21.初めての護衛依頼
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いよいよ護衛依頼の出発日だ。『星屑亭』の女将さんに数日留守にする依頼に出ることを伝えて出発だ。宿屋を発つ俺達をエリルが心配そうに見送ってくれた。いくぶん緊張した面持ちで俺達は冒険者ギルドにむかう。受付のお姉さんにDランク昇格試験の護衛依頼に来たことを伝えると。
「みなさん、気合が入っていますね。試験官の『明けの星』のみなさんはまだですよ。テーブルで休んでいてはどうですか?」
と気遣われる。そんなに緊張していただろうか。ほどなくして『明けの星』のパーティが冒険者ギルドに現れる。
「やあ『光の翼』の皆、揃っているようだね」
アランさんが気負いの無いようすで声をかけてくる。そりゃそうか、『明けの星』にとっては珍しくもない護衛依頼なんだろう。
「テントや野営道具の扱いはちゃんと覚えたか?」
「こいつら、マジメだから心配ねぇよエッガー。そうだろ、バルト?」
「準備万端ッス」
「余った時間で日課の薬草採取にも行っていたようだしな」
アランさんにからかわれて俺達の緊張も解れてきたようだ。
「それでは『明けの星』『光の翼』の皆さん、依頼主の所に案内しますね」
冒険者ギルドのお姉さんが先導して街の商業地区に向かう。冒険者通りも雑然としているが、案内された商業地区は道幅も大きいのに喧騒が飛び交ってひときわ活気があった。
受付のお姉さんは慣れた様子で少し大きな建物に進むと、商店の番頭さんだろうかに護衛の冒険者を案内してきた旨を伝える。
建物の中から恰幅の良い、だが引き締まった体と油断ない眼光の中年が現れる。
「ワシがこの商隊の隊長トマーゾだ。よろしく頼む」
「『明けの星』のリーダー、アランです。よろしく。そしてこちらが、今回Dランク昇格試験の駆け出し冒険者『光の翼』です」
アランさんはバルトの背中をポンと軽く押して、前に出す。
「『光の翼』のリーダー、バルトッス。よろしくお願いします」
あらかじめ冒険者ギルドから説明がされているのだろう。トマーゾは駆け出しがついて来ることは知っていたようだ。それでも値踏みをするように俺達を見ている。
「まあ、『明けの星』がワシら規模の商隊を護衛してくれるなら文句はないが、『光の翼』の駆け出し達は使えるのか?」
「大丈夫ですよ、トマーゾさん。駆け出し連中のなかでも、今一番の成長株ですからね」
「ほう、そうか『明けの星』がそう言うなら期待させてもらおう」
すでに商隊の荷馬車は市壁を出たすぐのところに待機しているそうで、トマーゾさんとアランさんが並んで話しながら、カラドの街の門にむかう。『明けの星』の面々がそれに続いて歩き出したので。俺達も遅れないようについて街を出た。
「これが今回、君たちに護衛してもらう商隊だ」
先頭と一番最後にひときわ大きな幌馬車が鎮座していて、挟まれるように一頭立てや二頭立ての小さな幌馬車が待機していた。商隊に便乗の行商人だろうか。
「先頭には俺達『明けの星』のパーティが乗り込んで、斥候のエッガーが全体の警戒にあたる。『光の翼』は最後尾の幌馬車に乗り込んで後方を警戒してくれ。以上だ」
『明けの星』のメンバーが整然と先頭の馬車に向かう。俺達も最後尾の馬車に向かわなければ。遠くから見るとのと違い、近づくと最後尾がどちらか分らずまごついていた俺達に。
「『光の翼』のパーティだね。俺はお前さん達の馬車の御者をやってるロドリゴだ。こっちだよ」
ロドリゴさんが案内してくれた。馬車に着くと、バルトが登り口に手をかけると身軽に荷台に登り、手を出してみんなを引っ張りあげてくれる。「ギシッ」という音を立てて馬車が少し揺れるが全員乗り終わった。
