31.護衛依頼準備:バルトの場合
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俺は斥候職への拘りをやはり捨てられないようだ。田舎の猟師見習いとしては取っ掛かりが有るからな。ともかく『明けの星』のエッガーさんを探して相談しよう。
冒険者ギルドで『明けの星』に会えないか、休みの度に顔を出す。何回か通った時だった。運よく依頼から帰還した『明けの星』に出会えた。
「エッガーさん。すいませんッス。『光の翼』のバルトッス」
「今日はどうした?改まって」
「エッガーさんにお願いがあって来たッス」
「お願いか、なんだ言ってみろ」
「はい。俺に斥候としての技能を教えて欲しいッス」
「斥候の技能か、だが俺が教えようにも付きっ切りになるわけにはいかない。技能を身に着ける場所なら紹介できるが」
「それで十分ッス。お願いします」
「もしかしたら、お前には向かない場所かもしれないぞ」
「それでも、頼んます」
「分かった紹介しよう。そうだな明後日の朝、冒険者ギルドに来てくれ。話を通しておく」
みんなに相談して、依頼を空けて俺は明後日冒険者ギルドに向かった。
「来たな。これからあるギルドに連れていく」
「ギルドっすか?」
「そうだ。表立っては斥候ギルドで通っているが、盗賊ギルドとか暗殺者ギルドと言った方が有名だ」
俺は無意識に唾を飲み込んだ。
「それは…」
「盗賊や暗殺者になりたい訳じゃないことは分かっている。だが斥候としての技能はこのギルドで学ぶのが一番の早道だ」
エッガーさんについて行くと街のはずれ、スラム街の隅にその建物はあった。見た目はおんぼろの何でもない建物だが、話を聞いたからだろうか得体のしれないものに感じる。
「入るぞ」
エッガーさんが俺になのか、建物の中になのか分からないが声をかけると扉を開けて中へ入る。それに続いて俺も中へ入った。
「コイツが昨日話しておいたバルトだ。おい、挨拶しろ」
「バルトッス。よろしくお願いします」
「ワシが斥候ギルドの長、グレゴリーだ。よろしくな。エッガーから大体の話は聞いている斥候の技能を習得したいそうだな。だがこのギルドがどういうギルドかは聞いているか」
「…はい」
「よし、それなら良い。まあ緊張しなくても良い。斥候の技術だけだって教えている安心しろ」
「はい…」
「頼んだぞグレゴリー」
エッガーさんは俺を引き合わせると帰ってしまった。
「じゃあ、今日は軽くクライミングから始めてみるか?」
「え?」
案内された場所は市壁の内側だった。
「この市壁を登ってみろ。デコボコがあるからそれに指や足をかけるんだ」
グレゴリーさんに指示されるままに、市壁をのぼり始める。これでも力には自信がある。最初の5メートルくらいはすぐに登れた。だがそこからは手がかりが無くなり登れなくなる。
「今日はそこまでだな。降りてこい」
グレゴリーさんからの指示が飛ぶ。降りる方が足のかける場所が見えなくて登るのにかかった時間の倍ほどもかかった。
「筋力は十分だが、柔軟性が足りないな。見ていろ」
グレゴリーさんは市壁にとりつくと、するするとあっと言う間に10メートルほどを登ってしまった。片手を離して俺の方に顔を向けると。
「体を柔らかくするとな、これくらいは簡単に出来るようになる」
そういうと、登るのと変わらないスムーズな動きで降りてくる。
「それには、体が柔らかくなると怪我もしにくくなる。まずはそれからだな」
そう言うと、グレゴリーさんは俺の体を曲げさせると自分の体重をかけてさらに曲げてきた。
「いてててて!」
「ははは、痛いか。しばらくはクライミングとこのストレッチだ休みのたびに、ここに通って来い。授業料は1回につき銀貨1枚だ」
・・・・・・・・・・・
それから休みのたびに斥候ギルドに通う事を繰り返している。通ってみてすぐに分かったことだが、子供が多い。そして手足も短いし、力も弱いだろうに俺よりもスムーズに市壁を登っている。
それに木で出来た短剣での戦闘訓練や鍵開けの練習をしている。子供達が銀貨1枚の授業料を払えるとも思えないし、エッガーさんに聞いたように盗賊や暗殺者の卵達なのだろう。子供達をそのように育てたい誰かがお金を払い。子供達は生きていける。
頭では理解できるが、感情はなかなか納得できるものではない。子供たちを見る顔に出ていたのだろう。グレゴリーさんに聞かれた。
「子供達が斥候ギルドで技術を学ぶことが不満か?」
「…はい」
「子供達の内、何人かは『仕事』をして自分を買って、冒険者になることもあるんだがな。大抵はそうなるまでに命を落とす」
