51話目 ザクセン砦へ帰還
フォイルの馬車は日没前に何とかして、ザクセン砦へと到着するのだった。
ザクセン砦はこの前見た物と全く違う姿になっており、馬車から降りると立ち尽くしてしまう。
城壁には苔や蔓が生えており、石も所々剥げたりして、色落ちしている所なども見られる。
最初に来た時に思った、印象とは真逆で、堅牢さは何処にも見受けられない。
「まるで、陥落した砦か? タチバナ」
驚きで言葉を無くしていると、俺の気持ちを代弁するようにフォイルが言った。
「その通りです。いったい何が? 」
見るも無残な姿になったのは置いといて、原因を聞いてみる。
「ハア、そんなのも知らんのか? 入ってみればもっと分かる」
やれやれと言った感じで、フォイルは嫌味たらしく言った。そして、手でついて来いとジャスチャーをするので、亜人族たちと後に続く。
城門を潜り、久し振りの大広間へと出る。そこは腐乱臭が酷く、死体が大量に転がっていた。
死体と言っても、顔に布を掛けているので顔は見ないで済む。
辺りを見渡してみても、負傷している兵士が大量にいる。戦争でもしたかの様な光景だ。
「奴隷たちを早く檻の中へ戻してこい」
俺は目の前の光景に圧倒されていると、フォイルがキツイ口調で命令してくる。そうして俺は久しぶりの地下室へと入って行った。
そこでも驚きの光景が広がっている。亜人族奴隷たちが今まで以上に痩せこけているのだ。
明らかに食べ物が足りていない状態で、餓死する寸前なのかと思う程に弱っている。
「クソッ。並人族が」
小さな声で俺たち並人族を罵る声が聞こえる。誰が言ったかは分からないが、聞こえないふりをした。
久しぶりに、殺された檻の前に戻って来る。何故だろうか、未だに血の臭いがする。暫くはその空気感に飲まれてしまっていた。
ふと我に返り、亜人族たちに指示を出す。
「それじゃあ、暫くここで待機で」
檻の中に彼らを入れて、足早にその場所から去って行く。そして地下室の重い扉を開け、外へと出る。
「遅いな……いつまでかかっているんだ? 」
地下室から出た扉の前で、フォイルは腕を組んで怒る。時間はそんなにかかっていないので、難癖をつけに来ただけだろう。
「すみません。心配してくれるなんて、人の心が分かる良い人ですね」
俺は皮肉たっぷりに、今までのうっ憤を晴らすように笑顔で言う。
「クソ餓鬼が! 生意気に逆らいおって。年下は目上の人間に媚びへつらえばいいんだよ」
顔を真っ赤にして怒るフォイルをよそに、きちんと皮肉が通じていた事に驚く。やはり、無能では無いようだ。厄介な人に因縁をつけられてしまったものだ。
「まあ良い。そんなことより、早くギル様の所へ行くぞ」
そう言ってそのまま、ギルさんのいる部屋へと向かう。その途中、様々なうめき声が聞こえる。主に助けを求める声だ。
右も左も、『苦しい』『殺してくれ』『神様助けてください』とそう言った声しか聞こえない。本当に何があったのかが気になる。
「失礼します。ギル様。タチバナ マコトを連れてきました」
そう言うのと同時にドアを開ける。そこには机に座っているギルさんと、厳つい顔をしたルドルフさんが立っていた。
「ウムご苦労。マコトも無事で何よりだ」
ギルさんは大量に積み重なっていた書類のがいつもの様にあった。その為、手を休めずに書き続けている。
「すまねえなマコト。コイツ今仕事に追われていてよ。こう見えても心配していたんだぜ」
すかさずルドルフさんがギルさんのフォローに入る。
「まあ何より、良く戻って来てくれた」
ガハハと豪快にルドルフさんが笑い、そしてその後一瞬でルドルフさんの表情が変わった。どうやらここからが、本題らしい。
「どうやら俺たちの周りにも、裏切り者がいたらしくてな。何か心当たりは無いか? 」
俺はチラッとフォイルの方を見るが、ルドルフさんがため口で話しているという事は信頼している証拠なんだろう。
「ああ、フォイルはきちんと確認を取ったからな。違うぞ? 」
俺の疑念は晴れないが、確かに彼が和平派を不利な状況にするのは、理由が見つからない。
シャルルさんとのやり取りは、交易の何かなのだろうと考えているからだ。
