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50話目 帰還途中

 

 日の出と共に目が覚めてしまったので、いつもより早くリビングへと行く。

 

「おはようございます。誠さん」


 ハズキさんはいつもの様に挨拶をしてくれるので、俺も返す。勿論シャルルさんも起きていた。2人の朝が早い事に少し驚く。


「いよいよ今日ですね」


 シャルルさんは紅茶を啜りながらそう言った。そう今日はザクセン砦へと帰る日なのだ。遂にこの日が訪れてしまった。こんなに良い生活をした分、元の生活に戻れるかが不安だ。


 俺はそのまま朝ごはんを食べて、洋館から旅立つ準備をする。と言っても、浴衣から着替えて帯刀するだけなのだが。


「誠殿。それでは参りましょうか」

 

 俺とシャルルさんは玄関に向かい合って立っており、ハズキさんはエプロン姿のまま俺の後ろに立っている。


「ありがとうございます。それと、ハズキさんもお世話になりました。ご飯美味しかったです」


 俺は回れ右をしてハズキさんにお礼を言った。


「それは良かったです。私も楽しかったですよ。また、ここへ来てくださいね? 」


 そう寂しげな表情をするハズキさん前に、『勿論ですよ』と返す。それを最後に俺は洋館を後にし、キャンプ地へとワープをした。

 俺はワープを使うことが出来ないので、シャルルさんにしてもらった。


 この日は直ぐにフォイルが来るらしいので、ゆっくりしている時間などは無く、直ぐに亜人族を集めて待ち合わせ場所へ向かう。

 既に亜人族は起きていたが、まだ二日酔いが続いているのか、明らかに本調子ではない。


 いくら気まずくても、コドゥアやアンドゥに別れの挨拶をしたかったのだが、彼らもまだグロッキーな為、会う事は出来なかった。残念であると同時に、何処かホッとしている自分がいる。

 

 キャンプ地では誰とも出会わなかった。けれどもシャルルさんは一緒にフォイルを待ってくれるらしい。何かの用事があるとか言っていた。


 そして待ち合わせ地点へと、歩いて移動して行く。段々とキャンプ地から離れていき、進んで行くほど、歩きにくくもなって来る。1時間くらいして、やっと集合地点へと到着した。

 集合地点で皆を休憩させていると、シャルルさんが話しかけてくる。


「今日は一段と冷えますねえ、誠殿? 」


 それもそのはずだ。なぜなら今俺たちは、何にもない雪原の上に立っているからだ。周りには松明も何もないので、暖を取るにもとれない。

 そして時折吹いてくる追い風が、肌に突き刺さる。


「ええ、暖かい日本茶でも飲みたいものです」


 世間話をするものの、やはりすぐに会話が途切れてしまう。特に話すことも無く時間が淡々と進んでいった。

 ボーっとしていると突然、ワープしてきたトリスタンさんが現れる。いつもの様にキッチリとした服装だ。けれども少し気になった事があった。それはタキシードスーツが汚れていた事である。

 