「そうッスね」
「だが、それでもここにいる間は少なくともスラムで飢えて死ぬことは無い。そして生き延びるための技術を身に着けられる」
「それが犯罪を犯すことになってもっスか」
「…そうだな。否定はせんよ。ワシ等はその片棒を担いでる。だが孤児院にも受け入れてもらえず。薬草採取で食べていくこともできない。そんな子供達は誰が受け入れる?」
「それは…」
「バルト、お前さんが冒険者として名を成すことが出来たらこんな子供達が居た事を思い出してくれ。そして…いや、止そう」
「はい…」
苦い感情を飲み込みながら、訓練に戻る。
・・・・・・・・・・・
「そんな事があってな。斥候ギルドには結構な子供達がいるんだ」
おれはユウトに相談してみたが、ユウトは難しい顔をしている。
「…バルト、それの解決には世の中の在り方自体を変えるには必要がある。それこそ貴族や王として治世をだ。一介の冒険者には難しい問題だぞ」
「やっぱりそうか…」
「グレゴリーさんか…その人の言う通りバルトや俺達がもっと大成した時に少しでも何か手を差し伸べる事が出来れば上出来だ」
「ユウトのように薬草採取で生計を立てられる子供が増えればなと思ったんだが」
「それこそ、無理だろ薬草だって無限に生えて来る訳じゃない。それに冒険者ギルドだって運営しきれないだろ。だいたい、薬草採取だって危険が無い訳じゃない」
「そうだな…」
「今、俺達に出来ることは俺達自身の事だけだよ。バルト」
・・・・・・・・・・・
それからも訓練に俺は訓練に明け暮れていた。1ヶ月もすると体も随分柔軟になり、市壁のクライミングも10メートルは越えられるようになった。
「次の訓練は野外だな」
グレゴリーさんに連れられ、森に入る。
「さて、いまからワシは気配を消す。お前はワシを見つけてみろ」
そういうとグレゴリーさんは藪の中へ消えていった。俺は慌てて気配を追うが既に消え去っている。シンと静まり返った森の中、なんとか音なり掴もうと躍起になるが全く何も感じ取れない。
それでも姿を消した方に移動したり、していた時だった。
「バルトお前は今、死んだぞ」
いつの間にか首に木で出来た短剣が首に当てられている。
「こんどは逆に気配を消して逃げてみろ」
できるだけ足音を消して移動をする。だが、不意に。
「また、死んだぞ」
さっきと同じように木の短剣が首に当てられている。
「ついでに動物の糞を見つけておいた。付いて来い」
俺を追いかけながら、そんなことまでしていたのか!驚愕しながら後に続く。
「さあ、これは何の動物でどのくらいの大きさだ?」
「猪ッスかねこの量ならオスです」
「猟師見習いだっただけのことはあるな。猪だ、だがオスじゃなくメスと子供だ」
言われれば周囲の足跡から複数の痕跡がうかがえる。
そんな実地訓練でみっちりしごかれて2ヶ月もたったころ。ようやくグレゴリーさんに一応の合格を言い渡された。
「まあ、なんとか斥候の見習いくらいには身に付いたな。後は冒険者らしく実践で腕を磨くんだな」
「はいッス」
「あと、ダンジョンに潜るようになったら鍵開けや罠の見破り方、ダンジョンならではの追跡術。そう言ったものがあるから、その気があったらまた来い」
「ありがとうございました」
「ワシにとっても純粋に斥候の技術を教えるのは楽しかったぞ」
少し苦い笑みを浮かべてグレゴリーさんは卒業を言い渡してくれた
・・・・・・・・・・・
「さて、俺達が死なないために武器屋に行くか」
斥候ギルドの授業料で結構散財してしまった。それでも盾ぐらいは新調できるだろう。今の木の盾では心もとないからな。
『角笛の音』の親父に声をかける。
「親父、銀貨50枚で新しい盾をくれ。大盾で握りが二ヶ所でがっちり構えられるのが良い。出来れば金属製だ」
「分ったよ。だがいくら何でもお前の腕力で総金属の盾は持てんだろうよ」
親父が出してくれたのは裏が樫の木で表を金属で覆った大盾だった。
「本格的にパーティで盾役をやるのか?」
「いや、それだけじゃないさ斥候も習った」
「ふん、器用貧乏にならないように注意しろよ」
「分かってるさ。でも俺は『光の翼』のリーダーだからな。危険からみんなを護るだけじゃなく。ときには逃げる選択肢も取れなきゃな。そのための斥候でもある」
「言うようになったじゃねぇか。頑張れよリーダー!」
「おう!」
「ま、盾が重くなった分市壁の周りを走るんだな」
「親父まで伝わってるのかよ」
どうやら俺の市壁ランニングは冒険者の間で有名になってたらしい。
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