32話目 フォイル
俺たちがザクセン砦へと帰った時は完全に日が落ち切った頃であった。
帰る途中は誰も言葉を発する事は無い。
そして俺は誰の顔を見ることは出来なかった。
亜人族たちを元の檻へと戻しへと行ったが、ズシリと鼻の奥までツンとくる臭いが充満している。
この檻を冷静になった今、見てみてもこんなにいとも簡単に理不尽にも殺されてしまう事を思うと心が痛む。
俺は誰にも声をかけることも出来ずに、この場所から立ち去った。
重いドアを閉めたらそこにはフォイルが立っていた。
俺は目は合わせた物の、何も言わずに部屋へ戻ろうとした時に
「その顔だよ、その顔。
ギルの子供と嫁を殺した時にしていた顔だ。
俺はその顔を見るのが好きなんだよ。
ほら、こっちを向けよこっちを。」
俺は思わずに手が上がり殴り掛かろうとしたとき、ピタッと腕が止る。
誰かに腕を掴まれたようなので顔を見上げると、そこにはカイマンが立っていた。
あの王都でボコボコにされたことを俺は思い出す。
「君のやっている事は犯罪だよ。無能勇者君。」
「放してやれ今の私は気分が良いからな。
無能な奴に身の程を知らせるほど、素晴らしい事は無い。」
「そんなこと言ってしまったら、王都から逃げたように、此処からも逃げてしまいますよ。」
フォイルとカイマンは嘲わらっている。
そして俺が王都から逃げたことになってしまっている事に疑問を持つ。
「どうしたんです?そんなアホ面を晒してしまって。」
そう言ってカイマンは俺のこと見下してくる。
「ああそうだ、あなた今王都では私と戦って負けたから悔しくて逃げたって噂がたっているんですよ。」
クククと不敵な笑みを浮かべており、フォイルもさらに続けてくる。
「負けて泣きわめいていた無能勇者とはお前か。」
わざとらしくフォイルは言ってくる。
多分この根も葉もない噂は目の前の2人がでっち上げた物だろう。
「一つ聞かせてください。」
「お、何だ?言ってみろ。」
「亜人族を殺したのは、貴方ですか?」
俺はカイマンの方に指を指して聞いた。
「ええ、そうですよ。
とても良いように泣いてくれましたよ。
殺さないで、ごめんなさいいてね。
とても見ていて気持ちよかったですよ。ほら。」
そう言って袋から取り出して投げ渡してきたのは獣人族の生首である。
顔の破損は酷く、目にも当てられない物だった。
「どうです、貴方が無能だから彼らはこんな風に死んでしまったんですよ。
それにしても、汚い顔をしていますよね。」
俺は唯々そこに立ち尽くしていると、カイマンが獣人族の首を俺から奪い取って、床に投げつけて足で踏んだ。
「確か貴方の国でやるサッカーでしたっけ?やりましょうよ。」
そう言って蹴ったが明後日の方向へと飛んでいく。
「すみません、私スポーツは苦手でして。」
俺は無言を貫き、カイマンから目を逸らさなかった。
次の瞬間、俺の右頬に拳が飛んできた。そこまで重くはない一撃だ。
殴った手の先を見てみると、カイマンが俺の方を睨んでいた。
「俺はお前みたいに、歯向かってくる奴が嫌いなんだよ。」
そう言って更に殴ろうとしてきた所でルドルフさんが止めた。
「王都の騎士さんがそんな手を上げているところを見られたら、まずいんじゃないですかね?」
かなりの圧でルドルフさんは睨みつけている。
「どっちにしろここにいる人間はもうじき死にますよ。」
更にルドルフさんが無言の圧力をかけていると
そのルドルフさんに委縮してしまったのか、フォイルもカイマンも大人しくなってしまった。
「き、今日はこの辺で見逃しといてやる。」
そうフォイルが捨て台詞を吐いてこの場から、カイマンと一緒に去って行った。
「よく我慢したな、誠。
すまないがギルが呼んでいるから来てくれ。」
「少し待ってください。
