19.護衛依頼の準備
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「バルトさん達のパーティですがそろそろ、Dランク昇格試験を受けてみませんか」
いつものように薬草採取の依頼を受けに冒険者ギルドに行ったら、受付のお姉さんからランクアップを勧められた。
「Dランク昇格試験って何やるんスか?」
「護衛依頼ですね。既にDランク以上のパーティと合同で、街道を行き来する商隊や行商人の護衛依頼をこなしてもらいます」
「護衛ということは何か危険があるのですねよ」
「そうですね。依頼のルートによりますが、隣り街で片道2日程度の行程ですとゴブリンか山賊ですね」
「山賊…人間相手なんだね」
「まあ、そのあたりの指導も含めての先輩冒険者との合同依頼と言う訳です。それから皆さんは野営の経験はありますか?」
俺達は薬草採取がメインなので日帰りの依頼しかこなしてこなかったな。そうか、護衛依頼ともなると日帰りじゃないわな。
「野営の経験は無いですね」
「そうでしょうね。そのあたりも含めて先輩冒険者からノウハウを教わるのがこの昇格試験になります」
「具体的にはどんなふうに受ければ良いんでしょうか?」
「依頼ボードからこなせそうな護衛依頼を選んで持ってきてください。こちらで試験官となる先輩パーティの募集を貼りだします。ですので護衛の開始日に余裕のある依頼を探してくださいね。今日、明日出発したくても試験官を探せませんから」
「試験官になるパーティは運任せッスか?」
「もちろん、皆さんで探してきても良いですよ。よほど信頼の低いパーティでなければ採用されます。それに試験官を務める事自体がパーティの信頼評価になりますから、基本的に進んで受けてくれると思いますよ。試験官に講師料も結構支払われますし」
さっそく、みんなで依頼ボードの前に移動して作戦会議だ。
「とりあえず、隣り街までって辺りが無難じゃねえか?」
「僕も賛成」
「私もそう思います」
「経験を積むのか目的だしな」
やいやい話し合ってると、背後から声をかけられる。
「駆け出し共、護衛依頼でランクアップ試験か?」
振り返ると妙に薄汚れた、でもベテラン風の冒険者が立っていた。
「俺はアイマルだ、Dランクパーティのリーダーだ。護衛依頼ならもう何十回もこなしてるベテランだ。俺達を試験官に雇うといいぞ」
顎で後ろのテーブルを示すと、仲間らしき5人の冒険者が風格を漂わせていた。
ただなぁ…さっきから二週間以上の長期護衛をこなしたとか山賊30人を返り討ちにしたとか言ってるが、インターネットで画像検索すると…
護衛依頼の達成回数2回じゃねえか!しかも1回は昇格試験の時だろ!しかも最近が護衛依頼失敗が3回も続いてるじゃねえか…
これは信頼評価稼ぎに試験官を受けようってパティーンですね。ダメなやつじゃん。どうやって断ったものか。
あ、『明けの光』のアランさんが居る!リーダーのバルトに必死で話しかけるアイマルに気付かれないように、俺はアランさんの側にいるギルドベルトをつついて促す。
「あ!アランさん。僕たちDランク昇格試験受けるんですけど試験官をたのみたいんです」
ナイスだギルベルト!アランさんが俺達に近づいて来る。
「やあ『光の翼』の皆、久しぶりだね」
さすがアランさんCランク冒険者は格が違った。アイマルが気まずそうにして引っ込んでいった。
「そうなんスよ。さっき試験の事を聞いて護衛依頼をさがしてたんス」
「もう決まったのかい?」
「やーまだなんスけど、隣り街が良いかなってみんなで」
「そうだね。まずは訓練がこの試験の重要な点だから無理しない方が良いな」
アランさんは依頼ボードを眺めると1枚の羊皮紙を剥がして見せてくる。
「これなんかどうだ?隣街で往復、片道2日で滞在日も含めて6日の行程だ。出発は5日後だが、そこそこの規模の商隊で報酬も悪くない」
「出発がちょっと先ッスね」
「そんな事は無いぞ。明日は君達の野営の装備を買わなくちゃならない。俺の仲間を行かせるから、色々見繕ってもらうと良い。それにテントの張り方も分からないじゃ、話にならないからその訓練も必要だろう?」
「「「「なるほど」」」」
さすアラ、手慣れてる。
「それに日にちが余ったら薬草採取にいくんだろう?護衛依頼に支障の無い程度にしておくんだぞ」
アランさんがニヤリと太い笑みをみせる。お見通しだった。
次の日、冒険者ギルドに行くと頼れる兄貴ジェフリーさんと、もうひとり来た。
「『明けの光』の斥候エッガーだ。俺は直接戦闘はあまりやらないが、その代わりこの手の雑用はお手の物だ。なんでも聞いてくれ」
「まず何が必要なんスか」
「まあ、絶対に必要なものもあるが、まずはお前達がどのくらい持ち運べるかだな」
