43話目 朝の洋館
凄く目覚めの良い朝が訪れてくる。体の疲労が一気に抜けた感じが身に染みて分かった。
温泉とこのフカフカのクイーンベッドのお陰であろう。
空気が籠ってしまっているので、カーテンを引いて窓を開けると眩しい光が差し込んでくる。
部屋の中は深々とするものの悪くは無い。
改めて部屋を見渡してみると、部屋は8畳ほどの大きさで広々としている。更にはこれもまたアンティーク作りの趣のある机と椅子がセットされていた。
その隣にはきっちり整理されて並べられている本棚が置かれている。
本棚を調べてみると、様々な文字で書かれた幾つもの本が置かれていた。そしてふと異様な本に眼が惹かれた。
タイトルは【】、空白となっていてとても攻めたタイトルである。
手に取り開いてみるが、そこには何も記されていなく空白のページが永遠と続いていたのであった。
けれども何故だろうか? 何か重みを感じるものがあり、自分でも信じられないほどに惹かれる何かがあった。
「おはようございます。お早いですね」
ハズキさんが急に入って来たのでびっくりする。
「おはようございます」
寝起きのガサガサな声で挨拶を返す。
「ごめんなさい。開いていたので勝手に入ってきてしまいました」
これからは開けっ放しにする事は必ずやめようと思った。
「その本、気になるんですか?」
この本に見惚れていた頃から、彼女はずっと見ていたのだろうか? そう思うと少し恥ずかしい。
「はい。何か、良く分からない魅力があって、とても気になるんですよ」
感じたことを嘘偽りなく伝える。この感覚は一目ぼれに近い感覚だ。
「良かったら、その本を差し上げますよ? 」
本来なら少し悩んだりするところであるが、考える暇も無く口が勝手に動く。『欲しいです』と。
しかし考えなしに貰った事で、一つ不安な事があったので聞いてみる。
「その、これはシャルルさんの私物では無いのですか?」
シャルルさんがこの家を管理しているように思えたので、許可を取らなくて大丈夫なのかなと思ったからだ。
貰うと言った手前ばつが悪い。
「いえいえ、そのような事は無いですよ。
この家は元々シャルルさんの先生のものだったらしいですから」
またシャルルさんの先生が出てきたのだが、詳しい人物像は分からない。
けれども彼は少なくとも、建物や家具を見るに明治以降の人間である事は確かだ。
「そしてこの家に訪れた方には、お土産として本を渡すと言う事になっているのです。」
だから本をくれるのだろうか、完全に納得したと言うわけでは無い。
、
「お二人ともおはようございます」
いつの間にかすぐそばで話を聞いていた、シャルルさんが腕を組んで立っていた。
「「おはようございます」」
ハズキさんと挨拶のタイミングが重なると、シャルルさんは苦笑を浮かべて居た。
「どうしてここに?」
「楽しそうな声が聞こえてきたので、ついつい立ち寄ってしまって……
盗み聞きする気はありませんでしたけどね」
俺が質問すると話の内容をきちんと聞いていたことが分かる。
本当に気づいたら近くにいることが多い。
「ハズキの説明だけでは物足りないので、少し補足させていただきますね」
補足とは、この本の事なのは明白である。ハズキさんはここに来て浅いのだろうか、この家の事を余り知らなさそうだ。
それでは早速と前置きを置いて、ハズキさんの少し斜め前に立って補足説明が始まった。
「ここにある本は主人を選ぶのですよ。
選ばれる人の特徴として、アンドゥや誠殿の様に紋章がある事が条件なのです」
この原理は全く分からないらしく、運命と言うしか説明がつかないそうだ。
また、コドゥアはまた別の部屋で本を選んでいるようで、種族別に部屋と本が分けられているらしい。。
そして俺はこの本を見惚れたと言うよりか、魅入られたといった表現の方が近いだろう。
「シャルルさん達もあるんですか? 」
シャルルさんはコクリと頷き続いてハズキさんに目を合わせてみてもコクリと頷いたので、2人とも持っているみたいだ。
「それとギル殿とルドルフ殿、コドゥアも紋章を持っていますよ」
サラッと聞こえた新事実に目が飛び出そうになる。彼らはこの家に泊まったことがあるという事だ。
紋章については未だに想像もつかなく、共通点がある用で無いので摩訶不思議だ。
「な、なるほど。本当にこの紋章について良く分からないんですね」
