14話:春眠もふを覚えず
春の陽気は気持ちいね。
けどどうやらこのもふの体、日差しは苦手みたい。
眩しいの嫌だから垂れた耳でガードしてるけど、薄暗いところのほうが落ち着く。
夜は人間よりしっかり見通せるからもしかして夜行性なのかな。
普通に夜寝てるから昼に起きてるの苦じゃないんだけど。
温かいようなひんやりするような木陰がいいなー。
あんまり気持ちよくて横倒しになって寝てたらフェルギスに心配されたっけ。
死んでるかと思ったって。
野生動物そんなことしないもんね。
けど私、野性じゃないんだよね!
うん、眠い。
春だし、風もいい感じだし、これは寝るよね。
丸くなってすぴすぴ。
…………すぴすぴ。
すぴ…………いい匂いがする?
食欲をそそる匂いだ。
あ、口元に何か当たるのはいい匂いの元だね。
わーい、これは美味しいもの。
ぱりぱりぱりぱりぱり。
「…………ぶふ!」
は!?
びっくりした!
今の音なに!?
あれ、フェルギスどうしたの?
なんで腕で顔を覆うような変な恰好してるの?
震えてるよ?
うあ? 口の中が美味しい。
なんか草食べてる、私?
草の匂いがフェルギスの手からもするんだけど?
「ね、寝てて、口にやったら、寝たまま、食べ…………くく!」
きゃー!
乙女の眠りを襲うなんて破廉恥!
「ぐふ!?」
跳んで毛に覆われた頭でフェルギスのお腹に頭突きを見舞う。
手加減してるから衝撃だけだろうけどね。
そしてフェルギスのお腹から跳ね返って着地。
すごいね、私の毛!
衝撃吸収バッチリ!
「近づいても起きないからちょっと悪戯しただけだろ」
不満そうだけど口が笑ってるよ、フェルくん。
私に悪戯してる暇あるの?
お仕事はどうしたの?
フェルギスは春になってから魔術師ギルドの依頼を受けている。
そのほとんどが神の力の調整だそうだ。
つまり広範囲に渡る自然への干渉で、一朝一夕にできることじゃない。
「ちょっと一休みだよ。ついでに新しい花壇の様子見に来たら、お師匠が全然気づかず寝てるから」
ここはフェルギスのお屋敷の神像のある中庭。
私専用の花壇を見に来たらしい。
最近分かったことは、あんまり育てすぎると背が高くなって私が食べられないこと。
籠に乗って飛べばいいんだけど、身を乗り出すと安定感がねぇ。
だから水盆の水は種を撒いてすぐ、枯れないようにする時だけに決めた。
「はぁ、繁殖力強いハーブ植えたはずなのに。ほぼ葉っぱ失くして枯れかけてるのが幾つもあるな」
いやー、美味しくってつい。
「花のつぼみまで食べてるのは?」
食べてみたらおいしかったです!
「もういっそ茎も食えよ」
食べてみた結果、根っこのほうがおいしかったです!
「たまに顔の周りに泥ついてるのそういうことか。今寝てるそこもへこんでるのは自分で掘ったのか?」
うん、寝やすいようにね。
掘ったほうが土柔らかいし、ひんやりしていい感じ。
足の裏までもふもふだけど爪はちゃんとあるんだ。
そして穴掘りには向いてるらしくばりばり掘れるんだよ。
ただ爪の間に入る土を綺麗にしておかないと気持ち悪い感じがする。
土塗れで屋敷に入るのも困るしね。
フェルギスが屈んで私の掘った穴に手を入れる。
「感じられるくらいに掘った部分は冷えてるな。あんた、寒さには強いけど暑さに弱いのか?」
そう言われればそうかも?
まだ春なのに、今の時点でひんやりが心地いいとそうだろうね。
「足を自分で拭いたり水洗いしたりは魔法でできるけど、毛はどうしたもんか」
フェルギスがそう考え事を口にしながら私を撫でる。
もちろん気持ちいいから大人しく撫でられますよ。
「換毛もまだみたいだし、夏の対処考えないとな。屋敷の地下に籠るか? 俺の実験道具荒らさないならだけど」
荒らしてないよー。
ちょっと興味があったから机に飛び乗っただけだよー。
「それで危うく天秤落としかけたのは?」
私です、ごめんなさい!
この屋敷の地下には古い台所とランドリーがある。
ランドリーは使ってるけど台所は別棟に新しくあるから使ってない。
それをフェルギスは実験場所として活用してた。
火と水の両方使えるからちょうどいいんだって。
「さて、俺は仕事に戻るか。お師匠、寝るの邪魔して悪かったな」
いいよー。
頑張ってね。
なんか起きたし室内に移動しよう。
すでに屋敷の出入り口には私専用の足洗い場が用意されているのだ。
水の入った桶に足をいれてバシャバシャ。
そして魔法で乾かしながら足ふきの上を踏み踏み。
さて、フェルギスは階段で二階に上がったらしい。
温室に使ってる談話室の吹き抜けから、書斎に向かう姿が見える。
お仕事の邪魔しないように、私は居間で魔術書の続きでも読もうかな。
そう思って居間に入った時、金属音がした。
方向は台所?
うーん、もっと外かな?
何の音だろう?
行ってみよう!
食堂の配膳室から別棟の台所へと私は入り込む。
ふむ、台所に異変はなし。
けど台所の外からは音がするね。
私は魔法の籠に乗って浮遊した。
そして窓際の作業台に乗ると、ちょうどお屋敷の搬入口が外から開いて荷車が入ってくるところが見える。
え!? うわ!
フェルギス以外の人間だ!
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