エッガーさんが俺達を見渡して荷物の量を考えているようだ。
「パーティに女の子がいるが、テントは別にするのか?それとも一緒でいいのか?」
「できれば、別でお願いします」
ユリアが半分はエッガーさんに、もう半分は俺達に謝る感じで言ってくる。
これまで野営の必要が無かったから意識してなかったけど。分けた方が良いよな。バルトとギルベルトも頷いている。
「分かった、別だな。そうなると…そこのデカいのが小型テントを背負って、残りの三人で中型テントを分けて運ぶのが良いだろう」
「お前の事だぞ。バルト」
「分ってるッスよ、ジェフリーさん」
「そうなると背嚢もそれなりの容量が必要になるな。付いて来い」
エッガーさんが慣れた様子で冒険者通りの雑貨屋を回っていく。
「荷物になるからテントなんかの大物は手付だけ払って後で受け取ろう。まずはこっちだ」
そう言って、エッガーさんが案内した店は野営道具の大物を扱う店だった。
「道具屋『水晶の瞳』だ。ここでテントと毛布、それからマントと背嚢を買うぞ」
よどみない足取りで店に入っていくエッガーさんに俺達もついてはいる。
「いらっしゃい。エッガーさん今日は駆け出し連れですかい?」
「ああ、Dランク昇格試験の試験官をやることになってな。こいつら駆け出し共に野営の一式を揃えに来たって訳だ」
「かしこまりました。店主のカールと申します、今後とも御贔屓に」
後半は俺達に向かっていった。
「さてまずは一番の大物からだな。テントを小型と中型、そうだな一番下のランクとその上のヤツの2種類を見せてくれ」
「かしこまりました」
店長のカールさん店の奥の倉庫に声をかけると、数人の使用人が手早くテントを店の横の空地に運び込んだ。そうかと思ったら慣れた手つきであっという間にテントが組みあがっていた。
「あれくらい…とは言わないが、お前達も自分でテントを素早く組み立て解体できるようになるんだぞ。さて、小中でそれぞれ二種類ずつ出してもらったがどちらを選ぶ?」
エッガーさんは俺達を試すように聞いてきた。みんなで触ってみる。
「こっちは、ずいぶん軽いな」
「骨組みもしなって折れそうにないのに軽いね」
「比べると、あちらはずいぶん重いようですね」
「エッガーさん。こっちの方が質が良いようですが」
「そうだな、こっちはシートがケイブバットの被膜で作ってあって丈夫で軽い。骨組みも粘りのある鋼を使ってあって丈夫だ。あっちは織物と鉄心の普及品だな。さて値段だが」
エッガーさんが店主のカールさんに目で促すと
「ケイブバット製のものは小型の物で金貨1枚、中型で2枚になります」
「ちなみに普及品の方だが」
「おおよそ半分から三分の一の値段ですね」
「と、言う訳だ。あとはお前達の懐具合と相談って所だな。この後も結構買うがテントほど値段が変わるものじゃない。後から決めても良いぞ」
「もちろんでございます」
「俺達が駆け出しのころに、高い方が買えればどんなに楽だったかなぁ」
「それは言うなジェフリー」
ジェフリーさんとエッガーさんが昔話をしている内にざっと検討する。うーん、最初に一番の大物っていってたから出来れば軽くて丈夫な方を選びたいな。俺達はただでさえテントを二張りも持ち運ぶのだから。
「次は毛布だな」
「寝袋ではないのですか?」
「寝袋を選ぶ冒険者もいる。快適さがずいぶん違うからな。だが、とっさの時に跳ね起きて武器だけとって戦う事もある。俺達は毛布を使ってるな」
「そういうことですか…」
「1人に3枚ずつ買うと良いぞ。地面から冷気が来る時には下に2枚敷くんだ」
「「「なるほど」」」
いつのまにか使用人たちが毛布を運び出して広げている。
「冒険者が使う毛布はそんなに質は変わらない。今みているヤツでいいだろう。虫食い穴やほつれが無いかは各自チェックするんだぞ」
みんなで一斉に毛布に群がって確認する。
「保温の魔法をかけた毛布なんてものもこの世にはあるらしいな」
「伝説だろうよ。ジェフリー…」
・・・・・・・・・・
「さて、こんどはマントだ。雨の日に歩かなきゃならない時もあるからな。これだけは妥協しない方が良い。ちょっと重いがホーンブルの革製だ」
「フードがついてるからな雨でも濡れなくて済むし、寒いときは毛布の上からかぶって保温にも役立つぞ。俺達もこいつを使ってる」
『明けの光』でも使っているならマネさせてもらおう。
「そうですね。これにします」
「じゃあ最後に背嚢だ。まあ背負えるずだ袋だな。
カール、これまでの物が背負えて後はこまごました道具が入る背嚢を4つだ」
「かしこまりました」
すぐに使用人が背嚢を出して見せてくれる。
「全部、穴が空いてたりしないか、ちゃんと確認するんだぞ」
