33話目 未熟
俺はギルさんの部屋を出た。
けれども、俺はカイマンの『どうせ皆ここで死にますから』という事が何故か引っ掛かる。
俺は一回気持ちを整理させたかったので、屋上へと向かう。
屋上には誰もおらず、城壁の松明の暗い明かりが漏れてくる。
顔を上へと向けると、相変わらず吸い込まれそうになるほどの満点の夜空が広がっていた。
少し時間を置いて、王城の地下室で読んだ人族の本の神話のページをめくってみる。
幸い、夜であっても月明かりと、松明の光で難なく読むことが出来た。
そのページにはこの前シャルルさんが言っていた、神話の続きが記されていた。
内容はこの通りだ。
偽りの勇者がこの世界の秩序を大きく壊す、その者は嫉妬心で満たされ、勇者に似つかわしくない器の持ち主である。
彼の者は人を殺し、殺戮を行う。そしてこの世界から人はいなくなり、獣が闊歩する事になるだろう。
獣は増殖し世界に終焉が訪れた頃に、天からの使者達が罰を下しに来る。
その後にこの世界には再び安定が戻ってくるだろう。
その天からの使者が......
で執筆が終わっており、これを記した人物はこの本の著者では無いらしい。
結局のところ、昔の預言書の様なものであり納得のいく答えは見つからなかった。
それにしても使者が......の続きが気になって仕方がない。
ただ一つ分かった事と言えば魔人族と人族で戦争が起きたら、世界が大混乱を極めるという事だ。
世界が混乱し始めたら、あらゆる文化、文明が滅び暗黒時代が訪れる事となり沢山の人が死んでしまう。
元の世界の歴史からも簡単に分かる。
それを阻止するための和平なのだろうか?いやしかし、預言書だけでこんなに動くか?
と疑問が疑問が呼び、更に俺の頭の中は整理できなくなっている。
俺はこの事について一回考えることを諦めた。
少し休憩していると、強い風が吹いてくる。とても冷たい風だ。
その風によって本がパラパラとめくられていく。
俺は急いで本を抑えると、宗教のページが記されていた。
取り敢えずこの世界の宗教観をしることができれば、ギルさんの行動原理が分かるかもしれないと読んでみる。
読み進めている内にこの国の人間は信仰を大切にし、神に従順であることが重要と言うことが分かった。
転生前で言うバラモン教に似ていた。
王権神授説に基づいており、神託された王様が統治している。
よって、 王族<司祭・貴族<騎士<平民<奴隷・他種族 の順番で偉く、身分が上の人間ほど徳がある人物とされた。
そして本によるとバラモン教とは違い、サンペルトス王国の殆どの人間が自分より下の身分にあまり興味が無いらしい。
彼らは死後、輪廻転生から抜けることを良しとする。
更に信仰心が強い為、身分の高い人が身分の低い平民を殺しても問題にならないことが多い。
その行為は全て神が選んだ徳のある人々であるから、王国内では問題が無いらしい。
因みに騎士階級以上の殺しは、御法度である。
この様なルールがあるので、フォイルたちがあんなに殺したのだろう。
これであんなにも命を軽く見ているのに、納得がいけた。
ふと空を見上げてみると月が俺の真上に位置していた。
黄金色で小判の様に眩しい月明かりである。
「良し、現実逃避はここまっでにしてきちんと解決しよう。」
ふと口走ってしまう。
やはり亜人族たちが死んでしまった事を伝えると思うと、心苦しくて仕方がない。
そして俺はドナウドに言われた通りに流行り病で死んだと嘘を告げるか、嘘を告げるかと葛藤する。
悩みぬいて出した答えは、責任を取りたくなかったのでドナウドの言う通りに嘘をつく事にした。
屋上から降りて、自分の部屋へと向かう。
部屋の中はまだロイとメイが起きており、とても入れそうな雰囲気ではない。
いや、単に入って行く事が怖いだけなのだろう。
どうしてもマリナが傷ついて居る所を想像すると、心が痛む。
そうすると何故だろうか、久し振りに切ない気持ちになった気がする。
