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55話目 馬車


 飢えを凌いで遂にこの時がやって来た。王都に帰還できるのだ。因みに亜人族達もルドルフさんによって、木を食べさせられていた。


 この閉鎖的な場所から出られると思うと心が晴れ晴れとする。けれども戻る場所が王都なので、少しここにいたいと言う気持ちもある。


「皆、良くここまで耐えてくれた。これより王都へ向かう! 

 フォイル。準備は抜かりないか? 」


「勿論ですとも」


 ニチャアと笑うフォイルにギルさんは頷き、馬車の方へと歩いて行く。

 俺はギルさんと一緒に馬車のに向かうと、やせ細ったスエノルさん、亜人族奴隷、ルドルフさんそしてギルさんの昔からの兵士もいた。


 そしてこの前話した、裏切りの疑惑が掛かっている兵士もいた。

 皆の顔は晴れ晴れとしている。亜人族奴隷を除いては。今俺はどんな顔をしているんだろうか。


 亜人族達よりもひどい表情をしているのだろう。


「うむ。皆、最後まで頼んだぞ」


 ギルさんはそう言って、馬車に乗り込んだ。その後ろに続いて、みんな馬車に乗り込んだ。

 見張りなどの見送る人間は誰一人といない。


 馬車は2台で、亜人族と並人族で分けられている。そしてガタガタと動き始めた。


「なんだいあんた。その顔は」


 スエノルさんが心配した口調で話しかけてきた。本当にひどい顔をしていたらしい。


「すみません。少し不安な事が」


 そう、マリナ達の事を思い出していた。今の俺にはどうしようもできないので、考えないようにしていたが、やはり難しい。


「ブフウ。マコト、ギル様が大丈夫だと言っているんだ。貴様生意気だぞ」


 そう小物っぽい事を言うフォイルだが、正論である。どうしようもない事を願っていても、現状は変わらない。


「まあなんだ。ギルが大丈夫って言う時には、問題無いからな。王都に着くまでの辛抱だ」


 ギルさんが言うに周りの人間が何とかしてくれているらしいのだが、報告が一つも入ってこないので訝しく思う。


「楽しい事でも考えたらどうだい」


 スエノルさんが優しく語りかけて来た。そして楽しい事を思い出す努力をする。

 けれども何も浮かんでこない。楽しい記憶が何もないのだ。

 

 唯々、憎いと思った事しか思い出せなず、思い出すのはどれも負の感情ばかりだ。


「ええ……ありがとうございます」


 俺は笑顔を被った。


「フン。最初からそうしていれば良い物を」


 フォイルはまたそう言ってくる。俺は暫く外の景色を見ながら、馬車揺られていた。

 そして火の玉の様な物が空中に打ち上がるのが見えた。


 そしてその玉はゆらゆらとゆっくり、こちらに近づいてきた。

 良く目を凝らしてみると、大きな火球である。

 

「あぶ」


 そう叫ぶも爆発音にかき消された。そして腕が一本俺の目の前に飛び込んでくる。

 目の前の馬車が爆発をした。馬車は木っ端みじんで、火の手が上がっている。


 乗っていたと思わしき人間は丸焦げで、即死なのが確認できた。そして嗅ぎ慣れた臭いがする。

 そして腕を持ったまま俺は飛び降りようとしたが、ルドルフさんに止められてしまう。

 