エッガーさんが念を押してくる穴の開いた粗悪品をつかまされた事があるんだろうか?いや装備と一緒で自分たちの命を預ける道具だから念押しするんだろう。
「さて、これで金のかかるのは大体揃ったな。いくらになる?」
「テントを除いて銀貨280枚でございます」
「テントはどちらにするか?相談しろ」
4人で額を突き合わせて相談する。
「合計でいくらだ?」
「えーとちょっと待ってね」
「ケイブバットのテントなら合計で金貨5枚と銀貨80枚だね」
「ユウトは算術がとくいなのですね」
「まあね」
インターネットで電卓を検索して計算したとは言わない。暗算ですよ暗算…
「払えるか?」
「パーティの貯金じゃ少し足りないね」
「俺の財布から足そう。ここは妥協したくない」
「そう…ですか?」
「大丈夫だ俺は大規模討伐の報酬をほとんど使ってないから」
ケイブバットのテントで決まりだ。
「テントは質の良い方をお願いします」
「金貨5枚と銀貨80枚になります」
「…カール、金貨5枚だ」
「エッガーさん…それはあまりに無体ですよ金貨5枚と銀貨50枚でどうです?」
「…銀貨20枚」
「銀貨40枚」
「カール、こいつらは駆け出しの中でも生え抜きだぞ。そしておそらく最もしぶとい。長くお客になってくれると思うんだがな」
「…しかたないですね。金貨5枚と銀貨20枚にしましょう。みなさん今後とも『水晶の瞳』を御贔屓にお願いしますよ…」
クールな表情をしているエッガーさんだったが口元が『勝った』と歪んでいた。
・・・・・・・・・・
「それにしてもお前ら金持ってんなぁ!」
手付金を払って次の店に行く道すがら、ジェフリーさんが話しかけてくる。
「パーティみんなでコツコツ貯めてましたからね」
はっはっは、私達の戦闘力は銀貨530枚ですよ。たった今ほとんど無くなりましたけどね…
「だいたいのヤツらはDランクに上がる資金が作れなくてEランクでくすぶってるか、Dランクに上がっても金を使い果たして、長いこと足止めをくらうんだ」
なるほど、護衛依頼の試験官を買って出ようとしたアイマルもそんなDランク上がっって足止め状態だったのかね。
「おい、着いたぞ」
次にエッガーさんが案内してくれた店はなんの変哲もない雑貨屋だった。
「まあ、ここでは大したものを買う訳じゃないさっさと買ってしまおう」
水袋に食器、火打石に松明を人数分と鍋を買った
「最後は食料だな」
冒険者用に保存の効く状態にした食料を扱う店だった。
「おやじ、干し肉と干し野菜をいくつか。それから堅パンをくれ」
「あいよ」
愛層のない親父から食料を買うとエッガーさんが。
「ちょっと齧ってみろ」
そう言って干し肉をナイフで指の先ほど切り取ると差し出してきた。
「「「「しょっぱい」」」」
「まあ、干し肉だからな。味は二の次だ。こいつを味付けにして干し野菜と煮込んでスープにするんだ。堅パンはスープに浸してふやかして食べるんだ。そのまま食べると歯がかけるぞ」
どこまで本気か分らないが、買ったばかりの堅パンをコンコンと指で叩きながらエッガーさんは笑って教えてくれた。
購入するものの金額が決まったので、一度冒険者ギルドに行ってパーティ貯金を引き出してカールさんの『水晶の瞳』で支払を済ます。
使用人たちが後から買ったものと合わせて背嚢にすべて詰めたり括りつけてまとめてくれた。
ずっしりと重い買い物を4人で背負いながら帰っていると。
「これだけの荷物を運んで平気なように体に慣らすんだぞ。それからテントの組み立て分解は練習しておけよ。特に夕方暗くなった状態でもできるようにしておくんだぞ」
エッガーさんがなかなかにスパルタなアドバイスをしてくる。
「お前達も早くマジックバッグを手に入れられるといいな」
「ジェフリーさん。なんスか?それ」
「しらないか?バッグの見た目より多くの物が入って重さも感じない魔法の鞄さ」
「そんなものがあれば楽でしょうね…」
ユリアは背嚢の重さにふらついてる。
「『明けの星』でも1つしかない貴重品だな。たしか死んだ錬金術師の屋敷が魔物の住処に成っていた所を討伐した時に手に入れた物だ」
「そうそう、あの時はヤバかったなー。錬金術師の残したキメラと戦うはめになったしな」
「伝説級の物であれば、中に入れたものの時間が停止しているそうだぞ。保存食ともおさらばできる垂涎の品だな」
これまで、そしてこれからの冒険に思いを馳せるジェフリーさんとエッガーさんの顔は俺達と変わらないように見えた。
「じゃあ、4日後冒険者ギルドでな」
「保存食料理も試しておけよ」
2人と別れ、俺達は星屑亭に帰ることにした。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
引き続き読んでいただければ幸いです。