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13話:カリオ1

「まだ見つからないのか? そんな役立たずに誉れ高き神官を名乗る資格があると思っているのだとすれば、己の浅慮を恥じるべきだ」


 疲れて報告に戻ったら投げつけられるこの言葉。

 相手が上位の神官どころか、この神殿で最も位の高い神官長では返す言葉もない。


 けど俺一人に丸投げしておいて偉そうにするな!

 国内の人間の中からただ一人の巫女を捜せなんてそもそも無理なんだよ!

 …………と言いたい言葉くらいある。


「神官長、その件についてご報告に上がりました」

「聞こう。第六位、それで? 未だクロノアさまは見つからんのか?」


 俺の名前はカリオだ。

 この権威主義者の神殿長名前覚える気ないな。


 だいたい自分は何もしないで神域に引き篭もってるくせに、三百年近くも前に巫女を見つけたやり方さえ把握してないなんて。

 それを俺一人でどうにかしろってのが間違ってるんだよ。


「先代の巫女クロノアの出生地へ赴きましたが、すでに親族は絶えており、どのようにして巫女が選出されたかは不明のままです」

「そんなことはどうでもいい。見つけ方を聞いたわけがないだろう。クロノアさまの不在がどれだけ重大事かわかっていないようだな」


 重大だろうがなんだろうが見つからないもんは見つからないんだよ。

 そんなに見つけたいなら神官総出で国内捜せよ。

 下働きさえ神殿から離れたがらないせいで人手が足りないんだこっちは。


「全く。在位十周年の記念式典があったのに。何故今。気の利かない」


 本音漏れてるぞ、神官長。

 だいたいその話する前に消えてるんだから気を利かしようもないだろ。


 悔いるなら消えたいと願うほど巫女を放置して見下してたことじゃないのか?


 俺はここに務めて六年経つ一番の下っ端だ。

 伝手や金を使いここに必死で入れてくれた親には悪いけど、碌なところじゃないことしか学んでない。

 巫女への接し方や神官としての心構えなんて教わったこともないんだ。


「クロノアさまがいない今、無駄な人員を神域に置いておく必要もないんだがね」


 つまり新しい巫女見つけないと首切るぞって?

 そんなことしても見つからないことには変わりないってのに。

 だいたい本気なら神官長自身が率先して捜すべきだ。


 それをせずに非効率なのに俺を外から一々呼びつけて嫌みで圧力かける。

 そんなことしても巫女は見つからないだろ。


「神官長、先代巫女の部屋を調べさせてはいただけませんか? あそこには歴代の巫女の記録が納められているとか。何か記録が混ざり込んでいる可能性も」


 クロノアの日記でもあればいいんだけどな。

 日記の盗み読みなんて申し訳ないが、こちらも親の手前追い出されるわけにはいかない。

 どうやって神殿に来たか、見つけられたかが知りたいんだ。


「神の恩寵に浴していたいなどと浅はかに知恵を巡らせるな」

「決してそのようなことは」


 あんたらと一緒にするな!


 巫女捜しの合間に、他の神殿なら死ぬ前に巫女が神託を残すことがあると聞いた。

 目に見えて衰えているなら、神殿が信徒に呼びかけて数年かけて捜すこともできる。

 けどクロノアは前触れもなく消えた。


 これが時の巫女の最期として当たり前だというなら、次の巫女の選定に関して事前に打ち合わせておくべきだったんじゃないか?

 本当にこれは俺だけが悪いのか?

 そんなはずはない!


