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5話 腐れ縁と猫アレルギー

 その日の夜、僕は不思議な夢を見た。


 夢の中に奈冬が出てきて、猫用のエサ皿を持ちながらずっとこういうのだ。


「今日の朝ごはんはなに?」と。


 まだ僕が春樹で、奈冬が生きてる時、朝食は僕が作ることが多かった。


 奈冬は朝が弱かったんだ。


 目玉焼きだったり、焼き鮭だったり、ウインナーやベーコンの焼いたものに加えて生野菜を添えたりして、よく出してあげた。


 奈冬が好きだったのは、焼き鮭とぶなしめじの入ったみそ汁のコンビ。それから好きなのはトーストじゃなく、白ごはんだった。


 どれもこれも懐かしい思い出だ。


 だから、朝ごはんに何が出てくるのか、それを聞いてくるのはまだギリギリわかるんだけど、なんでよりにもよって猫用のエサ皿を持ってそんなことを言ってきたんだろう。


 僕の中で、拾った黒猫のことと奈冬のこととがどこか混同してしまっているのかもしれない。


 それはそれで、なんというか複雑な気分だった。


 この夢のことを奈冬に話してあげたら、「何それ」と笑われてしまいそう。


 ほんと、何それだよな。僕自身笑ってしまうよ。


 ――と、そんな訳の分からない夢から覚め、僕は朝を迎えた。


 すぐそこには、既に起きている黒猫が今日も元気に「にゃあ」と鳴いてくれる。


 そして、そんな可愛らしい猫の足元には、ご丁寧にエサ皿が置かれていた。


 それを見て、「あ」と声を漏らした刹那だ。


「いっきしっ!」


 くしゃみが出た。


「ふぁっくしゅ! ぶっくしゅ! あ、あれ? うぃっくしっ!」


 別に寒かったとか、そういうわけじゃない。


 今は十月の始め辺りで、気候的にも結構過ごしやすい時期だ。布団もちゃんとかぶってた。


 なのにこれである。


「……おかしいな。気付かないうちにどっかで風邪もらってたとかか……?」


 猫も僕が首を傾げるのと同時に、不思議そうに首を傾げてくれる。謎の症状だ。


「うーん……まあいっか。てか、ごめんな。昨日の夜、買ったやつあげるの忘れてたよな。急いで準備するよ」


「……んにゃあ」


 なんかちょっとご機嫌斜めな気がした。


 もちろんこれは僕の推測でしかないけど。猫に細かい感情があるのかはわからない。


 まあ、とにかく急いでエサの準備をした。


 今日はこれから大学だし、僕自身簡単に朝食を済ませて出ていかなければならない。


 その間猫を部屋に一人にさせてしまうわけだけど……大丈夫だろうか?


 一抹の不安を覚えつつ、僕は動くのだった。



「それでお前はソワソワしながら服に猫の毛を付けてるってことか。なるほどな」


 ズズーとうどんをすすり、そしゃくしながら対面して座る男を見やった。


 ここは学食。時は昼休み。


 ざわついた場所ではあるものの、その声は穏やかで低いくせに耳へしっかり届く。


 彼もそれがわかっているんだろう。うるさいのに、反応の悪い僕へ向かって二度同じことを言おうとせず、カツ丼のカツを口元へやる。


 僕はため息をつき、口を開いた。


「……別にソワソワはしてない。猫の毛を付けてるってのは……否定できないけど」


 言いながら、目についた一本をつまんで適当に捨てる。


「じゃあなんでそんなどうでもいいことを俺に相談してくる? 猫の一匹や二匹、家に置いておいても奴らは勝手にどうにかするだろ。エサも授業の合間にやりに帰ったんだろ?」


「それはそうだけど……こう、なんていうか、住み始めたばっかりだし、僕がいない間に何かトラブルに見舞われたりしてないかとか、そういうのが心配で……」


 言うと、彼はため息をつく。


「気にしすぎだろ。お前は昔からそうだ。気にしすぎの妄想家。存在もしないような空想の中の女を追って生きてるところあるし、極端に言えば気持ち悪い」


「ひどいな! 別に空想ってわけじゃ――」


「じゃあ変なことで一々ソワソワするな。心配性なのはいいけど、お前のは度が過ぎてるって言ってんだよ久住。落ち着け」


「く、くそぉ……」


 言い返そうかと思ったけど、この男――夏田勇成なつだゆうせいに僕が勝てる見込みは一ミリたりともなかったからやめた。


 不愛想で、気だるげな雰囲気は高校の頃から変わらず、また、的確に物事の核心を突くのも上手い僕の唯一の腐れ縁的友人だ。


 こいつには奈冬のことは言ってある。


 何がキッカケだったかは忘れたけど、あくまで冗談っぽく、アニメの中のキャラクターを愛でるみたいにして言ったのだけは覚えてる。


 だから、こうしてバカにされるのはある種仕方のないことだし、僕自身そこにモヤついた思いを抱くことはない。


 親以外で、生きてる中で一番信頼できる存在。


 そんな奴に妻を紹介するみたいにして言ってみただけだ。ただそれだけだった。


「まあ、あれだ。また今度お前ん家には行く。猫の世話のやり方とか、一応親戚が猫飼ってたし、ある程度は知ってるからな」


「え、そうなの? それすごい助かるよ」


「ああ。だからさっきお前の言ってた、朝からやけにくしゃみが出るってやつだけど、その原因もなんとなくわかる」


「う、嘘!? ほんとに!?」


「ほんと。要するに猫アレルギーなんだよ。くしゃみだけなら軽い方だろうけどな」


「えぇぇ!?」


 普通にショックだった。


 せっかく飼い始めたばっかりだってのに、猫アレルギーだなんて。


「そういうわけだ。とりあえず俺はそろそろ三限に向かう。久住はどうする?」


「あ、あぁ……。僕はまた空きコマだし、やることもないからアパートに戻ろうかと思ってるけど」


「了解。暇なんなら、たまにはオカ研にも顔出してやってくれ。成美が喜ぶ」


「あぁ。はいはい」


「んじゃあな」


 僕たちはそこで別れた。


 勇成の言う通りオカ研に顔を出そうか、一瞬本気で悩んだけど、とりあえずはやめておく。


 食べ終えたうどんの椀をトレーごと持ち、歩き出すのだった。


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