飛ばされた亜人族の首を何とかしないと……」
俺は了承を得たので首を埋めに行った。
埋める時の首は何故だかとても血だらけであった。
俺は手を合わせて供養をする。
少し長い時間、手を合わせていた気がした。
俺がそのままザクセン砦へと戻ると、ルドルフさんが門の前で待っていた。
「少しは落ち着いたか?」
俺がはいと返答をすると
「酷だがこれからまたギルから新しく命令が出る。誠も集合してくれ。」
俺は煮え切らないまま、ルドルフさんと一緒にギルさんの部屋へと向かうのであった。
「良いか、あいつらの話に聞く耳を持つなよ。
あいつらは自分の欲望・欲求のみで動いている、戦争にも行った事のない甘ちゃんだからな。」
そう言ったルドルフさんの表情にはあいつ等に何をされたかが、言わずともわかる。
ギルさんの部屋へと入ると、重い空気が漂っていた。
「来たか誠、少しは落ち着いたか?」
これもまたハイと答えると
「うむ、17と若い者に我慢しろと言うのは酷ではあるが、もう少し耐えてくれ。」
結局の所、俺の任務は基本変わらなかったのだが、フォイルとカイマンに十二分に注意を払ってくれとの事であった。
更にもしかしたら、魔物興奮剤を売りさばいている犯人を捜索する手伝いもあるかもしれないから、忙しくなると言われた。
そしてルドルフさんはもっと重要な事を話し始める。
「さらに開戦派の連中は武力行使も辞さないと宣戦したのだろう。」
これはフォイルが兵士を殺した事で始まったことから判断したのだろう。
「そして今フォイルに手を上げてしまったら我々は捕まって、この交渉があったこと自体、無効化されてしまうからな。
犯罪者の言う事は誰も聞かないだろう。」
だからフォイルたちに全く手を上げることが無かったのだろうと理解する。
「それと開戦派の連中は、戦争で儲けを出すことを考えている者が殆どであるからな。」
あきれた口調でギルさんは言う。
「まあ、それと覇権を握りたいと言った一部の貴族と軍人だからな。」
ルドルフさんが話に割って入ってくる。
「しかし、何故フォイルはあんなに強引な策に出たんだ?」
「多分、気に入らなかったのだろうな我々が。
今回のザクセン砦への遠征を推薦したのもフォイルだからな。」
自分の思い通りに行かなくて、イラつきで殺したと言ったところなのだろう。
「そしてフォイルが強気に出れたのは、勇者達と結束できたからなのかもしれないな。」
ハアーと長いため息をついて、ギルさんはさらに続けた。
「話がそれたな。
犯人を見つけて大急ぎで王都へと向かってくれ。時間が無いからな。解散。」
皆その後ぞろぞろと部屋から出て行きったが、俺だけここに残るように言われる。
全員出て行った事を確認してから
「そう言えば誠にフォイルの事を説明していなかったな。」
一息ついてギルさんはフォイルについて語り始めた。
「さっきの説明でわかるであろうが、あいつは侯爵家で開戦派の中心にいる者だ。」
確かギルさんは伯爵家であったので、ギルさんがフォイルに敬語を使っていたのも納得である。
「昔からあいつは金に目が無くてな、強引な手段で金を稼いでいたのだ。
対立した者の男は殺し、女は犯して奴隷にして売るか、殺した。
子供も例外無くな。」
淡々と語るギルさんの口調にはどこか怒りが混じっている。
「そしてフォイルは……。
まあ、それは良いであろう。
それとあいつが前線に来るときは、商談がある時がほとんどだ。」
だからあの太りきっているフォイルがこの砦へと来たのだろう。
「フォイルが裁かれることは無い、今のところはな。
それとこの件が上手くいったら、元の世界へと戻る方法を探すのを手伝おう。」
俺がポカンとしていると
「まさか、戻りたくないのか?」
「いいえ、とても助かります。」
俺はつい言うのであった。