「先代巫女の出自について、私は何も知らないのです。今回出身地と羊飼いの出であると聞きましたが、捜しだした生家は少なくとも二百年ほど前には人が住まなくなっていたと」


 大雑把に地名と羊飼いだったということだけ聞いて、よくも生家見つけられたと自分でも思う。

 だいたい王朝変わったせいで治めていた一族が変わってるから、当時の記録も散逸してた。

 しかも先代巫女は王朝どころか国自体が今の名前とは違う頃の生まれ。

 そんな昔の記録はほとんど破棄された後だ。残ってるわけない。


 土地の者がうっすらと巫女が生まれた家というものを口伝していてくれたおかげでわかったのだって奇跡的だろう。


「これだから下賤は無駄に口数ばかり多い…………」


 おいおい。

 あんたらが必死になってしがみつくこの神殿、本来は巫女が神と交信する場だろう。

 俗世にいた時には他所の神官は建前でも品行方正を心がけてたのに。

 ここは閉鎖的で貴族意識さえ捨てないでよく神官名乗れるな。


 神域から出るのも昔の知り合いに若さ自慢して生家でちやほやされるためだし、巫女だってさすがに消耗品扱いに嫌気がさしたんだろうぜ。

 次の巫女が先代ほど忍耐強いとは限らないし、少しは改めないとまたすぐに巫女消えちまいますよ。


 なんて…………言いたいことも言えねぇ。

 やっぱりここいたくないなぁ。


「致し方ない。私自ら陛下に捜索を申し出てやろう」


 なんで俺が睨まれるんだよ。

 あ、ありがたがれって?

 それあんたの職務の内だろうに。


 口だけでいいなら言ってやるけどな。


「寛大なお言葉ありがとうございます。非力な己を悔いることしかできませんが、どうかよろしくお願いいたします」

「今からすぐに王都へ発ち調整をせよ」


 結局外で駆けずり回るの俺かよ!

 こいつ俺が報告持ってくるまで神域でない気だな。


 もう百過ぎてるのにまだ生に執着する気持ち捨てられないのかよ。

 神官として欲得ずくすぎないか?

 もう威張れるほどの若さもなくなってるんだからさっさとその椅子次に譲れよ。


「太陽神殿にも巫女捜索のために神託を受けられるよう手を回せ」

「…………寄進については?」

「国を守る巫女さまを捜すこの重大事を前に金の心配だと?」

「申し訳ございません」


 おい、まさか俺の金でやれって!?

 ふざけるなよ!

 散々賄賂もらって膨れてるくせに!

 見た目痩せぎすの老人のくせに!


 欲でぎらっぎらじゃねぇか!

 本当に重大事だと思ってるなら神託のための金くらい気前よく払えよ!

 もしくは経費で落とせ!

 他より多く払わないとすぐには太陽の巫女の神託なんて受けられないんだぞ!

 神託何年待ちだと思ってんだ!?


「言葉ではなく行動で示せ。口先だけの無能など私の下にはいらない」

「は…………!」


 俺は吐き出せない思いを胸に抱えて部屋を出る。

 そのまま神殿の出口へ向かうしかない。


 くそ! こんな辺鄙なところ戻って来てすぐに出なきゃいけないなんて!

 また近くの村まで送る下働きにぶつくさ言われるじゃないか!

 他人に丸投げするくらいなら十分な物資や資金くらい寄越せ!


「まず近くの村まで急いで戻らないと日が暮れる。それから…………」


 通りすぎようとした廊下の向こうを、俺は習い性で見る。

 そこは巫女クロノアが祈りに向かうために通っていた廊下が見える場所。

 けれど今はもう誰も通らない。


 ちょっと気になって俺は行先を変えた。

 あの日、巫女クロノアの消失直後に立ち会ったのは偶然だけど、拾い上げた衣服にはまだ人肌の名残があったのを覚えてる。


「急に消えたのと同じように、急に現れたり…………するわけないか」


 聖堂の扉を開けて入ってみると時が止まったようだった。

 実際ここに時の移ろいを実感できる変化なんて、生きて動いている俺たちがいてこその変化しかない。


「中は埃も積もらない、か。外の扉にはうっすらあった。そう考えると、誰もあれから来てないのか」


 いいのか? 何人も神官いるのに誰一人神に祈ってないって。

 季節変わってんだぞ?


「いや、俺も神官か。…………聖句を読むくらいはしておいたほうがいいかな」


 俺は祈りの所作をして一説を暗唱すると、時間に追われるように神殿を後にした。


一週間二話更新

次回:春眠もふを覚えず

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