ロドリゴさんが全員乗ったのを確認して、素早く御者台に登る。前方の馬車が出発していく様子を確認して俺達の乗った馬車も動き始めた。
「なあ、馬車に乗せてもらえるなら荷物を持った移動訓練はしなくて良かったんじゃないか?」
バルトが半眼で俺を見てくるが。
「この護衛依頼だけじゃなく、今後のためにも必要な訓練だろ。Dランクになったら徒歩で遠征もあるかもしれん」
「どう思いますか?ギルベルト」
「どっちも正しいとは思うよ。ユリア」
むう、微妙に賛同を得られていないようだった。
馬車は快調に進んでいた。隣り街までの街道は行き来も多く、土の道とは言えよく踏み固められているようだ。
「ギルベルト、尻が痛くないな」
「そうだね…」
そう言われてみれば、整った街道とはいっても馬車である。時折「ギシッ」という音はするが、大きな振動はほとんど無く快適だった。
御者台からロドリゴさんが前を見たまま、話しかけてくる。
「そいつはな、この馬車にはサスペンションが仕込んであるからさ。座り心地が格段にちがうだろ」
なんだと!?サスペンションだと!異世界ものだと馬車で尻が痛くなってサスペンションを作るのが定番じゃないか。日本で乗る電車に比べても座面が板で固いなとしか思わなかったので気付かなかった。
「なんでも鍛冶師ギルドが大枚はたいて作り上げたそうだぞ。大きな馬車だと一般的になってきているのさ」
「ば、バルト達の村ではどうだったんだ?」
「こんなに快適な馬車じゃ無かったさ。尻の皮が剥けそうだった」
「貴族様や大店が競って買い付けてるから鍛冶屋ギルドもてんてこ舞いらしいが。その内一頭立ての小さな馬車にも行き渡るんじゃないかねぇ。なんせ腰が痛まなくて長く行商人が続けられるって評判だからな。体が資本の行商人にとっては先行投資ってヤツだな」
うごご、この世界の鍛冶師は優秀。ちい、おぼえた…
昼時になったので商隊は街道の端に馬車を寄せて停車した。俺達は馬車から降りると付近の草の上に腰かけ街で買っておいた弁当をとりだす。まいどおなじみのホットドッグとやたらと酸っぱい柑橘類だ。商人たちも馬車の近くでそれぞれに弁当を食っている。
「襲撃は無かったな」
「無いに越したことはないのでは?」
「試験にどう撃退したのかが評価されるのだと減点かもね」
「野営を学ぶことも試験内容だからまるでダメって訳でもないだろ」
「そうか、そうだな」
「さて、『光の翼』の皆さんもそろそろ出発ですよ」
御者のロドリゴさんが声をかけてくる。俺達は弁当を手早く片付け荷台に戻った。馬車に揺られて街道を再び進みだしたが、この日の午後は何事もなく進んだ。
夕暮れになって野営のために馬車を再び街道の脇に寄せて、停車させる。俺達は『明けの星』の指示を受けるために先頭の馬車に集まっていた。
「俺達『明けの星』は先頭の馬車付近で警戒だ。『光の翼』は最後尾の馬車に付くんだ。後エッガー、付いて行って色々教えてやれ」
「了解だ。アラン」
俺達はエッガーさんと、再び最後尾に戻ると荷物を荷台から降ろした。
「この辺りで良いだろう」
商人たちがテントを張っている場所より、少し離れた雑木林に近い方をエッガーさんは示した。
「森や林に近い方に敵が隠れている事が多いからな。それに護衛対象の騒音から少し離れた方が警戒しやすい」
俺達は素早くテントを張ると竈を作ろうと適当な石を組もうとすると。
「竈はもう少し護衛対象側にすると良いぞ。警戒中はできるだけ火を見ないようにして目を闇に慣らしておいた方が良い」
エッガーさんの指示に従って竈の位置を変更する。
「さて夜の警戒の交代だが、お前達は4人組だからあまり関係ないが。魔法を使うメンバーは夜中を担当しない方が良い。
