここ最近そういう報せなかったし俗世の誰かに不幸があったのかもしれない。
私が考えてる間に、聖堂の中を歩く足音が立つ。
迷いの現れた歩みは、どうやら若い神官だ。
「え…………これ…………」
竦むように足音が止まる。
入り口辺りにいた女神官二人もやって来た。
「これって、巫女の服じゃ…………?」
あ、そうだよ。
私今もふもふ纏っただけの全裸だ。
つまり最初に薄暗かったのは服の中だったからか。
で、そこから抜け出したから服は置きっぱなしと。
「あら、クロノア消えたのね。案外もったほうなんじゃないの」
「え、消え?」
「寿命のない巫女は、時と共にこうやって消失するのよ」
女神官二人がなんでもないことのように言った。
いや、いるけどね。
消えてないけどね。
「もう、トイレ掃除させられないじゃない。なんでこんなタイミングで消えるのかしら。本当に最後まで役立たずなんだから」
「さっさと次捜させましょ。今度は男がいいわ。もちろん相応の地位を持って生まれた男」
「それもいいけれど怠惰な下働きが雑にしか掃除しないのをどれだけ耐えるかよ」
「いっそ、あいつらの家に申し立ててもっと使える奴らを回してもらったら?」
女神官二人は興味ない様子で聖堂の入り口に向かうのがわかった。
次、次かぁ。
確かに巫女は一つの神殿に一人。
けれどその一人が死ねば次の巫女が現われる。
それで国内で布告を出して神の恩寵を受けた者を見つけるんだよね。
私もそれで見つかった。
最初は金に困った羊飼いの妄言とか言われて、認められた時にはお父さん誇らしげだったなぁ。
「…………はぁ」
若い神官の溜め息が聖堂に響く。
まだいたみたいだ。
衣擦れの音はどうやら私の服を回収しているらしい。
「あいつらにとって、巫女は消耗品かよ」
誰もいないからこその本音が漏らされた。
その言葉を掻き消すように硬い音が床を打つ。
たぶん私が身に着けていた足輪。
巫女になってこの神殿に住む時につけられた物だ。
巫女が神殿を出ると引き戻す魔法の道具で、神の力を欲する不届き者への備えと聞いていたけど、結局一度も効果を発揮することなかったな。
「…………牢の中の罪人じゃあるまいに」
苦り切った声で若い神官が足輪を拾う。
「足枷つけて囲い込んだ末に、消えたいほどの気持ちにさせたまま弔いもなしなんてな」
若い神官もう一度溜め息を吐くと、聖堂を出るために動き出す。
…………そうか、足枷か。
気にしないようにしてたけど、確かに昔そう思ったことがある。
他の人もそう思ってたんだ。
なんかそうとわかったら、もふもふになったのも悪くない、うん、悪くない!
だってもう足枷はないんだ。
私は踏み台の下から這い出す。
ちょうど若い神官が聖堂から出るため背中を向けてるから、急いで走って神官が向かう方向とは逆の廊下へ飛び出した。
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