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3話 懐かしくて、人懐っこい

「……猫……? しかも、野良だよな……?」


 夜。暇になったところで、僕の部屋の窓を叩く黒猫に遭遇した。


 しかもどうやら見た感じ野良っぽい。首輪とか鈴とか、そういった類のものをまるで付けていないし、毛並みも悪く、体も汚れてる。


 都会の方じゃ野良猫なんてほとんど見たことがなかったし、すごく新鮮な感じだった。とりあえず窓を開けてやる。


「んにゃぁ~」


「んにゃぁ~じゃないよ。どうしたの? お腹でも空いてるのか?」


「にゃあ~」


 問いかけに答えてくれるはずもなかったけど、野良黒猫は軽く差し出していた僕の手をペロペロと舐め始めた。犬みたいだ。


「……そうか。よくよく考えたらさっきツナ缶食べたからな。その匂いに釣られてやって来たとか?」


「ごろごろ……」


 もはや独り言である。


 けど、野良猫って基本的にお腹を空かせてるみたいなことを聞いたことがあるし、猫といえば魚、ツナ缶みたいなところがある。


 窓は……開けてなかったけど、動物の嗅覚なんて人間より強いし、どこからか漏れてた匂いを嗅ぎ分けてきたんだろう。


 ……って、それは犬か。やっぱこの猫、犬っぽいな。


「お前、どこから来たんだ? 帰る場所とかあるのか?」


 撫でてやりながら、無駄だとわかりつつも話しかける。


「んにゃ~」


 やっぱり無駄。


 それでも次から次へと僕は猫に話しかけていく。


 ずっと一人だったから、その反動が来てるのかもしれない。誰かが見てたら相当ヤバい絵面だと思う。


「それでな、僕もたまには肉でも食べようかって思ったんだけど、財布見たらお金が無くてさ。結局今日はキムチに納豆だよ。バイトの給料日ももう少しだし、仕方ないといえば仕方ないんだけど」


「にゃ……」


「? どうした?」


「にゃあ!」


「えっ? あっ、おい、ちょっ、引っ張るなってば」


 ペラペラと一方的に喋っていると、黒猫は突然僕の服の袖に爪を引っ掛けたりしてくる。


 そして――


「あっ!」


 ぴょんとその場からジャンプし、部屋の中へと入る。


 そこからサーっと奥の方へ走って行った。


 僕もすぐさま猫の後を追いかける。


 行き着いた先は風呂場だ。


 面白い光景だった。


 貯められてない浴槽の中に収まり、ちょこんとその場に座って、僕を見上げつつにゃーにゃー鳴く黒猫。


 水を浴びたいからシャワーを出せということなのだろう。


 憶測でしかないけど、そうとしか思えない。


 けど、そういう風に考え出したら自然と笑みがこぼれた。


「なんかお前、猫っぽくないな。水とか、大丈夫なのか?」


「にゃー」


 大丈夫だ。いいから早く暖かい湯を出せ!


 そんなところか?


「ははっ。わかったよ。じゃあちょっとそこで大人しくしててくれ。準備して来るから」


「んにゃ」


「いい? 絶対に大人しくだからなー?」


「にゃーにゃー」


「わかってるわかってる。ちょっと待ってろって」


 言って、僕は小走りで部屋の中を駆ける。


 そしてスマホを取り出し、猫を風呂に入れる際の注意事項などを軽く調べ、タオルを持ち、再び風呂場の方へと戻る。


 何というか、久しぶりだ。


 こんなにも誰かに尽くそうとするのは。


 相手は猫だけど、突然の訪問者は初めて会った存在だと思えなかった。


「にゃあ~! んにゃー!」


「はいはい! ちょっと待ってろー?」


 猫がご所望だったのは、やっぱり体を洗うことだった。


 シャワーだと威力が強いから、ぬるめの湯を浅く浴槽に貯め、そこでパシャパシャと手で優しく洗ってあげる。


 猫は気持ちよさそうに鳴いた。



 ブォォォォ~……。


 部屋にドライヤーの音が響く。


「どうだー? 気持ちよかったかー?」


「にゃ~」


「はは。相変わらずお前は人懐こいな。普通こんな感じでわしゃわしゃしたら引っ掻くもんなんじゃないか? 猫であり、猫にあらず、だな」


「にゃにゃ~」


 僕の言葉に何か返してくれてるみたいだけど、よくわからない。


 でも、その姿がどうにも可愛くて、頬が緩む。頭を撫で、顎下をこしこしと掻いてやった。


「さてと。じゃあ僕も風呂入ったし、そろそろ寝るか。お前は――」


「……にゃ」


「……帰る場所、ほんとにないのか?」


「にゃぁ……」


 鳴きながら、またしても頬を摺り寄せてくる。


 肯定と捉えてもよさそうだった。


「……仕方ないな。じゃあ、とりあえず今日だけな? 明日、お前がほんとに野良なのか確認しに行くよ」


「にゃ!」


「ははっ。ああもう、くすぐったいってば」


「んにゃぁ~」


 寝転ぶ僕の頬に、猫はまた自らの頬を寄せてきた。


 僕はそんな猫を抱き寄せる。


 猫からはお日様の香りがした。


 優しくて、なんだか懐かしい、そんな香りだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分から、洗えという猫さん。 これは、かなり珍しいのではないでしょうか? 続きが気になります。
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