手紙
「おお、懐かしいな。電話とかじゃなくて手紙ってのがあいつらしいや」
【……お元気ですか。あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのでしょう】
「え、嘘だろ……」
【冗談です。一度書いてみたかっただけです。私はピンピンしてます】
「ホッ」
【私があなたといた地元から引っ越してもう2年が経ちました。こちらでの生活もだいぶ落ち着き……という訳でもなく、受験生になったので毎日勉強に忙殺されそうです。】
「……そっか、頑張ってんだな」
【と言っても、実はまだ進路を決めていません。この手紙が届く頃にもまだでしょう。これはホントです】
「……」
【あなたはもう、決めてしまったでしょうか】
「いや、まだ6月だぞ」
【受験勉強をしてると、中3の時を思い出します。まだ、引っ越しの話も無く、二人とも同じ高校に行くつもりで一緒に勉強しましたよね】
「……そうだったな」
【引っ越し先の高校に行くことを決め、私が推薦で合格を決めたあとも嫌な顔一つせず一緒に勉強することを黙って許してくれたのは嬉しかったです】
「それはこっちのセリフだろうがよ」
【あの時、仲の良い人と別れなければいけない寂しさと、知らない場所で生活する事の不安に押し潰されそうだった私にとって、あなたとの勉強する時間は唯一の安らぎでした】
「……」
【正直に言うと、私は勉強するふりをしてずっとあなたが問題を解く姿を盗み見してました。こんな事、普通書いたら気持ち悪いかなと思ったけど、あなたは私が見ているのに気付かないフリをしてくれていたので書きました】
「あのせいで全然集中できんかったな。ていうかフリ、バレてたんだ?」
【私が見ているのに気づいている時は全然解けていなかったけど、それ以外では一生懸命勉強していたのを知っています】
「はっ……」
【あなたのことだから、気にするなって言うかもしれないけど、謝ります。ごめんなさい。同じ高校に行こうって約束したのに、その為に頑張ってくれてたのに】
「っ……!」
【クラスの人から聞きました。そこに合格して通っているそうですね】
「……」
【聞いたのは、引っ越しが終わってすぐの時です】
「ならなんで……」
【聞いたとき、あなたが合格して嬉しいと思うと同時に怖くなりました。あなたがどんな思いで、そこに行く事を決めたのか分からず、もしかして、私を恨んでるじゃないかなんて思ってしまって、『おめでとう』の一言も贈ることができず、私と行くはずだった高校で一人で過ごしているあなたの気持ちを考えると、裏切った私には何も言う資格がないんじゃないかとも思う事もあり、タイミングを逃し続けてここまで来てしまいました】
「何も気にすることなんて……」
それを、言ってくれれば。それだけで、良かったのに。
そこからは、彼女の高校生活について淡々と書かれていた。
極めて冷静に、簡潔に。
それでも、楽しかったのであろう事は伝わってきた。
【充実した生活でしたが、時々、あなたとの高校生活を夢想することがあります。もし、あのまま引っ越しをしなければ、私達はどうなっていたでしょうか? 付き合っちゃったり、してたんでしょうか、なんて】
知るかよ。なかったこと考えたってしょうがないだろうが。そんなのいくら考えたって、お前が来てくれる訳じゃねえんだ。
【そちらは、高校生活は順調でしたか? 楽しかったですか? そうだったら、とても嬉しいです。でも、彼女出来ちゃったりしてたら、ちょっと複雑かも?】
はっ、いる訳ねえだろ。誰も彼も、近づいてくんのは最初だけだ。
畜生、さっきから声がでねぇ、なんでだ。文字も滲んで読み辛え。
手紙は最後にこう締め括られていた。
【……この手紙を書こうと思ったのは、また昔のようにあなたと話したいと思ったからです。でもいきなり電話とかだと、きっと何も話せないから手紙にしました。もしあなたが良ければ、お返事ください。待ってます】
もう、限界だった。
俺は手紙を最後まで読み終わると同時に部屋から飛び出して母のもとに向かった。
母とあいつの親は仲が良く、時々連絡を取り合っているのを知っていたからだ。
母は俺の顔を見た途端に携帯を渡してきた。見るとすでに連絡先があいつの母親になっていた。
俺に手紙が来たのを報せたのは母だ。
多分、送り主を見た時には俺が読んだ後に連絡先を知りたがると分かっていたのだろう。察しの良すぎる親でむしろ恥ずかしい。部屋に戻りながら電話をかける。
コールが長く続き、誰も居ないのではと不安を感じ始めた直後に繋がった
『……もしもし』
当然母親が出くると思っていた俺の耳に、もっと聞き慣れた、だが懐かしい声が響き、俺は一瞬呆けてしまった。
『あれ? ……繋がってるよね?』
「……はっ、あ、もしもし?! そ、その! ひ、久しぶり。俺だけど」
『……うん久しぶり』
「手紙、読んでさ、それで、じっとしてられなくて、でも、連絡先知らなくて、その……」
『うん』
うまく喋れない。俺は昔、彼女とどんなふうに喋ってたか。混乱する。いや、言うべき事はそんなに多くない。一つだけでいい。
「相談、したいんだ」
『……なにを?』
わかっているくせに、こうやってすぐに俺をいたぶって面白がる性格は変わらないらしい。
だが、今はそれでしどろもどろになりたくない。
俺は覚悟を決めた。
「大学の事なんだけど──」
空白を抱えたままの、2年間だった。
確かに、友達もできた。勉強も、目の前にいない彼女に認めてもらいたくて頑張った。
それでも、空白は埋まらない。
だから、埋めよう。これから少しずつ。
二人で同じ様に抱えていた空白を、二人で。




