49話目 机
……朝だ。俺は机の上に突っ伏して眠っていて、昨日いたはずのシャルルさんは目の前にいない。腕を枕にしていたせいか、右腕がとても痺れる。
肩にはブランケットが掛けられていたので、それを畳んで椅子の背もたれに掛けた。恐らく、ハズキさんが掛けてくれたのだろう。
「ああ! やっと目覚めましたか。マコトさん」
そうおっとりした声で言ったのは、小さい鍋を手に持っているハズキさんだった。
「おはようございます! 今は朝じゃなくてお昼ですよ」
大分眠ってしまっていたらしい。
「丁度、ご飯なので一緒に食べましょう! 」
お腹は空いていたものの、これ以上迷惑を掛けるのは気が引けるので断ろうとした。しかし体は正直な事に、美味しそうなスープの匂いを前にして腹の虫を鳴らしてしまう。
「それじゃあ、誠さんの分のスプーンとお椀を持ってきますね」
とても恥ずかしく、顔に血が上っていく事がわかる。パパっと素早くハズキさんは動いて、直ぐにお椀とスプーンを持って来た。彼女は目の前に座ってお玉でスープを掬う。
ハズキさんがお椀を渡してきたので、両手で受け取りそのお椀を確認すると、クリームシチューであった。俺の大好物だ。湯気が立っており、色合いも完璧で一層食欲を掻き立ててくる。
「「いただきます」」
大きな声で言い、勢いよく口の中に掻き込んでいく。無我夢中で食べていると、直ぐに食べきってしまった。お代りをしたい所だが俺はグッとこらえる。
「まだまだ、沢山あるので食べてください。作りすぎちゃって……」
それならばと俺はクリームシチューを沢山お代りした。食べている途中、にんまりとした表情でずっとハズキさんが、こっちを見ているで少し食べにくい。
5杯くらい食べたあたりで、鍋のシチューが無くなってしまう。
「フフフ、そんなにしょんぼりした表情をしないでくださいね?
また、此処に来きたら作ってあげますから」
そんなにしょんぼりしていたのだろうか? 俺は疑問に思って、聞いてみる。
「髪で目は隠れていますけど、口元がハのじになっていましたよ」
流石はシャルルさんと一緒にいるだけあるなと思う。とても洞察力が鋭い。食べ終わった事だしどのタイミングで帰るべきかと、考えているとハズキさんが質問してきた。
「誠さんは、日本でどのように過ごしていたんですか? 」
不意に日本の話を聞かれてしまったので、少し慌ててしまう。一呼吸置いて、思い出しながら学校生活を語った。学校生活とは言っても、主にエリザベス達との事である。
面白い話では無いと思うが、興味深々の様子だ。それにしても、生活を聞いてくるとは珍しい。
人と話していると、嫌な事を考えないで済むので気が楽である。
「へえー。ご家族とかは? 」
何も話せることが無い。なぜなら記憶が無いのだから。頭がおかしいのかと思われるかもしれないので伝えるか迷う。けれどもハズキさんは優しそうなので打ち上げてみる。
「実は、全く記憶が無いんですよ……」
そう言った後は、アハハと愛想笑いをしてごまかした。チラッと見るとハズキさんは、一気に表情が暗くなり俯いた。
暫く黙りこんでしまい、戸惑っていると雫がポタポタと落ちるのを確認する。
「それは、とても、悲しいですね。家族を忘れてしまうだなんて……」
泣いているせいかつっかえながら話す。俺は焦ったがどうすることも出来ずに、慌てふためいていると、『ちょっとごめんなさい』と言って席を立ってしまった。
家族がいないことを悲しく思われたからだろうか、泣かれた理由が全く見当たらない。
こうして俺はハズキさんが戻ってくるまで、帰るに帰れない状況になってしまう。
どうしても一人の時間になると、魔人族を食べた事、亜人族が殺された事を思い出して頭を抱える。
こうなってしまうと、ただ後悔の念に飲み込まれてしまう。そんな自分が不幸に酔っているように感じて、本当に嫌いだ。
考えない様にしてはいる物の、やはり頭からあの味と、亜人族の顔と血の臭いが離れない。もう身体に刻み込まれてしまっている気すらする。
亜人族は言わないが、ドナウド以外の目からは失望、憎悪の感情が読み取れた。お前さえいなけらばと言う目を思い出す。
俺が食った人の中には、家族がいて子供もいたはずだ。コドゥアやアンドゥの様な家族が。
更に俺は多分、今家族がいない事で泣かれている。そんな風に泣かれるべき人では無いのに。
「ごめんなさいね。泣いてしまって。もう泣かないって決めたのに」
そう言って席に戻って来たハズキさんなのだが、まだ目は潤んだままだ。目の周りを擦ったのだろう、眼球が充血しきっている。
「あらあら、今度は誠さんに何かあったみたいですね。良かったら相談に乗りますよ? 」
また顔に出ていたらしい。目が見えないと言うのに良く分かるなと思う。しかし、気に掛けて貰ったのだが、俺は内容が内容なので口を噤むことしかできない。
「言いたくない事もありますよね。でも余計なお節介だと思って聞いてくださいね?
