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47話目 魔物か人か


「オレノ、ムスコノホウガ、カワイイ」


「イヤ、オレノ、キョウダイダ」


 暫くの間、彼らはこの会話しかしていなかった。段々と酔い始めて、次第に呂律も回らなくなってきているが、絶対にやめる事は無った。


 次第に彼らは口論にまで達していた。たぶん彼らは馬が合わないのだろう。けれども、どこか2人は似ているところがある。

 本当は仲が良いんだと思う。


「2人は賛成なのか? 和平に」


 喧嘩を止めようと何気ない質問をすると、勿論だと口を揃えて言う。


「カゾクニ、アエルカラナ。

 ドコカノダレカト、チガッテ、ヨメダニナ。ドウテイトハ、チガウ」


 直ぐにアンドゥがコドゥアを煽りだした。


「カワイソウナヤツダ。カエッテモ、ヨメニ、シカラレルダケナノニ。

 ナニヲ、ソンナニ、ジマンンデキル? 」 


 コドゥアも負けじと反論し、鎮火しようと思った炎はさらに燃え上がる。

 俺は諦めて、2人のバトルをつまみにリンゴジュースを飲んだ。

 

 リンゴジュースには砂糖が入っていない、果汁100%のジュースだ。思いの外美味しくは無い。

 けれどご飯の口直しにはピッタリである。

 ご飯に関してだが、ビールのおつまみにある様なものが殆どだ。リンゴジュースにも案外あう。


 宴会が進んで行くにつれて、騒がしい声も段々と聞こえなくなっていた。

 お酒には強いと豪語していた目の前のコドゥアやアンドゥも、ついには眠ってしまっている。


 俺は目の前の2人を起こそうとするが、反応が無い。寝ゲロしたらまずいと思い、俺は2人の顔を横へ向ける。

 

「誠殿は飲んでいなかったのですか? 」


 シャルルさんがいつの間にか後ろに立っている。夜の為明かりが少ないので、普通に怖い。


「ええ、未成年は飲めないんですよ」


「成るほど、そんな事も言ってましたね」


 何処かで、聞いたことがあるみたいだ。そして、シャルルさんには未成年と言う意味が伝わり、憲法の存在も知っていた。

 因みにこの世界には憲法の様な、明文化された法律は無く。その代わりに、慣習的な曖昧な法律が存在している。


「今日も良かったら是非、家に来てください」


 紋章の事についての事だ。ただ招かれているわけではあるまい。


「分かりました......コドゥアとアンドゥは、いいんですか? 」


 チラりとイビキをかいて、寝ている2人に目線をやる。

 私の口から伝えます、と2人は放置してその場から去って行った。

 寝ゲロをしないか心配で、周りをキョロキョロ見ているとシャルルさんが口を開く。


「嘔吐に関しては問題ありませんので、気にせずに行きましょう」


 良く分からなくて、首をかしげているとお酒の説明が始まる。

 纏めると、彼らが飲んだお酒はアルコール度数が18%あり、口当たりはスッキリとしてい居るので飲みやすいようだ。

 更に恐ろしい事に、いくら気持ち悪くなったとしても吐けないらしい。


 酒の名前はバーレンメットと言うそうだ。ハチミツの酒らしい。

 アベイユと言うハチの魔人族がいるみたいなので、彼らからハチミツがほぼ無限に供給されるそうだ。 


「それでは私の館までワープしましょうか 」


 少し歩いた所で、ワープの体制に入る。

 マジックポーチを持っている事を確認し、一瞬にしてすぐ館の目の前までに到着した。

 何か、今初めての異世界らしいことが起きてる気がして、感動している。


「誠殿はワープ初めてでしたね」


 ワープに感動しているのだと思い、シャルルさんが声を掛けてくれる。しかし俺は違う事に感動しているので、返す言葉に困る。


「お帰りなさい。シャルル様、マコトさん」


 助かった、ナイスなタイミングでの助け舟だ。俺はそのまま館へと招かれた。


「マコトさん、お風呂が沸いてるのでお入りください」


 緑のロングスカートを履いている清楚な女性は、昨日浸かった湯船へと連れていってくれた。勿論、靴は脱いでいる。

 と言っても直ぐお風呂に着いた。


「昨日と同じ場所に浴衣を置いておきましたので、ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言うと引き戸をパタンと閉めて、どこかへ行った。

