19話:困った時のもふ頼み
配達のお爺さんが来た翌日、フェルギスの屋敷にまたお客さんが来た。
今度は眼帯のおじさんだー。
うーん、見たことないくらいの悪人面。
人足も柄の悪そうな人いたけど、この人ほど本物感もなかったよね。
「こいつは山賊でも、盗賊でも、海賊でもなく魔術師ギルドのギルド長だ」
わー、今の魔術師ってこういうのが流行り?
「そんなわけないだろ」
フェルギスはまた台所で応対する。
なんか母屋の玄関ほぼ使ってないんだけど。
ギルド長はフェルギスの独り言にしか聞こえない言葉を無視して私を見てる。
そんなにもふのブラッシングが珍しいですか?
ちょうどブラッシング中に来たから、フェルギスが続行してるだけなんだけど。
私はフェルギスの膝の上でギルド長の顔を耳の裏からチラ見していた。
「…………はぁ、本当に毛玉だ。どっちが顔かわかるのか、あんた?」
「文句があるなら帰れ」
フェルギスそれはちょっと…………。
「しょうがねぇだろ。誰に聞いてもなんの動物かわからないっていうんだぞ」
それでみんな毛玉って言ったんだ?
うーん、否定できない。
「その上本当に意思疎通できてるんだな」
「魔獣じゃないぞ」
「いや、うーん。だが大の大人を蹴り殺しそうだったんだろ?」
殺さない、殺さない。
ちゃんと手加減したよ?
それに向こうは武器持ってたし!
正当防衛です!
「武器を持った相手に手加減して殺さなかったって言ってる」
「それ、魔獣じゃなくても相当ヤバいからな?」
え、そうなの?
見上げるフェルギスは気にしてないみたいだけど。
「うーん。言いたいことはいくらでもあるが、ともかく…………ちょっともふらせてくれ」
「駄目だ」
「即答かよ? いいじゃねぇか、さっきからそのお前の手の沈み具合見てるとすごくやわらかそうだし」
「許さん」
「少し! 一撫で!」
ふっふっふ!
お目が高い!
まさか見てるだけでこのもふもふボディの虜にさせてしまうとは!
は、私はなんて罪なもふもふになってしまったんだ!?
「あんたは馬鹿なこと言ってるな」
いやー、あの人触りたいって本気だったから。
攫われた時、完全に毛皮扱いだったし。
実はこのもふもふ価値があるのかなぁって。
「何言ってんだ。あんたの価値はそこじゃないだろ」
その割りにはすごくふわふわにブラッシングしてくれるよね。
フェルギスも実はもふもふの虜だよね。
「あのなぁ」
「おーい、俺の存在思い出してくれー。ご隠居の言うとおり二人の世界作るなって」
私の言葉がわからないギルド長が存在を主張してる。
ご隠居ってもしかして配達のお爺さんのことかな?
「まだ用か?」
「あんた、その白いのにはそれだけ甘くて、なんで人間相手だとそうなんだよ? そんなだから大魔法使いは怖いって言われるんだぞ? 腕はいいのによ」
お、フェルギス高評価?
それはお師匠として鼻が高いね。
毛に覆われててほとんど見えない鼻だけど。
「お師匠には劣る」
「巫女さまと比べる時点で間違いだろ」
あら、ギルド長はフェルギスの出生知ってるの?
「魔術師ギルドには神官試験受けたことある奴多いからな。知ってる奴は知ってる。昔は特に隠してもいなかったし。調べればわかる程度だぞ」
「なんだなんだ? 白いのは神殿に興味があるのか?」
私の言葉わからないギルド長が勘違いしたようだ。
「神殿はともかく、神官は碌なもんじゃないぞ。神に仕えてるプライドだかなんだか知らないが、魔法使いのことを勝手に神官にもなれない落伍者扱いだ。お前らの尻拭いしてるの誰だと思ってんだよ!」
あらー、鬱憤溜まってらっしゃる。
神官が偉そうなのって、時の神殿だけじゃないのかぁ。
「いや、時の神殿のほうが酷いぞ。他の神殿見る限り、そういう神官が一部いる程度だ。時の神殿みたいに全員がそうなわけじゃない」
「一部でもいるのが駄目だろ。神殿同士で勢力争いして信徒取り合ってるくせによ。俺らだって何処かの信徒だってんだ。神官だって言うなら信徒大事にしろ」
神殿の勢力争い?
記憶にないなぁ。
まぁ、争うほど他の神殿とも信徒とも関わりなかったからだろうけど。
「神殿に信徒が増えるとそれだけ布施も増えるし権威を示せる。そうなると国への影響力が出て、国政への声の通りが良くなるんだ」
「お、そんな難しい話までこの白いのはわかるのか? 結局何処の神殿も偉い奴らは貴族なんだよ。だから実家の威光を強めるために神殿の勢力も使うわけだ。わかる?」
わかるわかる。
それはわかる。
だって時の神殿、貴族ばっかりなんだもん。
敵対貴族の縁者が入って来た時とかもうバチバチ。
って、そういうことか。
一番お金と権力のある信徒を囲ってるのが時の神殿なんだ。
だから時の神殿では信徒を争って集めるなんてこと必要ないし、その分他の神殿はそういう人を少しでも自陣に入れようと取り合うんだね。
「ま、悪いことばっかじゃねぇよ? 人気取りのために盛大に祭開いて振る舞いもしてくれるしな。利益を示すために困りごと持ち込めば解決のために巫女に話を通してくれる」
もちろん先立つものはいるんでしょ?
「そういうのは布施や寄進、進物っていうんだ。直接の金じゃなくてもいい」
「お、わかってるな、白いの。人気取りだから無理な徴収はしないし、結果は出してくれるんだよ。なんせ神に直接物言える巫女さまがいるからな。ただなぁ、今年はどうもおかしい。上手くいかん」
もしかしてフェルギスが忙しい理由はそれ?
私がいなくなったせいで迷惑かかってるのかぁ。
「おい、そんな愚痴にいつまでつき合わせる気だ?」
フェルギスがギルド長に突っかかるように言った。
「いいだろ少しくらい。まぁ、即座の危険はない上に、相当賢いってのもわかったからギルドのほうから特に言うこともないけどよ」
「だったらさっさと仕事に戻れ」
フェルギスがぞんざいに手を振るけど、ギルド長は気にせず立つ。
「お前にしちゃずいぶんつき合ってくれたし、今日はこれくらいで帰ってやるよ」
普段どれだけ塩対応なの?
見送りもせずフェルギスは私を膝でブラッシングしてるのに。
もう少し人間関係大事にしようよ。
門の閉まる音を聞いて、フェルギスはちょっとすねたように呟いた。
「半世紀以上待ったんだ。あんたとゆっくりすること優先しててもいいだろ」
あらあら、そんなに経ってたのかぁ。
うーん、そう言われると私から言えることはないね。
ゆっくりフェルギスの気が済むまで、ブラッシングされておこうかな。
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