こういう時は考えすぎないのが1番なんですよ! あなたは考えすぎです! 」
まるで俺を知っているような口ぶりだが、シャルルさん程の洞察力があるのならできなくも無いかと思う。
「そんなに自分を責めないであげてください。貴方は悪い人では無いんですから」
そうニッコリと微笑んでくるハズキさんを見て、この人には敵わないなと思った。
「そうですよ、誠殿」
いつもの様に急に表れたシャルルさんがいた。
「今、お帰りですか? 」
「ええ、丁度ギル殿との会談が終わりましてね」
目覚めてから居なかったのはこの為だろう。ここの管轄をしている訳だから、忙しくて当たり前だ。
「それと誠殿、ギル殿から聞きましたよ。亜人族の奴隷が大量に殺されたのだと。
それも落ち込んでいる理由なのですね」
ギルさんにまでも落ち込んでいる事を知られているみたいだ。
「こればっかりは、もう仕方がありません。ここはそう言う世界なのです。
難しいと思いますが、割りきってください」
やはり俺はどこかで異世界を舐めていたのだろう。命なんてものは直ぐに奪われて、明日にでも急に無くなる。この現実をまだ受け入れることが出来なかった。
まだゲーム感覚でいたのだ。そして自分に言い聞かせる、ここは別の世界なのだと。
人は簡単に死に誰も守ってはくれない、完全な実力主義の社会。生きる為に皆必死になっている世界だと、自分に渇を入れる。
「すみません。色々と気を使わせてしまったみたいで」
何とか平静に戻ることが出来た。
「ええ、ゆっくりで良いですよ。でも人の心は無くさないでくださいね? 」
確かに急に変わる事は無理そうだ。ゆっくりと慣れて行こう。
「じゃあ、私はご飯をかたずけてきますね」
ハズキさんは一息ついた所で、そそくさと出て行ってしまった。
「ああ、それとこのメモ助かりましたよ。色々な言語が混ざってて読みにくかったですが」
胸ポケットから昨日描いたメモを取り出し、ヒラヒラと揺らしていた。
「因みにこの紋章はギル殿とルドルフ殿にもありましたよ」
これで紋章を持っている人が7人である。やはりまだまだ手掛かりは少ない。
「あ、そう言えば誠殿は行く当てがあるのですか? 」
シャルルさんが突拍子のない事を聞いてくる。行く当てとは、和平の後だろうか。
「多分、サンペルトス王国に従うと思います」
これに関しては、あの国の人間から良くは思われていないので、追放される可能性も十分にある。なので何も言えない。
「それは残念ですね。もし行く当てが無いのなら、いつでもここに来てくださいね?
研究も進みそうですし、色んな言語を話せるので大歓迎ですよ。勿論、住み込みでね」
それはとても魅力的な提案である。もし追放されたらここへ来ようと思う。
「ええ、その時は甘えさせてもらいます」
そして今日も泊っていかないかと、聞かれたので勿論止まっていく事にした。無論、紋章の考察、研究の為だ。
因みに亜人族たちは、2日酔いでグロッキーらしく、魔人族も例外では無かった。酒とは何とも恐ろしい物なのだろか?
そしてこのまま洋館に泊まって研究するも、何も進展は無かった。けれど昨日と違ってベッドで眠れた。
布団に入る時、昨日の眠気は何だったのだろうかと疑問に思う。しかしシャルルさんの気遣いなのだろうと納得する事にして、心地のいい夢を見に行った。




