16話:怒もふ天を突く
「あぁ、あの仏頂面の大魔法使いさまか」
「いいんじゃねぇの? ペットじゃないなら一匹くらい売っぱらっても」
きゃー!?
私を売るの!?
これ完全に私誘拐されてるよね!
ひとさまの家にいる動物を勝手に持ち出すってお育ちが悪いよ!
ペットじゃないからいいとか、そんな問題じゃない!
って言っても私の言葉はフェルギスにしか通じない。
人足は私の抗議に気づかず勝手な話しを続ける。
「やめろって、魔法使いに恨まれたらどうするんだ?」
あら、細身の人足はいい人?
「うちの田舎には魔女の畑から野菜盗んで呪われたって奴がいてな」
「そんなの当たり前だろ。魔法使いの持ち物に手出すなら。けどこいつはペットじゃない」
「家畜かもしれないだろ!」
「こんな食いでもなさそうな奴がか?」
私を攫った人足は笑って流す。
二人のやり取りを見てた他の人足たちも好き勝手に言い合う。
「あの魔法使いいつもお高くとまって、大旦那以外とは話もしやがらねぇ」
「たっぷり稼いであのお屋敷買い込んだらしいし。家畜の一匹くらい目くじら立てねぇよ」
「けど、あそこ家畜なんていたか? 馬小屋も物置にしてあるよな」
「あれじゃねぇか? 実験動物。それか魔法使うための生贄」
「あー、やりそう。いつも顔隠して黒いフード被って陰気だもんな」
「一人寂しく動物相手にナニしてんだか」
「「「ぎゃはははは!」」」
下品な笑い声が小屋の中に満ちる。
これはちょっと私も怒るよ。
うちの弟子の悪口を師匠の前で言うとは、けしからん!
さっさとこんな所出てフェルギスに言いつけてやる!
「誰か鉈かなに持ってないか?」
へ…………?
「おいおい、毛皮にするなら血をつけるな」
「そうだぜ。そういう小さいのは絞め殺すんだ」
んん!?
「毛皮売ったことないなら下手に捌くなよ。価値が下がるだけだ」
「内臓入りでもいいから直接持って行ったほうがいいぞ」
な、に、を、優しくアドバイスしてるの!?
毛皮って殺さないと剥げないの?
羊は刈れば良かったけど、このもふもふ取るために私殺されるの!?
私の混乱なんて知らず、人足は仕事を終えた開放感からか好き勝手に話す。
「一人暮らしのくせに屋敷まで呼びつけるたぁ、お偉いもんだぜ。あいつは俺らみたいな生まれの低い奴らの苦労なんて何もわかってやしないんだ」
「畜生一匹掠めてとやかく言うようなら、懐の狭さを笑ってやれ! てめぇが飯食ってるのは俺らが汗水流して運んでやったからだってな!」
「こっちだっていい家に生まれてりゃ、あんなお屋敷で悠々自適に暮らせてんだ。この町では名の知れた奴みたいだが、どうせ神官崩れだろ」
「へ、王都にもいられない程度の腕でお屋敷持ちとはとんだ見栄っ張りだ! 適当に謝るかすごむかすれば、案外へっぴり腰で逃げ出すかもな」
聞くに堪えなくて、私は掴んでる人足を蹴り上げた。
ドボッと重い音がして人足が床を滑って行く。
突然のことに大声で笑っていた人足が口を閉じることも忘れて静まり返った。
けど今さら黙っても遅い!
もう帰ってはあげないんだからね!
親から捨てられたフェルギスの苦労を何もわかってないのはあなたたちのほうだ。
十歳で養い親の私からさえ引き離されて、貴族じゃないから神官にもなれなかった。
それでも私の教えた魔法の腕を磨いてあんなお屋敷手に入れて頑張ったフェルギスを笑うなんて私は許さない!
「…………や、やっぱり! 許しがなければ入れない魔法使いの屋敷にいたんだ! こいつ普通の動物じゃない!」
細身の人足が壁に背中をくっつけて叫ぶ。
途端に笑ってた人足が辺りにある椅子や燭台を掴んで私に向けた。
「くそ! 魔法使いめ、魔物なんか飼ってるのか!?」
「毛皮とか言ってる場合じゃないぞ! 殺せ!」
勝手に連れてきといて!
もう怒った!
ちょっと痛い目見てもらうから!
私は強く床を蹴って走る。
右に左に飛ぶように走っても人足は私を目で追うのがやっとで動けない。
私の接近で慌てて椅子を振り下ろした人足だけど、当たらないよう避ける。
振り下ろして私の姿を確認する無防備な脇腹に頭突きを入れた。
瞬間、椅子を持っていたはずの人足は壁に激突。
そのまま床にぐにゃりと倒れ込んだ。
「あ、あいては一匹だ! 囲め!」
「とんでもない力だ! 死にたくなきゃ殺れ!」
喧嘩売っておいて本当に失礼ね!
けど密集されると狙いにくい。
あ!? 誰!? 今私を切りつけようとした人!?
危ないでしょ!
ナイフを振り下ろす相手に私は小ささを生かして接近すると、下から顎へ頭突きを見舞う。
そのまま天井を突き破ってすぐに飛び降りると、手近な人足の頭に後ろ足の蹴りを入れた。
「ぎゃー!? なんだこの動き!? ぐえ!?」
「上から、違、下…………ぶぉ!?」
床から上に跳んで、天井から下に跳んで。
その間に人足に頭突きしたり蹴りを入れたりどんどん倒していく。
気づいた時には全員が床に倒れ込んで呻いてた。
しかも部屋の中ぼろぼろで、床にも天井にも穴開いてるし、壁もひび入っちゃってる。
案外家って脆いんだなぁ。
けどまだ私の怒りは収まらないよ!
一番フェルギスに酷いことを言った人を下にして、次に酷いことを言った人をどんどん重ねて行く。
呻き声や命乞いが聞こえるけど気にしない。
魔法も使って噛んだ相手をずるっと引き摺って、人間の山にぺい!
で、一番上に私を攫った人足を置いて、ふぅ…………おや?
「ここか!?」
叫んで扉を開けたのはフェルギスだった。
フェルギス聞いて! この人たち酷いの!
「こ、これは…………? あ、おい! 何があった!?」
配達のお爺さんが壁にぴったりくっついたまま震えてる細身の人足に怒鳴りつける。
その人以外は人間の小山に大変身してるから。
「ひぃ…………白い毛玉がズダダダダダダって、小屋が、揺れ、揺れ…………」
細身の人足はそう言って上下に指を振る。
私はその間にフェルギスに事の顛末を話しつつ再燃した怒りで足をダンダン踏む。
その度に足元から悲鳴が聞こえる気がするけど気にしない。
だってこの人たち酷いんだもん。
私の話を聞き終えたフェルギスは一度大きく息を吐き出し、私に向かって腕を伸ばした。
なので私は足の下の人足を蹴ってフェルギスの腕に飛び込む。
「よし、わかった。その一番上の奴が連れ出した犯人だ。そいつ〆る」
「待て待て! 魔法使い! 首を絞めると言っているようにしか聞こえん! 盗みは罪だが殺人はさすがにまずい!」
私を片手に抱えるフェルギスを、配達のお爺さんが全力で止めことになったのだった。
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