62.疫病:その2
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俺達が疫病の汚染源を焼き払った翌日、街は大騒ぎだった。教会の小僧が大声で疫病対策の報せをふれ回り、教会へ集まるよう走り回っている。
エリルは随分体力を回復していたが、看病をギルベルトとユリアに頼むと俺とバルトは教会へ向かう。
教会の前は人でごった返している。仮設された壇上に司祭とヒルデガード婆さんが立っていて、司祭が声を張り上げている。
「みなさん、落ち着いてください。疫病の原因がこちらの錬金術師ギルドの協力で判明しました」
ヒルデガード婆さんを手で示して続ける。
「疫病の原因は水です。水に悪霊が憑りついていたのです。我々は錬金術師ギルドの協力で悪霊を払いました。しかし、その呪いがまだ残っています」
「なあ、ユウト。水が原因って俺達が燃やした…」
「バルト…今は黙っていよう」
「呪いは水を火にくべて沸かすことで、祓うことができます。また、鍋・皿・食器は一度沸かした湯で呪いを払ってください。また、病に罹った者の嘔吐したものや下痢からにも呪いが残っています。これらは直接手で触れずに拭きとった布は必ず燃やして下さい」
ヒルデガード婆さんは群衆の中から俺の姿を見つけたのか、俺に頷いてみせた。俺も頷き返す。婆さんは教会の説得に成功したのだ。
壇上に新たに壮年の男が現れる。
「私はこの街の市長、オスカー・バイルンだ。私たちは教会と錬金術師ギルドのおかげで、疫病に打ち勝つことができた。昔、この地を呪ったと言われる魔女グレーティアの名前から、私はこの疫病を『グレーティアの呪い』と名付ける。『グレーティアの呪い』を祓うのに尽力してくれた教会と錬金術師ギルドに感謝の意を表する。特に錬金術師ギルドは原因の究明と解決に尽くしてくれたと聞いた。そこで…」
市長は、司祭に話の続きを譲った。
「教会としては錬金術師ギルド、ヒルデガードギルド長に感謝を表して、ヒルデガード・フラックを聖人と認定します」
群衆が湧きたつ。これで街の疫病も治まるだろう。俺達はパーティハウスへ帰った。
「それでは、疫病は祓われたのですね」
「ああ、教会が発した対策を守ればこれ以上、病が広がることは無いだろう」
「おい、ユウト良いのか?」
「分かってるバルト。俺は明日にでも錬金術師ギルドに行ってくる」
・・・・・・・・・・
「婆さん、聖人とはまた良い御身分だな」
「皮肉を言いなさんな、ユウト。分かってる。何もお前さんの功績を横取りしようとした訳じゃない」
「どういう事だ?」
「一介の冒険者が主張しても教会が動くことは無かっただろう。最悪なのは教会が病を祓う権威として成果だけ取り上げて、冒険者なんて謀殺されていた可能性だってある」
「それだけ教会の力があるって事か」
「そうだね。錬金術師ギルドが病理について研究しようとしても教会の横やりが入るくらいさ。恐ろしい組織だよ」
「婆さんはそんな組織から俺達を守ってくれたって事か…」
「そう言う事さ、もっと感謝してくれても良いんだよ」
ようやく俺と婆さんにいつもの調子が戻ってきた。
「とは言え、ユウト達の献身を無かった事にするような恩知らずになった覚えは無いよ。錬金術師ギルドが『グレーティアの呪い』を祓うのに協力した冒険者としてユウト達をCランク冒険者にするように冒険者ギルドに働きかけよう」
「…」
「不満かい?」
「いや、俺達自身の力でなろうと決意したばかりだったからな。ちょっと…」
「まあ、これでトマーゾとも取引が出来るんだ。受けておきな」
「分かった。感謝する」
「しかし、水に小さな生物が潜んでいる…かい」
「ああ、『グレーティアの呪い』以外にも普段から水に多少いるんだろうが、健康な状態ならともかく年寄りや体の弱った者の死因になっているかもだな」
「恐ろしいもんだね」
「ところでなんだが、上級ヒールポーションが教会の管轄なのは何か病の事と関係あるのか?」
「上級ヒールポーションは普通の水ではなく教会で聖別された聖水を使っているからだよ。それがどうかしたかい?」
「今回の事でちょっと疑問があってね」
俺は羊皮紙に長い管の生えた蓋の有る瓶、蒸留器の絵を描いていく。
「ガラスでこんな器具は作れないか?」
