15話:もふにも衣装
「いや、あんたも本来人間だから」
きゃー、独り言に答えないでよフェルギス。
っていうか二階いたのになんで台所にいるの?
いつの間にか背後にいたフェルギスに聞くと、台所にある階段を指した。
「音がして、二階の窓から見えたから。ここ二階も母屋と繋がってるんだよ」
そう言いながらフェルギスは門の正面にある台所の外扉に手をかけた。
「必要物資の配達を町の商家に頼んでるんだ。あの一番前にいる爺さんが商家の奴。他の若いのは人足だろうけど、今日は見ない顔が多いな」
フェルギスが台所から出ると、配達のお爺さんが気さくに片手を挙げた。
「やぁ、大魔法使い。冬籠りの間に凍死してなくて何よりだ」
「減らず口を叩くな。…………それで、今日は見ない顔が多いんだな」
フェルギス、口悪いよ。
私の言葉がわかるフェルギスはばつが悪そうに話題を変える。
配達のお爺さんは肩越しに荷車から荷物を降ろす人足を見た。
「春になってから神殿への願いが上手く作用しなかったのは聞いてるか?」
「あぁ、魔術師ギルドからその対応のために依頼が回って来た」
「あいつらはその地域の出でな。もう種まきしても遅いと早めに見切りをつけて今年は町で出稼ぎをすることにした奴らさ」
「損切が早いのか拙速なんだか」
「さぁて。わしの見立てでは悪くない判断だと思っているがね」
「…………また仕事が増えるのか」
「いや、神殿の尻拭いが増えるかは知らん。だが、山のほうの商人が地元の奴らが今年は夏が熱くならないかもしれないと言っていたと聞いてな」
「夏が過ごしやすくなるならいいことじゃないのか?」
「まさか。山の雪がどうとか言っていたらしいが、どんな理由で夏が熱くならないにしても、作物にとっちゃ悪い話だ」
「そういうものか」
「大魔法使いとして農業に関わる割に、経験がないからわからんか。夏の暑さでこそ育つ作物もあるのさ」
お爺さんはフェルギスの疎さを笑う。
けどフェルギスに気を悪くした様子はない。
どうやらこれくらいの軽口を言い合うくらい仲良しの相手のようだ。
「で、それはペットか?」
配達のお爺さん私を見てそう聞いた。
フェルギスは台所から出て来た私に顔を顰める。
「違う」
そして即否定。
うん、ペットではないです!
フェルギスのお師匠です!
「なんの動物だ? いや、動物か? 魔法でモップの先を動かしてるわけじゃなかろう?」
ありゃ?
通じないみたい。
フェルギスはわかるのになぁ。
うーん、やっぱり通じるフェルギスのほうが特殊例か。
そんな気はしてたけど。
「放っておけば害はない。そろそろ無駄話をやめて仕事しろ」
「はいはい。お前さん本当に腕はいいのに社交性というもんが」
「何度言うんだそれ」
あはは、仲良し。
配達のお爺さんは人足を指示して台所の斜向かいにある建物に荷物を運び入れる。
入ったことあるけど本来はたぶん馬小屋とかに使う場所だろうな。
二階に住居スペースがあって、一部は貯蔵庫っぽい空間がある二階立ての建物だ。
たぶん使用人用の部屋だと思う。
「ついでだから注文聞いとこうか?」
「いや、また魔術師ギルドから呼び出されるだろうからその時でいい」
「魔術師ギルドのほうにウェアウルフに関する情報求めたそうじゃないか」
「なんで知ってるんだ。ギルドマスターのくせにあいつ口が軽すぎだろ」
「なに、魔法使いと商売してるんだ。向こうもお前さんの研究に興味津々なんだよ」
フェルギスほっといてくれと言わんばかりに顔顰めてる。
うんうん、仲良しがいるっていいね。
私は少し離れて様子を見てようかな。
あとウェアウルフって人間から獣になる魔物のことだよね?
もしかして私のこと調べようとして?
たぶん魔物ではないと思うんだけどなぁ。
あ、わー、荷車だ。
羊飼いは手押し車も買えないくらい貧乏って言われた記憶があるなぁ。
貴族ばかりの神官がそんなこと知ってるわけないし、神殿に引き取られる前に言われたのかな?
神殿を出てから、ずいぶん昔のことなんかを思い出す。
この草の千切れた匂いとか、放牧地の匂いに似てるなぁ。
なんて思ってたら突然体が浮いた。
そして何処かにポイっと降ろされ辺りが真っ暗になる。
「よーし、それじゃ出るぞ。全員いるな? 魔法使いの家に残るなんて命知らずは残す家族への遺言ちゃんとして行けよ」
配達のお爺さんの軽口で人足が笑う声が何かを隔てて聞こえる。
そして足元からの震動で思わず身を硬くした。
え? え?
この震動ってもしかして荷車?
ゴロゴロ言ってるし、車輪の音だよね。
なんで? どうして?
混乱している内にどんどん知らない音が増える。
薄っすらとした視界でわかるのは、ここがそこまで広くないこと。
そして立ち上がっても届かない何かの底であること。
あ!
私もしかして誘拐されてる!?
そんな結論に辿り着いた時には、荷車は止まってた。
「荷車は片づける前に点検をしておくように。箱や樽も所定の場所に置いておけ」
配達のお爺さんの声が遠ざかっていく。
辺りは色んな人の足音と話し声がしてるけど、ここ何処だろう?
っていうか、底が丸いしたぶんここ樽の中だ。
後ろ足で立ち上がって足を突けば、微妙に湾曲してるのがわかる。
そう気づいた途端蓋が開いた。
見上げると太い指が迫ってる。
避け…………ようがないよ、この狭さ。
出してくれるだけましかな?
いや、でも誘拐だし。
あれ? 何かの間違いで私を入れたとか?
うん、ありえないか。
私のこのもふ姿何と見間違うっていうんだ。
ともかく大人しく出されるか。
もう、掴み方が乱暴だなぁ。
絶対抗議してやる。
「え!? おい、お前そいつ」
「おう、あの魔法使いとかいう奴の屋敷にいたから」
樽から出された私に驚く細身の男と、私を取り出した肩幅のある男がそんな会話をする。
うん、フェルギスの家に来た人足だ。
「なんで連れて来たんだよ!?」
「なんでって、いたから」
「はぁ!? 魔法使いのだろ!?」
「けどペットじゃねぇってよ」
私を片手で掴んだまま二人は何処かの小屋のような場所へ歩き出す。
中には人足らしい男たちがたむろしてた。
「おう、どうした? なんだそれ?」
「さぁ? けど珍しいしこんな白い毛皮そうないだろ?」
「そりゃそうだが、少なくないか」
「珍しいんだ。いいだろ」
うん? ちょっと待って!
今私のこと毛皮って言った!?
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