48話目 リビング
あれからどれ程、風呂に浸かっていたのだろうか? 手指はふやけ、頭がクラクラしてくる。
完全にのぼせてしまった。これはまずいと思い、外へ涼みに行く。
脱衣所には鏡があり、そこを覗いてみると俺の顔は真っ赤だった。それと目も真っ赤だ。
備え付けられているタオルで、水と汗を拭き取り浴衣に着替える。
体が火照ったまま、リビングへと向かう。その部屋ではコーヒー牛乳とチョコチップクッキーが机の上に置いてあった。
「湯加減が良かったみたいで、安心しました」
リビングの椅子に腰かけているハズキさんが、読んでいた本を閉じて話しかけてきた。
「机の上に置いてあるクッキー、良かったらを食べてくださいね。
腕に振るいを掛けたので......」
照れながらハズキさんは言った。俺はコーヒー牛乳を飲んでから、クッキーを口に入れると無意識に口が動く。
「懐かしい......」
デジャブを感じた。このクッキーは食べ慣れた味であり、いつもより強烈に不思議な感覚に陥る。断言できる。今回が初めてでは無いと。
「味はいかがです? 」
少し眉をひそめて感想を求めてくる。味の感想を言っていないので、当たり前だ。
「美味しいです。何と言うか、母の味? みたいな温かさがあります」
俺は思った事をその通りに述べた。
「良かったー。とても自信作なんですよ今回のクッキー」
エッヘンと胸を張って、喜んでいる。王都にいるエリザベス達に聞いたら、何か分かりそうな気がした。
そう言えば、あいつら何しているのかな? ふと顔を思い出すと、何故か喧嘩している状況が目に見えて浮かんでくる。
独り懐かしさに浸っていると、ハズキさんが思い出の中に入って来た。
「マコトさん、お休みになりますか? 」
これはシャルルさんと紋章について、話す気があるのかと言う意味が込められているのだろう。
今の俺を配慮してくれてハズキさんから聞いたのだと推察する。
まあ、コーヒー牛乳が出ている辺り、なるべく聞きたいと言う意向なのだと思う。
「いえ、大丈夫です。シャルルさんは何処へ? 」
辺りを見渡すと、コーヒーを持って机に向かってくるシャルルさんが見えた。
「あ! 丁度来ましたね。おかわりのクッキーを焼いてきますね」
そう言ってハズキさんは、キッチンへ向かう。そして入れ替わるようにして、シャルルさんは席に座った。
真上にあるシャンデリアが煌々と光り輝き、このリビングは一気に息を呑むような空間へと様変わりした。
ギルさんとシャルルさんが、交渉している時みたいな緊張感だ。
「もう大丈夫なのですか? 」
さっきのお風呂場での事だろう。さっきのシャルルさんとは別人であり、真顔で座っている。
いつもの張り付けた笑顔がなく本気を感じる。改めて1人で対峙すると、格の差という物をことごとく思い知らされる。
「ええ、ある程度。落ち着きました」
そう伝えると『それは良かったです。紋章ですが.......』と早速本題に移った。そうして俺はマジックポーチから最後の巻を取り出す。
謎関連の章に入り、紋章について記載されているページを開く。
「これは、日本語ですね? 何と書いてあるか、読み上げて貰って良いですか? 」
俺は縦に首を振って、紋章について書いてあるページを音読する。
【紋章】
この紋章については、人類が忌まわしき天空の化け物に負けてから現れた物である。
確認できているのは、この本の著者である私と、書くようにに指示した者だけだ。
確証があるのはこの2つのみだが、魔人族に亜人族、並人族にも確認されているらしい。
研究者は、何か意味を持っているとの見解だが、解明は出来ていない。
残念ながらこの情報では結論付けるのは難しい........