そして今俺の頭の中にあるのは、カイマンとフォイルが亜人族達を殺した事だ。俺はふと殺しで引っ掛かる事を思い出した。
「すみません、ルドルフさん。殺された並人族の兵士は昔からの知り合いですか? 」
「並人族、ああ、人族の事か? 違うな。何人か和平派の人間が居るが、ほとんどは犯罪者たちだ」
やはりそうである。俺は人族の兵士、亜人族が殺された時、慰めてきた兵士の事を思い出す。
「実は……カイマンに殺された人族の兵士の事を、全員昔からの知り合いだと言ってる人がいて……」
俺はそのことを思い出す。けれども、もしかしたら気を使っただけなのかも知れないと、頭の中に浮かんでくる。
だとしても、昔からの知り合いを殺されて明るいのは明らかにおかしいとすぐさま否定する。
「分かった、調べてみよう。助かったぞマコト」
ギルさんは筆を止めて、不敵な笑みを浮かべ、その姿はシャルルさんにそっくりだ。
「それと、マコトに言いたいことがあるんだが……」
ルドルフさんは俺に目を逸らして、言いにくそうに語り始める。
「マコトの部屋にいた、亜人族たちがいただろう? 」
エルフのマリナと、獣人族のロイとメイの事だ。
「あいつら、カイマンの命令で王都に戻されちまった」
俺は耳の奥ににキーンと響く音が聞こえ、視界がチカチカする。そして、カイマンに彼女らが殺されないか、急に不安に襲われる。
「すまねえな……俺たちの力ではどうすることも出来なかった」
何やら国から直々の命令が書かれた紙、勅命書を突き付けられたらしい。国の命令権限が一部ではあるが、カイマンに譲渡する旨が記された紙だ。
これに逆らう事は、国に逆らう事になってしまうので、よほどの事では断れないらしい。
「何故、カイマンはそこまでの権力を? 」
王国の騎士学校を首席で卒業したからと言っても、そこまでの権限は持つ事は出来ないと思う。いくら親が貴族でも難しいだろう。
「カイマンは……勇者たちに絶大な支持があってな。その功績が認められて、王に信頼されているんだ」
という事はカイマンが、勇者たちをある程度指揮しているという事なのだろう。
「ならば、何故、亜人族を殺すようなことをするんですか? 」
少し俺は苛立ちを隠せずに、声を荒げて質問をしてしいた。
「それは簡単な事だ。あの餓鬼は人族至上主義の人間だからな」
フォイルが急に話し出す。カイマンと行動をしていたので、どういう人物なのかを大体把握できたのだろう。
因みに人族至上主義とは、並人族のみを人とし、それ以外は虫けら同然に扱うべきだと言う考えである。更に、この思想を持つ人間は、選民思想が芽生えているらしい。
「でも、何故、殺されたのは彼らだったんですか? 」
亜人族は他にもいたので、何故俺と関わっていた亜人族のみが殺されたのかが納得いかない。
俺がこの質問を問いかけると、皆黙ってしまう。暫くギルさんの筆を動かしている音のみがこの部屋で聞こえる。
「フム。これは私の憶測だが良いか? 」
ギルさんが話し始めると同時に、筆を止める。
「マコトがカイマンと戦った時、闘技場が黒いバリアの様な物に包まれただろう? 」
その記憶は鮮明に覚えている。顔に傷を付けて俺がボコボコにされた日の事だ。
「あれはシャルル殿から聞いたのだが、かなり強力な弱体化魔法なのだ。」
なるほど、俺は黒いバリアによって弱体化魔法を掛蹴られていたらしい。
「そのことは、俺も覚えているぜ。マコトは明らかにヤバいオーラを羽織っていたからな」
これは師匠たちの訓練のたまものなのだろうか、全く自分では分からなかった。
「そしてカイマンは、絶対にあの無能勇者を叩き潰して矯正させますと息巻いていたからな。完勝すると過信していたのだろう」
だから顔に傷を付けられて、あれ程までボコボコに殴ったのだろうと納得をする。
「まあ、纏めるとだが。ただ単にマコトが気に入らなかったと言う事なのだ」
誰も心の中何て読めないので、今は深く考えないで置く事とした。取り敢えず今出来る事は、マリナ達の無事を祈るだけだ。
「帰って早々にすまないない。暫くの間、休んでいてくれ」
そうギルさんは言って、俺は部屋から出て行った。そして1週間くらいは休みがあるらしい。色々と腑に落ちない1日だ。