今はマジックポーチの中に本と刀をしまっているので、拠点に帰ってから本を確認しようと思った。
それにしても、まだ2つの紋章を確認しただけだが、他の人の紋章も厨二病っぽいのだろうか?とても疑問に思う。
「ええ、私も本当に分からないんですよ」
600年以上生きても皆目見当もつかない物もあるのだろうと、リアルに感じる。本当にこの世界は未知な物が多いらしい。
「そもそも、この建物はどういった物なんです?」
本を貰える事は分かったけれど、何故もらえるかの理由が分からない。
建物にヒントがあるのでは無いかと思い、尋ねる。
「説明していませんでしたね。この建物は……そうですねえ。簡単にいうと、他種族間で住んでいたシェアハウスと言ったものですかねえ」
なるほど、だから様々な言語の本が存在しているのだろう。探せばもしかしたら日本語の本が見つかるのかもしれない。
「そしてこの建物のは、この世界の知識や未知なる物の探求の為に使われていました。
なので様々な知識を持った人間が居て楽しい生活でしたよ」
更に詳しく聞いてみると、疫病の研究や魔法の開発なども行い、この世界に様々に貢献を行ってきていたみたいだ。
「そして時間が経つ度に1人1人、姿を消していってしまいましてね……
今は私とハズキの2人しかいないのですよ」
言われてみれば空き部屋は閑散としていて、活力は無い。多分ハズキさんも最近住み始めたのだろう。
「因みにこの家に住める条件は、紋章がある事が条件なのですが、如何です?」
突然にシャルルさんからの誘いではあったが、俺の答えは悩むことも無く固まっている。
「申し訳ないのですが、それは出来ません。待っている人、お世話になった人がいるので……
まだ傍に居たいんです」
ギルさんやルドルフさんから、今この状況下で離れるという事はしたくない。せめて和平が結ばれてからだ。
「そうですか……残念です。ですが、落ち着いたらいつでも来て頂いても構いませんからね」
微笑みながらシャルルさんは優しい声で言った。
今冷静に考えると、今直ぐにでも住まないかと言う提案では無い事に気づく。今急に並人族側から居なくなったら色々と問題が生じるからだ。
俺の早とちりで気を使わせてしまったらしい。
「痛み入ります」
面目を立ててくれたので俺がお礼をすると、口元に手を当てながら笑顔で、何の事ですか? ととぼけていた。
「それでは大分長い間、ここに住んでいるんですね」
話題を変えるためにふと頭に浮かんだ感想を述べる。
「ええ、私が記憶を失っていた時期も、この建物だけは覚えていたのですよ。
何故ですかね?」
それほどにまで、思い入れのある場所なのだろう。
「それとこの建物の名前を言っていなかったですね。
名前はヤマト何とかだった気がするのですよ」
何とかの部分は忘れてしまったらしく、正式名称は分からないらしい。
多分記憶を失った時と同時に忘れてしまったのだろう。
ここで話がぎれてしまい、丁度良いタイミングでゴーっとお腹の音が鳴った。
間違いなく俺の胃袋の音である。
「それでは皆さん起きた事ですし、朝食と致しましょうか」
そうハズキさんが取り直すと、階段を下りて行く。
昨日の椅子には先にアンドゥが座っていたので、軽く挨拶をする。
「はい、お待たせしましたー」
すでに作っていたのだろう、1分も経たずに朝食が出て来た。
メニューは三角の食パンで挟まれた、ハムと野菜のサンドウィッチとコーヒーである。
真っ白い皿の上に乗ったサンドウィッチからは、白と黄色の混ざったのソースがお洒落に垂れている。
ここだけ見たら絶対にインスタ映えするのだろう。
早速サンドウィッチを口の中に入れてみると、懐かしいお馴染みのマヨネーズの味がした。
トマトの瑞々しさと、レタスのシャキシャキ感、ハムの脂身が3段構えでソースと一緒に口の中に広まっていくので、とても美味しい。
この感想をありのまま伝えたら、気恥しそうに照れていた。そこからは会話も無く、10分ほどで食べ終わり、コーヒーで一服をし小休憩をとる。
それからシャルルさん達に別れを伝えて、俺たちはキャンプ地へと下山した。
洋館から出る時、五弁の花が星形に並んだ家紋みたいなのを見つけたが、気にしている時間は無かった。
下山の間は何も問題なく終わり、キャンプ地に着くと俺はアンドゥと別れて自分のテントへと向かったのだった。