「放してください! まだ……まだ生きている人たちがいつかもしれないんです」


「やめろ! マコト! 生きている奴なんて一人もいねえ」


 身動きを取ることが出来ずに、ただただ燃え上がる炎を見る事しかできなかった。

 やがて炎は小さくなり完全に臭いもしなくなっていた。


 見る事が出来なくなった次に来るのは、やり場のない感情である。


 何とも言えない感情はどうしたら良いのだろうか。

 死んだことが急すぎて頭が追い付かない。と言うよりかは受け入れられない。


 何故仲良く、愛着が湧いた人間がこんなにも直ぐに命を取られてしまうのだろう。

 この感情だけは慣れることが無い。断言できる。


「おい、タチバナ。その腕をさっさと捨てろ」


 俺は嫌だと首を横に振る。


「あのな? 良いかタチバナ。この死はあいつらが望んだんだよ」


 どういうことなのだろうか。


「簡単な話。殺して欲しいと言ってきただけだ」


 という事はフォイルが殺すように手引きをしたという事なのだろう。


「何で……殺したんですか? 」


 俺はか細い声で問いただす。


「それはお前が分かる事だろ? 」


 そう言われると、俺も言い返すことが出来ない。

 しかし彼らは自由になるのに、故郷に帰れるのに何故死にたいと言ったのだろうか。


「それとだな……マコト。亜人族達から聞いた事なんだが。

 もう疲れた、と言っていた」 


 奴隷である事、自由の身になっても不安しか残らない事。既に彼らの心は壊れてしまっていたらしい。


「けどな、マコトには言わないで欲しいって事だったんだ……すまない」


「ハハッ」


 俺はそう乾いた笑いをした。理不尽が訪れたら笑うとはこういう事なのだろうか。


『旦那には感謝しています』


 そう言ったルドルフも嘘だったのだろうか。もう誰も信じられる気がしない。

 

 そして俺は分からない。死にたいような辛さ、苦しさ、痛さがあるのを知っても止めるべきなのかが。

 俺は殺してと言われて、止めていたのだろうか? また同じように殺していたのではないだろうか。そう思う。

 

 生きたいと思えない事も世の中には多くある。そして残念ながらそれに耐えられる程、強い人間はそんなにいない。


 仮に俺が止めたとして、彼らに幸せが訪れる事はあったのか? 全員に幸せを与える事は出来たのだろうか。


「貴様にはどちらにせよ、どうすることも出来なかったんだよ」


 フォイルの言う通りだと思う。人を変えるのは難しいし、更に覚悟を決めた人間を止めるのも難しい。

 そもそも俺には変えられる程、そんなにたいそれた力が無い。


「まあどちらにせよ。あの奴隷どもにはそれで良かっただっただろう」


 フォイルは相も変わらず、顔を前に向けたまま馬車を動かしていく。

 何故か分からないでいると、フォイルが続けた。


「王都に戻った所で殺されるのがオチだ。戦争奴隷を野に放つことは無いからな」


 そう言われると彼らはなんのために戦ったのだろうかと思う。それを彼らは知っていて戦っていたのだろうか。


「あとルドルフ。本当の事を伝えてやれ」


 フォイルが怒り気味にそう言う。


「いいや。こればっかりは言わねえ」


 野太い声でルドルフさんは睨みつけた。


「フン。なら俺が言う。簡単な話奴隷どもはお前を感謝なんてしていないぞ」


 意外な事実に俺は動揺してしまう。


「嘘ですよね? 」


 周りを見渡してみても誰も目を合わせずにいるので、どうやら本当らしい。


「嘘な訳ないだろう。だって奴隷の主だぞ。いくら優しくても憎いに決まっているだろう」


 当たり前だ。彼らに憎まない理由が無いはずも無い。

 彼らを奴隷にしたのも並人族、同族の俺は彼らから見てあまり変わらないのだろう。


 そして開放するとは言いながらも、開放する素振りが無いように彼らには見えたのだろう。

 それもそのはず、開放と言いながらも何人も亜人族奴隷が死んでしまっているのだから。


「お前ギル様に言われなかったか? 奴隷には優しくしすぎるなと」


 ここに来る前に言われていた気がする。あれはこう言う事だったのかと今身をもって知った。


「更にお前は何も行動しなかった。だからむの」


「フォイル。言いすぎだ」


 ギルさんがそう制止して、フォイルにそう言った。


「よいかマコト。お前の気に病むことは無い。お主の世界では知らないが、この世界の戦争奴隷なんてこんなものだ」


 俺は納得できない。


「このまま王都に帰った所で、人々の見世物になるだけである。

 だから彼らにとっては悪い選択肢でも無かった。そう思え。いいな。

 悪い方向には考えすぎるな。これは必要な犠牲だ。意味のある死を彼らはした」


 そう力強い目でギルさんはそう言った。

 



















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