「これで、終わっています」
本当に少ない情報量ではあるが、大分昔から存在しているようだ。
「ありがとうございます。本当にさっぱり分かりませんねえ。
いやあ、更に面白くなって来ましたねえ」
本当に謎が好きな人なんだと思う。しかし面白いと言っている割には、笑っていない。
「この私の手の甲にあるこの紋章は、どういう意味なんですかねえ」
机の上に置いて見せてくる紋章は左側には縦線に、ニョロニョロした感じの線が2本交わっている。
右側の上には人のような形と、下側には指の様な物が描かれている。
因みに俺の紋章は胸の中央に刻み込まれており、右と左で書いてあるものが別である。ぱっと見象形文字の様だが、似ているだけだと思う。
「まずこれが現れる共通点は何なのか、先ずはそこからですね」
魔人族の中でも、紋章が確認されているのがシャルルさんとアンドゥとコドゥアの3人だけなのだそうだ。
並人族では、ハズキと俺のみである。もしかしたら他の勇者もあるのかもしれない。今度聞いてみる事にしよう。
亜人族では未だに確認すらされていないらしい。
「やはり共通点は見つかりませんか......何か日本とでも関係があるんですかね? 」
確かにシャルルさんが言う様に、俺にも刻まれているという事は、この世界だけで収まる話では無さそうだ。
「シャルルさん、その紋章はいつ出来ましたか? 」
これに関しては全員、いつの間にか出来ていたらしく、誰も詳細な時間なども分かっていないらしい。
「誠殿には言っていませんでしたが、この紋章は持っている人しか見れないのですよ」
紋章を持っていない人間には見えないらしい。更に良く分からなくなる。
「フム、でも天人族が絡んでいるのは確かですね。そこの本にも書いてあるように」
それは全く間違いないと思った。前、シャルルさんが意味深な予言みたいな事を、言っていた事を思い出す。
「何か、龍が倒れた時、灰になるみたいなこと言っていませんでした? 」
龍については知らないが、今この森が灰になっているこの奇怪な現象だけは掠っている。
「ええ、世界終末論ですよね? 針が一周したら世界が滅ぶ危機が迫ると言う預言書ですよ」
そこからはシャルルさんはコーヒーを飲んでから、世界終末論を暗唱し始めた。
俺は書くものを用意して、聞きながらメモをし自分の考察も入れていく。
「1時には、世界が混沌になる」
これは、今の大戦の状況を参照できる。
「2時になれば混沌とした世界が、1世紀ばかり続く」
100年位続いている今の戦争で証明できるだろう。
「3時には、裏切り者と終わりを導くものが手を結ぶ」
裏切り者は、この前シャルルさんが言っていた事なのだろうか? それならば、時間軸が前後しているので違う。
「4時には、大量の異物が混入する」
確か転生者は異物だと、転生する時の神様が言っていた気がする。
「5時には、龍の守り人が殺される」
この前に出てきた龍の話である。この存在が全く分からない。
「6時には、森が灰と化す」
魔の森の事を指しているのであれば、間違いではない。
「7時には、人々が混乱する」
すでに混乱状態の様な気もするが、更に混乱すると言う事なのだろう。
「8時には、身内内の争いが起きる」
同じ種族同士での戦いと言う解釈をしておこう。
「9時には、身内の殆どが死する」
種族同士で戦争をしたとしても、そんなに大量に死ぬ事は無いと思う。
「10時には、天空の門が開かれる」
これは完全に天人族だと確信できる。
「11時には、残り物と神が戦う」
神とは広い解釈過ぎて、分からない。もしかして天人族では無く、天神族との間違いかとも思うが、そんな馬鹿らしいことは無いとすぐに否定する。
「12時に、2度目の敗北を喫し希望が消失する」
人類が滅ぶとしか考えようがない。
「この時計は何があっても止まる事は無い。
人族はどれ程、この時計の意思に逆らうかが鍵となる」
という事は、回避する事が出来る物もあるみたいだ。
「最後に13時からは希望も訪れる」
12時で滅んでいるのに、13時が回ってくるという事は、回避したと言う事なのだろうか?
「これが予言の内容ですね。所々重なるところもあるのですが......
所詮は預言書、魔法的、科学的根拠もありませんからねえ。預言書通りに動くなんて事は、出来ないのですよ」
シャルルさんは咄嗟に頭を押さえる。つまり、天人族関係の事が出たと言う事だ。コーヒーを持て来るのも納得である。
「今、私なんて言いました? 」
「科学的根拠......ですか? 」
ん? 俺は今、この世界に化学が存在しない事を思い出す。魔女狩りの様な物で、科学者は皆殺しされたと聞いたからだ。
シャルルさんは何を知っているのだろうか? 質問しようと思ったが、既に眠ってしまっている。
何故だか俺も、とても眠い。そして意識を手放す前に、緑のスカートを目に入る。