 早速服を脱いでシャワーを浴び湯船へと浸かる。


 本当に、こんなにも癒してくれるお風呂は偉大だと思う。

 癒されながら俺は、あの宴会は少し楽しかったなと余韻に浸る。


 最近、あんなに人と喋ったのは久しぶりだった。

 ふと俺は気づく、コドゥアやアンドゥを人と認識してしまっている事に。いや、気づいてしまったと言うべきだ。


 無意識的に考えない様にしていたのだろうか、風呂に入って気が緩んでしまい。ねっとりと纏わりつくように頭に浮かび上がってくる。

 今まで人と何ら変わりのない、魔人族を食べてしまっている事に。


 魔人族は人では無いから大丈夫だと、見た目で判断してしまっていたのだろう。

 彼らの見た目は醜い。だから平気なんだと懸命に言い聞かせている自分がいた。

 

 ああ、何という事だ。正に自分の欲の為、食欲の為に人を食していた。何という外道なんだう......

 魔物と全く変わらないなでは無いか。


 俺はそう思うと自傷行為に走り、頭を掻きむしる。そして声を殺すように叫声を上げた。風呂の水が荒れて、音を上げている。

 心のどこかでは他の人族とは違う、先進的な考えを持っていると思い込んでいた。


 しかし事実はそうではなく、俺は人では無かった。最初は罪悪感、背徳感を感じていたのだが終いには何も感じなくなっていた。

 それが日常となり、当たり前のように肉を食らっていた。


 よく平然とした顔で罪悪感も無しに、彼らに接することが出来たものだ。そんな自分をとても恐ろしく感じる。

 本当に俺は何者だ? 何故記憶が無い? 何でこんなにも適応してしまっている?


 再び思考の海へと飛び出した。これは、やはりこの方が楽だからである。再び現実逃避だ。

 

 1人広い風呂の中でぼんやりとしていると、ガラガラとお風呂の戸が開く音がする。

 目をやると、腰にタオルを巻いたシャルルさんが立っていた。 


「遅かったので、死んでしまったのかと思いました。死ぬ時は私に言ってくださいね?

 あ、気を悪くしないで下さい。唯の悪魔ジョークですよ」

 

 テンション高めなシャルルさんが入って来た。俺は何とか振り絞って、発声する。


「面白いですね」


 今はこの言葉が限界だ。


「何があったんです? 」


 一段と落ち着いた声でシャルルさんは言う。俺は救いを求めるように落ちこんでいる理由を話す。

 そこには魔人族だから話しにくい等は一切なかった。俺は唯々、救いの手を差し出してほしかったのだ。


「なるほど。魔人族を食らったと......だから骨が多かったのですね......」


 体を洗い終わったシャルルさんは、そのまま対面に座る。けれども1度彼の目を見てから、それ以降は合わすことが出来ない。


「それは仕方のない事です。緊急事態に食人する事はよくある事なので。

 更に敵を食人するなんて事は、歴史でも何回もありました」

 

 けれども、現代日本に居た俺からしたら到底受け入れる事の出来ない事である。 


「この事に関しては、最終的な原因が戦争なので、攻める矛先を間違えないでくださいね」


 つまり考えすぎるなと、言う事なのだろう。必死に俺は悪く無い、普通だと言い聞かせる。

 そうする事で不思議と楽になっていく自分がいた。


「ありがとうございます。少し、楽になりました」


 ボソボソと小さい声でお礼を言う。彼の言葉が本当か嘘かは関係なく、こう言ってもらえると気が楽だ。

 もし、慰めでは無く責められていたら俺はどうしていたんだろうか......それは、分からない。


「まだまだ、悩みごとですか?」


 彼は本当に人の表情から、察するのが上手だ。

 俺は自分が何者なのかと言う、痛い質問をしてしまう。酒でも入ったのか? 自嘲的な笑いがこみ上げてくる。


「これは難しいですね。なので幾らでも悩めばいいのです。若いのですから。

 過去から自分を見つける人もいますし、行動して自分を見つける人もいます。

 私はこう思えるのも、人の特権であると思いますよ」


 俺は魔物ではないという事なのだろうか? 今はそう解釈しよう。

 そして顔を見上げると、今までに見た事のない様な顔で笑っているお年寄りがいた。


「初めて感情的な所を見ましたねえ。いっつも同じ表情で、何考えてるのかわからないので、感情的な部分が見えて嬉しいですね。

 もし、答えが分かったら是非教えてください」


 温かい口調でそう言うと、『では』とお風呂を先に上がって行ってしまった。取り残された俺はポツンと考えていたのであった。

 

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