俺達『明けの星』は3交代だから魔法使いは最初か最後だ。夜中に起こすと魔力が戻ってない事があるからな。
お前達は2交代が良いだろう。二人一組で警戒するんだ。お互い居眠りしないか注意し会うんだぞ。魔法使いを早番にするか遅番にするかは相談して決めろ」
「ギルベルト、ユリアどうする?」
「早番の方が良いかな。夜中に起こされるのは辛そうだ」
「私もそう思います」
「襲撃があったら容赦なく起こすぞ」
「その時は、その時さ」
「決まったようだな。それじゃあ飯を食って交代で警戒しろ」
「「「「分かりました」」」」
「襲撃があったら夜警の笛で知らせる。お前達の方で異常をみつけても仲間を叩き起こして笛を吹け。俺は先頭に戻るが頼んだぞ」
「「「「はい」」」」
手早くパン粥を作ると夕食を摂る。まだ商人たちは起きている者も多くざわめきがこちらまで届いている。ギルベルト達を早番にしたのは正解だろう。
「じゃあギルベルト、ユリア早番を頼む」
「襲撃があったら遠慮なく起こしてくれ」
「分ってるよ」
「おやすみなさい」
俺とバルトはテントに潜り込むと眠ろうとするが、ざわめきでなかなか寝付けない。いつもやっている鍛錬を今日はしていないからかもしれない。だけど、夜中に襲撃があるかもしれない状態では疲れ切って眠るなんてできない。
それでもいつの間にか眠りに落ちていたのだろう。遠くから聞こえる笛の鋭い音と。
「バルト、ユウト起きろ!」
ギルベルトの声で目を覚ました。毛布を跳ね飛ばしテントから出ると、籠手とブーツ、レザーヘルムだけ身に着けると槍をひっつかむ。バルトは鎖帷子を着たまま寝てたから少し安心だが、いつもの革鎧が無いとこんなに不安だとは思わなかった。
「ゴブリン!数6。『光の翼』は待機!」
エッガーさんの声が届く。前方で戦闘になっているようだ。
「ユウト、今の内に鎧をきたら?」
「『明けの星』が支えてる。ユウト無理すんな」
そんなに不安そうな顔をしていただろうか。バルトとギルベルトの意見に甘えて、素早く革鎧を身に着ける
うん、ゴブリン相手といっても鎧があるのと無いのでは安心感が違う。やっぱり俺はビビリだな…
俺達は伏兵に備えて、あたりを警戒していたがゴブリンは6匹だけだったらしい。当たり前だが『明けの星』には物の数じゃなかったらしい。
「殲滅した。警戒を解いていいぞ」
エッガーさんが俺達を安心させるように笑みを浮かべながら、歩いて教えに来てくれた。
「まだ交代時間じゃないけど目が冴えちまったなぁ」
「もう、交代してギルベルトとユリアを休ませるか?」
「そうだな…」
「遅番も寝付き難いだろう。あんまり眠れないようなら『明けの星』の神官に『鎮静の奇跡』をかけてもらっても良いぞ」
エッガーさんは気遣ってくれたが、ギルベルトとユリアは顔を見合わせると、断っていた。
「あんまり無理しないようにな…」
エッガーさんが先頭の馬車の方に戻って行く。
「さて、俺達の警戒の番だな」
「火を見つめずに目を闇に慣らすだったな」
俺とバルトは焚火を背にして小声で雑談をする。
「ビビったな」
「バルトでもか?」
「ああ、寝起きってのがあんなに動けないとは思わなかった」
「そうだな、最悪武器だけ持って戦うとか想像しても怖くなる」
「俺達は装備の良さで生き延びてきたからな」
「……」
「おい、ユウト寝てないだろうな」
「起きてるよ。手早く装備を整える訓練とかしたらどうかと思ってな」
「ユウトは本当に心配性というかビビリだな」
「否定は出来んな」
バルトと夜が明けるまで、そんな他愛ない会話をして過ごした。幸いあの後襲撃は無かった。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
引き続き読んでいただければ幸いです。