51.克服
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錬金術師ギルドに膨大な借金があるとは言え、低級マナポーションや造血ポーション、それに軽鉄で着々と返済が進んでいるようで、とくに返済を急かされる訳でもない。
依頼を受けて稼いだ金を取り立てにくる様子は無いので、俺は久しぶりに武器屋『角笛の音』で装備を新調することにした。
馬車の改良の過程で作られた軽鉄が、装備関係にも出回るようになっていたのだ。
「親父、軽鉄で出来た鎖帷子をくれ」
「今日は1人だな。やっぱりこれだけの出費はみんなの前では、出し難いだろう?」
「親父からそう言われるから意識するんだよ」
そんな会話をしながら、軽鉄で出来た鎖帷子を着込んでみる。
「随分軽いな、だけどかなり丈夫そうだ」
「ああ、その鎖帷子を引きちぎれるヤツなんてダンジョンにいる化け物どもさ」
「ダンジョン?」
「ああ、ユウトはダンジョンには行ったことが無かったか。この国では唯一のダンジョンだがゲーランの街から、さらに5日程行った所にあるんだ。三層に区分けされていて、上層の階層主を倒すことがCランク冒険者の昇格条件の一部だな」
「アランさん達『明けの星』はそんな所で戦ってるのか」
「そうだな、ダンジョンは一攫千金を夢見る冒険者なら誰しも夢見る宝の箱だが、同時に何人もの冒険者の血を吸った墓場でもある。ダンジョンに行くなら準備を怠るなよ」
「そうだな、俺達もCランクを目指しているんだ。もっと戦えるようにならないとな」
俺は親父とそんな会話をして、家に帰った。
・・・・・・・・・・
「ユウト、装備を新しくした?」
「あ、ああ鎖帷子をね」
今日の討伐対象であるメタルボアの、金属で出来た牙にうっかりひっかけられた俺だが。軽鉄の鎖帷子のおかげでケロリとしていたら、ギルベルトに気付かれてしまった。
「最近、ユウトはみんなとは別で1人で武器屋に行くけど、どうしたの?」
「そうだぞ、誘ってくれないと装備の更新のきっかけがないじゃないか」
「私もどのくらいの装備が適切か相談したいのですが」
「いや、その…」
「もしかしてユウトだけ装備が良いのを気にしてるの?」
ギルベルト…鋭いじゃないか。
「…実はな、前に『角笛の音』の親父に言われたんだ。パーティ内で金遣いが違い過ぎると不和の元だって」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか」
「今更ですね」
「あのねユウト、みんなそんな事気にしないよ」
「そ、そうなのか?」
「だって、ユウトが稼いでるはみんな知ってるよ」
「マジックバッグだって、家だってユウトが金出しただろ。分からない方がおかしいぞ」
「それに私達も同ランクのパーティの3倍以上は稼いでいるのではないですか?周りからすれば嫉妬の対象ですよ」
「それにパーティが稼げるのも、ユウトがあれこれ考えてくれたお陰だしね」
「…隠しててすまなかった」
「それじゃあ、街に帰ったらみんなで『角笛の音』に装備を更新しに行こうぜ」
「賛成」
「行きましょう」
「ああ」
俺は胸のつかえがとれたような気分で、その日は眠った。
翌日、カラドの街に帰った俺達は旅塵もそのままに『角笛の音』を訪ねた
「親父、装備を見積もってくれ!」
「ユウト良いのか?団体で」
「良いんだ。もう何も怖くない」
「そうか、良かったな」
晴れやかに言う俺に親父は察してくれたらしい。
「今日は値引きしてやるぞ。買えるだけ買っていけ!」
「よっ親父ふとっぱら!」
バルトは軽鉄の籠手と脛あて、ユリアはメイスを今までよりも重い物に新調した。
「僕は武器屋で買うことが減っちゃったな…」
ギルベルトよ、それは仕方がないだろう…
装備を刷新した俺達は冒険者ギルドで依頼ボードを睨んでいた。依頼票には討伐対象はキングスタッグと書いてあった。冒険者ギルドの情報では、以前痛手をうけた魔熊と同ランクに分類される危険度の雄鹿の魔物だ。
これを乗り越えなくては先に進めない。俺達にはそんな思いがあった。意を決して代表して俺が羊皮紙を剥がし、受付に受理してもらった。
・・・・・・・・・・
依頼の村に移動し、いつものように村の猟師に聞き込みと案内を頼んで森に入る。バルトが慎重に痕跡をたどっていた時だった。