ここでもまた、怖気ついてしまう。
そんな自分の弱さにとても腹が立つ。
でもそんな自分とは裏腹に、体は動いてくれない。
いくら動けと心の中で念じても、指の先から動かずに心臓までもが止まっているように感じられる。
ふとドアの向こうにから、ロイとマリナ達の話している内容が聞こえてくる。
「何の絵を描いたのかな、私に見せてもらっても良い?」
「いいよ!はい!」
「凄いね、とても上手に絵を描けているね。」
「えへへ、頑張ったんだ。
まこととマリナとメイと皆で、平和に暮らしている絵なんだ。」
「うんうん、とってもきれいな絵だよ。」
ロイが喜んでいるのが目に浮かんでくる。
どんな絵を描いたのか、とても俺は気になった。
俺は入ろうとはしたものの、手を掛けた所で止まってしまった。
「メイのも、メイのも見て!」
声は高いものの不快では無い声に俺はハッとする。
「うわ!とっても上手だね。
2人とも将来は画家になるのかな?」
「これはねー、4人で一緒に街でお買い物してるの。」
「ロイ君とメイちゃんと、私と、この人は?」
「この人はまことだよ。
いつか、街でお買い物できたらいいな。」
「そっか、皆で行けたらいいね。」
少し間があった気がしたが、ロイとメイは楽しそうにお喋りをしている。
「もう、夜も遅いから寝ようか、ロイ君、メイちゃん。」
「イヤだ、まことが帰ってくるまで絶対に寝ないんだ。」
「うーん、困っちゃうな.....メイちゃんも寝ようか。」
「ヤダ、私もお兄ちゃんと一緒が良い。」
ドア越しではあるが、ロイとメイに手を焼いている事がひしひしと伝わってくる。
けれどこうして聞いていると、彼女らは唯微笑ましい家族であるとしか思えない。
俺はドアの前に座り込む。
そして暫くの間は煩かったのだが、次第に声は聞こえなくなって行った。
メイとロイが寝たのだろうと思い、今度こそドアに手を掛けて部屋へと入ろうとする。
長い時間前に立っていたドアは、地下室の重厚なドアよりも重く感じた。
ゆっくり、キーと音を立てて開けたドアの先にはロイとメイが眠っていた。
「お帰りなさい、誠さん。」
マリナが優しく微笑んで言った。
その瞬間、目の前が真っ白になり立ち眩みのような感覚に陥る。
「あ、ああ、ただいま。」
少しぎこちなく、マリナへと返答する。
絵があることに気づいたので、二枚の絵を持ち上げてみて見る。
やはり子供らしい上手ではない絵ではあるが、温かさが感じられるのは確かだ。
とても心が和む。
「その絵は、ロイ君とメイちゃんが誠さんにプレゼントしようって言って書いたんですよ。
中々帰ってこなかったから、大変だったんですからね。」
そう言って少し頬を膨らますと俺は、ドキッとしてしまう。
しかし、今はそんな場合ではない。
亜人族の事を伝えるために腹を括る。
「マリナ、少し言いたいことがあるんだが......」
「はい?何ですか?」
マリナは眩しいくらいの笑顔で返事を返してきた。
口を開いたのは良い物の、次の言葉が浮かんでこない。
そのその為、少し変な間が出来てしまう。
整えるために深呼吸をしてから俺は言う。
「その、地下にいた亜人族が、流行り病で亡くなってしまって......」
俺が言うと、この部屋にはロイとメイの寝息だけが音を発している。
そして俺の心臓の音も次第に大きくなり、心臓の音しか聞こえなくなる。
マリナは今にも泣きだしそうな顔をしている。
俺には彼女らの関係が詳しくは分からないが、彼らの事を思っているのは確かだ。
ギルさんが言っていた、奴隷に情が移らない様に注意しろと言った事が、無理やりにでも理解させられる。
「そう、ですか......死んだ者たちは分かりますか?」
生き残った人たちを教えると、マリナは耐えきれなくなったのだろう、泣き出した。
しかし俺は掛ける言葉も無ければ、何もすることが出来ずに唯々、己の未熟さと弱さを恨むしかできなかった。




