42話目 洋館
「如何なさいましたか?誠殿とアンドゥ。」
それにしてもシャルルさんに後ろをとられると、ナイフを首に突き付けられている感じでとても気持ちが悪い。
「少しシャルルさんに用事があったので、アンドゥに連れてきてもらったんですよ。」
そうですかと上機嫌そうに、シャルルさんは俺たちの目の前に来てドアを開けた。
「どうぞ、上がってください。大したものもありませんけれども。」
俺たちは屋敷の中に上げられ入る前に、靴を脱ぐように促される。きちんと日本の文化だ。
「ようこそおいでなさいました。ここに来る並人族はあなたで3人目ですよ。
あと、その前にシャワーを浴びてきてもらってよろしいですかね?」
俺たちが血だらけな事を再認識し、鉄の臭いがそこら中に漂っている。
こうして、アンドゥとシャワーを浴びることになった。
まず一つ目に驚いた事は、この世界にシャワーと石鹸がある事だ。これもまたゆずの香りがする。
そして二つ目はアンドゥがタオルを胸まで巻いている事だ。
こちらの世界に来て初めてのシャワーを浴び、石鹸で血を洗い落とそうとする。けれども乾いて固まり切った血を落とすのはとても容易ではない。
ふとアンドゥの方に目をやると、フッと勝ち誇った顔で先に風呂の中に浸かっていた。
「なんでそんなに落とすのが早いんだよ?」
そう聞いたら、体質だと答えられたので何も言い返すことが出来なかった。
やっと落としきれたので、風呂の中に浸かることにする。
風呂は大きく3mの正方形で、座っても肩の位置まである程に張っていた。
因みにアンドゥは段差のある所に座っている。
「オレハ、サキニアガル。」
先にドア開けて出て行くと、キャーっと悲鳴が上がった。
ごめんなさいと言う声と同時にアンドゥが、風呂場に戻て来る。
ある程度察しは付いているが、一応聞いてみたが、見られたと正に想像したその通りであった。
それにしても戻ってくる理由が分からない。
「別に見られても何も思わないだろう。」
妻も子供もいる今、アッコを見られただけで慌てるはずもないと思ったからだ。
「イヤ、ソウイウワケデハナイ。」
何がそういう訳ではないのだろうか。
「童貞か?」
少しふざけてみるとど、童貞ちゃうわといかにも童貞の反応を示してくれ、どういうことなのかを教えてくれる。
茶化したりするのは風呂のせいなんだろうか?いや、そうとは限らないな。
「イヤ、コノ、モヨウヲ、ミラレタ。」
背中を見せて来たのだが、確かに刺青の様な物が入っている。しかし、そんなに気になるほどの物でもない。
「あー、別に何も思わないだろ。誰もそんなに興味も無いし。」
確かあれは呪われた紋章とか言っていたが、実際はそんな事は無く、祝福された紋章である事を思い出す。更に何か言いもあったはずだが、そこまでは忘れてしまった。
「コレハ、ノロワレタ、モンショウダ。オレガ、キニスル。」
のぼせそうなので軽くなだめて一回風呂を上がろうとすると、オイッと大きな声で呼び止められる。
「オマエモ、コノ、モンショウガアルノカ?」
いつの間にか俺の体にも紋章が刻まれていたらしい。何と言うか極めて驚きである。
「本当か?まあ、でも何も変わらないだろ。
それにこれは確か、悪いものでも無かったはずだぞ。俺の記憶だと。」
じゃあお先にとさっさと着替えに行くと、別の服が用意されていた。
これは間違い無く、浴衣である。浴衣を着ているとアンドゥが風呂から出て来る。
「そもそも、何でそんなに紋章を見られたくないんだ?」
呪われているからと言って、見せないのは良く分からない。
「ムカシ、シャルルサマニ、ミセルナッテイワレタ。」
だとしても、俺に見せていいのだろうかと疑問に思うが、黙っておくことにした。多分嘘なのであろう。
「別にシャルルさんと仲が良さそうだったから、大丈夫じゃないのか?」
こう言ったら渋々であるが、納得していた。
「その通りですよ、アンドゥ。
この家にいる人には、見せて大丈夫ですからね。」
急にシャルルさんが入って来たのでびっくりする。
「取り敢えず、ご飯の支度も出来ましたし、こちらに来て召し上がってください。」
シャルルさんについて行くと、大広間に出た。
大広間にはシャンデリアが飾っており、茶色を基調したアンティークな家具達が整列していた。そしてテーブルの上には豪勢な食事が待ち構えている。
「フフフ、今回はお客さんが来たので、気合を入れて作ってみました。」
そこにあるのはやはり馴染みのある、日本の食卓の料理だ。と言ってもチャーハンとラーメンと中華料理だが、日本の食卓に馴染んでいる事には変わりがない。
「失礼、紹介を忘れていましたね。彼女はハズキです。」