「分かったよ。ちょっと待ちな」
婆さんは手近に有ったガラス瓶を手に取ると、魔力を込めてガラスの蓋を変形させていく。
「き、器用なもんだな」
「実験器具を作るなんざ、日常茶飯事さ。出来たよ」
「そいつに水を入れて沸騰させて、それで管の先に別の瓶をあてがってくれ」
「ほいほい」
婆さんが水を入れた蒸留器を竈の魔道具に置いて中の水を沸騰させると、伸びた管の先から蒸気が上がり水が別の瓶の中にポタポタと滴り落ちる。
「意外と蒸気になって逃げるな。管を途中で冷やす工夫が必要そうだ」
「後で、改良してみよう。で?この溜まった水をどうするんだい?」
「それで上級ヒールポーションを作ってみないか?」
俺はニヤリと笑う。
「また…教会に喧嘩を売るような事を」
言いながら婆さんも笑って薬草棚から上級ヒールポーションの素材を取り出している。薬草を蒸留した水で煮出して婆さんが魔力を込めると…
「…出来たね」
「出来たな」
俺の画像検索でもハッキリ『上級ヒールポーション』と表示されている。
「この器具は何なんだい?」
「水の不純物、水の中にある余計なものを取り除く器具のはずだが」
「つまり、聖水は混じり物のない綺麗な水だったと?」
「可能性は高い」
「なるほど、噂じゃ聖水は『浄化の奇跡』をかけた上で聖別するそうだが…」
「汚れを綺麗にする奇跡か、聖別よりも『浄化の奇跡』が重要で効果としては同じだったんじゃないか?」
「そう言えば、聖職者は寿命も長いし病にかかることも少ないと聞くよ。それで病は教会の領分になったんだが…」
「日常的に『浄化の奇跡』を使ってたんじゃないかなぁ」
「これは本格的に教会に喧嘩を売るね。錬金術師ギルドが似て非なるものとして製造販売するよ。ユウトにも誓約してもらうからね」
ヒルデガード婆さんの表情はいつに無く真剣だった。
「へいへい。俺は借金が減ればそれで良いよ」
「ユウトがそれで納得してくれて嬉しいね。なに損はさせないさ。さっそく聖人の名を使って教会には新しい上級ヒールポーションとしてゴリ押ししよう」
「婆さんも教会とあんまり事を構えるなよ」
「錬金術師ギルドと教会の関係なら今更さね」
「そうか、なら役に立つものがあるんだが。レンズはあるか?真ん中が膨らんだヤツ」
「あるよ。最近じゃ小さな文字が読み辛くってね、ああ、これだ」
「もう1つあるか?」
「確か予備があったはずだが、こんなものをどうするんだい?」
「2つをこうして…」
俺はレンズを重ねて距離を近づけたり遠ざけたりする。
「なるほどレンズ1つよりも大きく見えるって訳だ」
「そう言う事。これを応用するれば、水の中にいる小さな生き物だって見ることが出来るって訳だ」
俺は羊皮紙に簡単な顕微鏡の外観の絵を描いていく。
「見る物を薄いガラスの板に挟んで光を通してレンズで拡大する顕微鏡って道具だ。詳しい構造は俺も良く知らないけどな。レンズの距離を調整できるようにすれば良いはずだ」
「これならユウトに頼らなくても小さなものが見えるって訳だね。早速鍛冶師ギルドやガラス職人に手配しなくっちゃいけないね」
婆さんは嬉しそうにレンズを近づけたり離したり試している。
「じゃあ俺は帰るよ」
「待ちな。ユウト」
婆さんが厳しい表情をして、椅子から立ち上がると何か魔道具を操作する。
「遮音の魔道具を使った。この部屋での会話は外には漏れないよ。ユウト、お前さんは何者だい?」
…ああ、これはもう誤魔化せないな。婆さんには確信がある。俺は真実を話す腹をくくった。
「俺の本当の名前は天城悠斗、この世界とは別の世界から来た」
「別の世界かい…」
「疑わないのか?」
「錬金術師はまず全て受け入れ、検証してから疑う生き物さ。まずは教えな」
「ああ、この世界とは違って魔法が無い代わりに錬金術がもっと発展したような世界だ。そこでは科学って言われている」
「つまりユウトのアイデアはその世界の物って事かい?」
「全てじゃないけどな。法則…この世の理も少し違うようだし」
「その世界の理を全て持ち込めばこの世界は大きく変わりそうだね」
俺は首を横に振る。
「俺一人の知識じゃ大したことは出来ない。本当は俺が来た世界の知識を持ち込める『スキル』をもらったはずなんだが…」
「もらった?誰にだい?」