森の奥からいきなり殺気が吹き付ける。殺気の方向に反応してバルトを先頭として右が俺で左がユリア、ギルベルトが少し下がって矢印のようなフォーメーションを即座にとる。
「猟師は真っ直ぐ村へ逃げろ」
バルトが言った瞬間だった。
ドカカッ
蹄の音を響かせてキングスタッグが飛び込んでくる。その額には赤く輝く魔石が見える。
バルトが大盾を構えて突進すると身体強化を瞬間的に使ったのだろう。キングスタッグを一瞬足止めすると跳ね飛ばされてるが無理に逆らわず体を丸くして地面を転がる。
ギルベルトがその瞬間を逃さず『フラッシュバン』を唱え、キングスタッグを昏倒まではできなかったが怯ませる。
その間に俺は画像検索でキングスタッグの『特徴』や『弱点』を検索するが目立った物は無い。精々、肉は非常に美味とか今は役に立たない。単純な対処法は無いって事か。
ユリアが『鼓舞の奇跡』と『守護の奇跡』をかける。
俺はキングスタッグに駆け寄ると、バルトが復帰するまでの時間を稼ぐ。身体強化に『シャープネス』を上乗せ、穂先が魔法の光に輝いて『フラッシュバン』の衝撃から立ち直っていないキングスタッグに、槍を真一文字に振り抜いて…
「キェベェァァ」
キングスタッグの左前足を切り飛ばす。キングスタッグが痛みに棹立ちになる。くそっ!返り血をまともに浴びてしまった。視界が赤く染まり敵を捉えにくい。
『アースバインド』
ギルベルトが素早くキングスタッグの後足を腰あたりまでを拘束する。
バルトも転がされた先で素早く立ち上がると、再び突進をかける。
「ユリア、軽歩をくれ。ユウト代れ」
「返り血に気をつけろ」
「おう」
俺は素早く横にスライドすると正面をバルトに譲りながら言葉を交わす。軽歩を受けたバルトが大盾を構えてキングスタッグの右前足の踏みつけを柔らかく受け流し、キングスタッグの体勢を大きく崩す。
即座に俺とユリアが攻撃を畳み込んでキングスタッグに反撃の隙を与えない。
良い調子だ。バルトも隙あらば剣を撃ち込み、キングスタッグの角のカチ上げ攻撃は油断なく受け流し、体勢を崩したところを再び攻撃を繰り出す。だが前回はこの状態から『アースバインド』を破壊されて潰走した。俺達は油断なくキングスタッグを釘付けにし続ける。
「ギルベルト、『アイシクルランス』だ」
バルトの指示に応えて、ギルベルトに冷気が集まるのを感じる。
「みんな!避けて『アイシクルランス』」
俺達はすぐさま左右に広がり、ギルベルトとキングスタッグを結ぶ射線から回避する。氷の槍は真っ直ぐにキングスタッグの胸のど真ん中を貫き、上半身をパキパキと凍り付かせていく。
「…っしゃあっ!」
バルトが腕を突き上げ快哉を上げる。俺達はそんなバルトと手を打ち合わせて功績を分かち合う。ひとつ前に進めた俺達はそれを実感していた。
・・・・・・・・・・
キングスタッグを冒険者ギルドに持ち込んだ俺達は、報酬として一財産を受け取っていた。しかも今回はおまけがあった。
「キングスタッグの角は良い魔力の伝導体になりますが、買取に回さずに素材にしますか?」
受付のお姉さんからそう言われたのだ。折れてしまった枝角を売却せずに俺は武器屋に、ギルベルトは魔術師協会にそれぞれ素材として持ち込むことにした。
「できたぁ!」
ギルベルトがキングスタッグの角から作ったワンドに頬擦りしている。俺も頬擦りせんばかりだったが槍の穂先では頬がさっくり切れてしまう。『角笛の音』の親父に頼んで魔法鉄の穂先から交換したのだ。
もちろん『シャープネス』を付与したが、ただの『シャープネス』だけでは無い。キングスタッグの角は魔法付与の素材としても優れていたようで、魔法鉄より複雑な魔法陣を刻むことができたのだ。『シャープネス』の威力向上に加えて『火炎属性付与』も盛り込んだのだ。心の中で密かに【鹿角の火炎槍】とか呼んでる。
報酬で得た金でバルトも軽鉄の鎖帷子にしたし、ダンジョンへの挑戦が近づいたのではないだろうか。
「まあ、なんだな。お前等も自分で倒した魔物の素材で装備を作るようになったか。上位冒険者になるのも近いな」
「それはトレントの素材を金で手に入れた俺への嫌味か?」
「ま、武器屋としては儲けさせてくれればどっちでも良いけどな」
バルト達が笑いながら『角笛の音』を出ていく。俺も慌てて後を追いかけて行った。
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