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37話目 テント


 『パチッパチッ』

 焚火連想させる音が聞こえてくる。焚火があるおかげなのだろうか、とても体が暖かい。

 落ち着く音と共に目を開ける。


 天井は麻の様な物で出来ており、中はランタンで照らされている。その為目に優しい明るさなので心が落ち着く。

 因みに俺は硬い布団で寝ていたのだったが体が痛いとかはない。


 体を起こしてみると、誰かが脱がしてくれたのだと思われる鎧と刀が横に置かれており、更に鎧がピカピカに磨かれていた


 テント内には他に何も無く、また俺一人しかいな殺風景な部屋であった。

 暫く1人でボーっとしていると、入り口から光が差し込んでくる。


「旦那、大丈夫ですかい?」


 そうすこしガラガラな声で話しかけてくるのは、ドワーフのドナウドであった。


「ああ、大丈夫だ。」


 そう言って立ち上がろうとすると、頭にズキっと鋭い痛みが走り咄嗟に押さえてしまう。


「大丈夫じゃないっぽいな。少し待っとけ、シャルルさんを呼んでくる。」


 そう言い、テントの外へと出ると直ぐにシャルルさんと一緒に戻って来た。


「誠殿、目が覚めましたか。」


 いつもの様に笑ってはいるが、何を考えているのか分からない顔色でテントの中に入って来る。


「ええ、ある程度は回復しました。何から何まで申し訳ない。」


 俺は記憶が飛んでいなかったので今の状況がすんなりと頭に入った。


「いえいえ。誠殿は大事な客人でありますからね。」


 どうりで一人でテントの中で寝かせられている訳だ。


「それと私、色々と仕事がありますので他の者に世話を申し付けますね。

 トリスタン後は頼みましたよ。」


 そうシャルルさんが言うと、見覚えのある悪魔が入って来た。


「お任せくださいシャルル様。」


 トリスタンという悪魔はとても上品な仕草で動きが洗練されており、歳は20歳くらいで黒髪短髪。如何にもジェントルマンと言った様な風貌である。

 

「それでは誠殿、私はこれで。今後何かありましたらそこのトリスタンに申しつけてくださいね。」


 そう言い残して会釈をし、シャルルさんはテントを後にした。

 テントの中には俺とドナウドとトリスタンが残る。


「このようにお会いするのは初めてですね。マコト殿、先ほどご紹介に与りましたようにトリスタンと申します。」


 やはり気のせいでは無く一度何処かで会ったことがあるようだ。


「ああ、魔の森で一度会いましたね。」


 顔はうろ覚えであったものの、何とか思い出すことが出来た。

 確かシャルルさんと一緒にいた気がする。

 向こうは既にある程度の事は知っているのだろう。


「よく覚えていましたね。あんな一瞬で。光栄でございます。」


 目を見開いて、トリスタンが大袈裟に返答してくる。こういうタイプとは少し話し辛い。

 

「ご存じの通り私は立花誠と申します。この度はご迷惑をかけてしまって申し訳ない。

 それとこっちは………」


「旦那、もう俺達は互いの自己紹介を終わらせているぜ。」


 ドナウドの紹介をしようとした所で、ドナウドに遮られる。

 話を聞くにシャルルさんが通訳をして、お互いに自己紹介をしたみたいである。


「成るほど、もう知り合っていたみたいですね。」


「ええ。シャルル様のお陰で。」


 その後はトリスタンの自己紹介をお互いにしたが、彼の事はトリスタンと言う名前と悪魔伯という事だけしか分からず、後はほとんど俺への質問であった。


「それでは何かあればお申し付けください。私は一旦席を外しますね。」


 彼はそう言ってそそくさとテントの中から出て行ってしまった。少しの間沈黙が漂う。


 その沈黙の間俺はずっと魔の森を迷ってしまった事について内省していた。

 自分のあの浮ついた気持ちで任務に挑んだ事、ボーっとしていた事、考えだしたらキリがない。

 そしてふと口が勝手に動く。


「すまない。こんなことになってしまって。」


 俺が意図せずにした謝罪はドナウドに言ったものでは無く、自分が自分が楽になりたいから謝ったものだ。

 そのことにすぐ気づいた。なぜなら、少し心が軽くなったからである。


「そんな顔をすんなって旦那、俺は一度は諦めた命なんだから今生きてる事に感謝してるんだ。

 誰も死んでねえし謝る事はねえ。旦那は良い人だから思い詰めすぎなんだよ。」


「ありがとう.....」


 俯いたまま精一杯この5文字を絞り出す。今どんな顔をしてるかは分からないが、とてもひどい顔をしているのだろう。

 