ハズキもまた優雅にお辞儀をしお見知りおきをと、手を差し伸べてきたのでこちらこそと手を握り返した。
無論アンドゥとも握手をしている。
「取り敢えず、食べてからお話ししましょうか。」
頂きますと手を合わせて、ご飯を食べ始めるが一瞬で食べきってしまう。
啜って食べていた為、とても音が大きかったのだろう。とても、視線が集まる。
「向こうの世界ではこのように食べるのですね。」
ラーメンは啜って食べる。これは真理だ。
「ええ、これがマナーですからね。」
そう答えると、シャルルさんは大きな声で笑っていた。
「前も同じようなことを言っている人がいましたよ。」
シャルルさんはドコか嬉しそうに見える。
皆が食べ終わる頃にはハズキさんが食後の緑茶を出してくれた。とても気が利く人だ。
一番茶で一服してから、本題に入る。
「それで用事って何ですか?」
ついうっかり忘れていた、訓練をしたいと言う旨を伝えた。
「勿論構いませんよ、詳しい場所の地図は明日トリスタンに持って行かせますね。
あ、それと今日はもう遅いので泊って行って下さい。」
俺は好意に甘えようか迷っていた。自分だけこんだけ良い思いして、亜人族たちに合わせる顔が無いからだ。
「少し、誠殿とお話ししたいこともあるのでね。」
そう言われては断れないので、ありがとうございますと了承した。
「それにしても、何故あなた達は血だらけだったんですか?」
ハズキさんからの急な質問である。
「ワイルドボアト、タタカッタ。」
どうりで獣臭かったんですねと納得をしていた。どうやら彼女は鼻が良いらしい。
「2人で共闘していた訳ですか。やはり、面白いですね。」
クククとまたシャルルさんは自分の世界へ入っていく。こうなると後は終わるまで待つしかない。
彼とは別で俺たちは3人で他愛もない話をして楽しんだのであった。
因みにハズキさんとシャルルさんの関係性についてだが、闇が深そうなので先延ばしにする事にした。
ここで、ハズキさんとアンドゥが眠そうに欠伸をしていたので、二人は先に寝ることになる。
雑談とはついつい時間が経ってしまっているので、恐ろしものだ。
この部屋にはシャルルさんと2人きりになった。
「誠殿、アンドゥの紋章の事なのですが、何か知っている事はありませんか?」
ここからはシャルルさんのトーンが変わり、俺も頭が冴え始める。
「確か何か良い効果が得られるはずですよ。何か紋章ごとに意味もあった気がしたのですが……」
懸命に地下室での記憶を呼び覚ます。しかし、そう簡単に思い出せることも無かった。
「すみません。これ以上は何も分からないです。」
「それが知れただけでも、大きな収穫ですよ。ゼロから進歩したんですから。ありがとうございます。」
シャルルさんは深いため息をついてから、重そうな口を動かし始める。
「1度だけゴブリンが200人近く消えたことがあったのですが、アンドゥもその事件の当事者でしてね。その時に唯一帰って来た生き残りなんですよ。」
そんなに集団が消える事があるのだろうかと、にわかに信じられない。
「彼の話を聞くに、いなくなった魔物の特徴はどうやら、魔力興奮剤の過剰摂取の症状と似ていたようで……」
摂りすぎてしまうと一回気絶してしまい、暫くの間は理性を取り戻せないらしい。
時期を聞くと丁度俺たちが転生してきた時と重なっていたそうだ。
「もしかして、勇者達と戦いましたか?」
まさかと思って言ってみるが、多分その可能性が高いとの事だ。
「彼は上手く戦わずには済んだようなのですが、仲間が惨殺されたのを見たようでして。
彼らに明確な殺意を感じたようで、そこからは必死になって逃げたそうです。」
そこでギルさんに保護されて、生還できたらしいのだった。
更にアンドゥは魔物興奮剤の効果を受けないみたいだ。
そこから仲間が死んだのはこの紋章、謂わばこの呪いのせいだとずっと自分を責めているのだそうだ。
「少し待ってください、魔力興奮剤の匂いを嗅がせてもらって良いですか?」
戦ったのであれば少し心当たりがあった。
並人族には害が無いので嗅がせてもらうと、やはり嗅いだことのある臭いである。
これは確か、この世界に来て直ぐの朝食の時、エリザベスとご飯の場所へと向かう時の匂いだ。
甘い食べ物は無いのに、甘い匂いがした事を思い出す。
「多分、サンペルトス王国の人間の仕業だと思います。」
シャルルさんも同じ意見だったらしく、また何かあったら言ってくれとの事だった。
「貴重な情報ありがとうございました。夜も遅いのでゆっくりお休みください。」
そうして案内されて、フワフワのベットで疲れを癒すのであった。