「シャルル様、お掃除が完了しました。後でご確認ください」


 シャルルさんの斜め後ろから、報告をしている。


「ええ、ご苦労様ですトリスタン。さて、後はフォイル殿を待ちましょうか」


 何かがあったらしいが、流石に何があったかは教えてくれない。ただの掃除では無い事は確かである。何なら少し血生臭い。


「どうでしたか? 仕事の手ごたえは?」


「ええ、中々に苦戦いたしました。それと、ギル殿からの伝言で魔物興奮剤の製造元は特定したとの事でした。

 問題解決まであと少しの為、和平の日程は予定通り決行が可能だそうです」


 今の話ぶりだとギルさんの所へ行っていたらしい。最近良くギルさんの所へ行っているが、大丈夫なのだろうか。


「それにしても、製造元が気になりますねえ」


「申し訳ありません。そこは濁されてしまい強気に出ることが出来ず……」


 何か交渉していたのだろうが、俺には関係が無い事と流しておく。


「さて、そろそろフォイル殿が来る頃合でしょうかね? 」


 そうシャルルさんが独り言のように小さな声で言うと、馬車に乗ってフォイルがやって来た。


「ブフウ、これはお待たせいたしましたシャルル様。こちら、例の物になります」


 そう大きめの馬車の中から、馬車の大きさに見合わない1冊の本を取り出した。そしてその本を丁寧にシャルルさんに渡す。

 シャルルさんは暫くの間、じっくりと本の内容を確認し、体感30分くらい読み込んでいた。


「ええ、確かに頂きました。この内容で決定ですね」


「ありがとうございます」


 満面の笑みでフォイルは談笑をする。それにしても、嫌悪感のある外見だ。理由は元の容姿と言うよりは、性格の悪さがから滲み出ているからだろう。


「ブフウ有意義な時間でした、またお願いします」


「ええ、今後ともよろしくお願いしますね」


 ビジネストークをした後、シャルルさんとフォイルは握手を交わした。そうして、2人は俺に会釈を交わすとワープを使い一瞬でいなくなる。


「フウ……貴様ら何をしている。さっさと馬車に乗れ」


 そう言うといつもの様に不愛想で、不機嫌そうな顔をする。さっきまでの笑顔はビジネススマイルだったらしい。


「さっさと行くぞ」


 俺たちはすし詰め状態で馬車に乗る事になった。密度が高いため、臭いがこもってしまう。

 馬車の環境にも慣れてきた時に、ふと1つ不思議な事に気づく。それは商人であるのに護衛を1人もつけていない事だ。


「あと貴様ら、何かあった時の護衛をしろ。俺を何としても守れ」


 丁度護衛の事を考えている時に、威張った態度で命令をしてくる。イラっとはするが、フォイルがいないと帰れないのでここは我慢だ。

 そう思う俺をよそにガタンガタンと乗り心地の悪い馬車が走り出す。因みに、馬車の歯車は雪に強い加工をしているみたいなので、乗り心地は悪いが問題なく進む。


「……護衛は連れてこなかったんですか? 」


 俺は意識を逸らしてイライラをかき消すように質問をする。


「さあな? 逃げた奴など知らん。死んだんじゃないのか? 」


 鼻で笑う様にフォイルは答える。質問の答えが本当ならば、護衛は付けていたらしい。けれども居なくなったという事は、多分死んだのだろう。

 

「それより、シャルル様とやらはどんな人だ? 」


 急に質問を問いかけて来たので、咄嗟にいつも思っていた事を口に出す。


「全くつかみどころが無いです」

 

 2日間シャルルさんと話したりするも、性格や思想が全く分からず、人物像がぼんやりとしている。まあ、他にも思う所はあるが、詳しく教える義理もあるまい。


「フンッ、使えん奴だな。この2日間何をしていたのだ」


 フォイルはいちいち嫌味を言ってくる。何かの病気なのかもしれない。それ以降暫くの間、幸いな事に会話は無かった。

 ふと亜人族を見ると、未だに体調が悪そうだ。そして丁度ドナウド目が合う。


「旦那、皆やけ酒をしちまってですね。飲みすぎちまったんですわ、ですからその風呂に入れなくて、臭いがきつくてですね……」


 どうやら洗濯魔法を使ってほしいらしく、俺はマジックポーチから札を取り出して使う。そうすると、酒を飲んだ後の頭にクラっと来る臭いが解消される。

 けれども、体調が悪そうなのは変わりがない。どれ程酷い酒だったのだろうか?


「すいやせん。ありがとうございます……」


 そう言うとさっぱりして気持ちよくなったのか、深い眠りに入ってしまう。俺はする事が無くなったので辺り一面を見渡してみる。

 

 どうやら雪原は抜けたらしくて、灰と化した森に着いたようだ。白骨化した死体が辺りに散漫しており、様々の種族の死体を確認できる。

 更に死体よりも印象的なのは、硫黄の目と鼻にツンとする臭いだ。


 灰と化したと言っても、地面までも完全に灰になっているわけでは無く、降り積もっているといった感じだ。けれども木があったであろう場所には完全に灰となって崩れている。

 周囲は平らではあるものの、灰色の霧がかかっているので見通しは悪い。


「よし、そろそろ到着するから、貴様らも降りる準備をしておけよ」


 という事はザクセン砦へと近づいていると言う事なのだろう。それにしても、ザクセン砦に近づいていくにつれて、種族関係なく腐敗した死体が増えて行く。


 死体は内臓が飛び散っていたり、顔半分が無い物、頭が歪にへこんでいる物などが多く、ハエが大量に群がっている。

 そして死体には排泄物が大量にまき散っており、気負抜いたら吐いてしまいそうな光景である。更に、死体の数は1日経っても数え切らないほどにまであった。



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