「そう落ち込むなって。どうにもならない事もあるからよ。

 今は生きてる、それだけで良いだろ。」


 ガハハと大きな声で励ましてくれるドナウドはいつも以上に頼もしく思えた。

 そしてドナウドが励ましてくれる度に俺の心の奥が痛くなり、全身に冷たい感覚が走る。


「それはそうと旦那、本当に心配しちまったぜ。1日も目を開けなかったんだからよ。

 ほら見ろよ、そろそろ夜明けだけぜ。綺麗だろ。」


 そう言ってテントの入り口を開けた次には、雪原の白い世界に堂々とした朝日が目に入って来た。

 朝日の美しさに思わず俺は言葉を失う。

 そして俺はその朝日見つめることは出来なかった。


 やっとの思いでドナウドの顔を見ると、安心した顔で微笑みかけてくる。

 そんな顔で見ないでくれ、俺はそんな人間じゃない。


「.....俺はそんな人じゃないよ。」


「じゃあ、どんな人なんだ?」


 明るい口調で彼は語り掛けてくる。悪意は全く感じられない。


「俺は......」


 そこで言葉つっかえてしまい、どういう人間なのかが説明できない。

 一呼吸置いて少し考えてみる。名前は立花誠だ。他には友達がいて、高校二年生、17歳で好きな物、嫌いなものは無くて、好きな物も無い。

 趣味も夢も生きがいもない、毎日何をしてたかすらも分からない。


 これは生きていると言って良いのだろうか? ただただ存在しているだけだと思ってしまう。


 そして驚くべきことに、それしか知らない。まるで全てを忘れてしまったかのように。

 だんだんと頭が痛くなってきた。

 

「まあ、人ってそんなもんだ。自分じゃ全く分からないもんだろ?」

 

 ドナウドはそう豪快に笑い、俺は八ッとする。

 そして急に話しかけて来たことにより、戸惑ってしまう。


「それはそうとゆっくり答えを見つけて行きゃあ良いんだよ。

 まだまだ先は長いんだからよ。」


 そう言うドナウドの目を合わせる事が遂には出来なかった。

 そして俺はこの事について考えても仕方が無いので、一旦考えるのをやめた。


「それと旦那、俺はもう眠いから行かしてもらうぜ。

 丸1日眠ってたんだから安静にしといてくれよ。」


 体調の心配をして、あくびをしながら去って行った。

 ついにこのテントの中は静寂に包まれてしまった。


 いつの間に火が消されたのか、パチパチと音は聞こえなくなってしまっていた。

 

 それはそうと、1日中ドナウドが俺の面倒を見てくれていた事に気づく。

 本当に彼は気に掛けてくれているんだと思うと、申し訳なさと同時に胸が熱くなっていくのを感じた。


 これから亜人族たちにどんな顔を向けて良いのだろうか。いっその事消えることが出来たらどれほど楽なのだろう。


 そしてこんな自分を更に嫌いになってしまう。

 いや、このままでは駄目だ。負の感情に押しつぶされないように頑張らないと。

 

 また悪い癖が出てしまったようだ。迷子にはなってしまったが、死人は出てはいないので良しとしよう。

 視点の転換が大切だ、ポジティブに物事をとらえていかないとその内精神が参ってしまうからな。


 取り敢えず体はベタベタするし、少し臭うから洗濯魔法でも使おうと思い札に手を伸ばす。

 頭は痛いが、無理やりにでも魔力を込めて発動をさせる。


 体の周りに温水と温風が舞い体がすっきりしていくのが分かる。

 ああ、とても頭が痛い

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