「たぶん神様?」
「会ったのかい…で、そのスキルとやらはどんなことが出来るんだい?」
「神様の存在には疑問を持たないんだな…世界のありとあらゆることを知ることの出来る便利な道具…のはずだったんだがなぁ」
「はずだった?」
「俺の来た世界では当たり前だった事を調べても答えが帰ってこない。その代わりこの世界の事は普通の人間が分からない事でも分ったりする。それも時々名前が分からない物があったり、初めは分からなかったのに後から分かるようになったりする物があるけどな」
「これは今ユウトにはどう見えてるんだい?」
婆さんは俺の前に一昨日渡した嘔吐物の入った瓶を押しやる。
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グレーティアの呪い
生物の体内で増殖した微細な生物
毒を生成して嘔吐や下痢を引き起こす
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「おかしいな、一昨日と違って名前が付いてる『グレーティアの呪い』だって」
「あの疫病はおそらく、この世界では初めての物だ。『グレーティアの呪い』は昨日付いた名前だよ。そのスキルとやらは、もしかしてこちらの世界。しかも誰かが見知った事しか分からないんじゃ無いかい?」
「そっ…それじゃあ低級マナポーションを作ったのは…」
俺は急いで『低級マナポーション』『発明者』と検索をかける
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低級マナポーションの発明者
ヨルゲン・アンディション(故人)
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「…俺じゃなかったようだ」
「誰なんだい?」
「ヨルゲン・アンディション、もう亡くなってるそうだ」
「おそらく、作成には成功したが世に出せなかったんだろうね。それはユウトの胸に仕舞っておきな。今更ヨルゲンの名前を出した所で世間を混乱させるだけだよ。低級マナポーションはユウトが作ったそれで良い」
『ヨルゲン・アンディション』『亡くなった地』を検索する
「なあ、婆さん。ベルホンノ王国って何処だ?」
「今は滅びた国だよ。イソヒサムラ帝国ってこの国からは随分離れた国の一部になってる」
婆さんは地図を広げながら教えてくれる。
「イソヒサムラって国には行けるのかな?」
「何を考えてるんだい」
「低級マナポーションを俺の物にしてしまったのは仕方が無いとしても、墓に謝るくらいはしたくてね…」
「残念だが、この世界では国を跨いでの移動はほとんどできないよ」
「冒険者でも?」
「冒険者だからこそだよ。冒険者ギルドなんて国毎の組織さ、自由に行き来できる上に斥候の能力を持つ人間が他国から入り放題なんて密偵を許すようなもんさね。他のギルドも同じだよ。例外は教会くらいかね、信者は何処にでも居るからね」
「そりゃそうか…」
俺は会ったことも無いヨルゲンさんに心の中で謝り、感謝する。
「ユウト、あんた自身もあたいの研究対象になったよ。覚悟するんだね」
ヒルデガード婆さんの目は興味を隠し切れずに爛爛と輝いていた。
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「お前達、何かやっただろう?」
『グレーティアの呪い』騒動の後、エリルが完全に回復して活動を再開した『光の翼』は冒険者ギルドの副ギルド長アンドルーさんに呼び出されてCランク昇格を言い渡された。
「錬金術師ギルドから強い推挙があった。今回の昇格は特例措置だぞ」
俺達は顔を見合わせたが、沈黙を貫くことにしてCランク昇格を拝命した。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
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新作、「お人好し大賢者と借金取り~大精霊に気に入られた俺は国を作る~」を投稿しました。
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